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    桃花物語後編(シナリオ風歴史物語)




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          小山次郎






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○木枯らしの吹く季節。

○書類に筆を走らせている清三郎のところに上役である進之介がやってくる。

  進之介
「人別改帳の書式が変わったこと知ってるよね」

  清三郎
「知ってます」

  進之介
「ならどうして新しい書式でやらないの?」

  清三郎
「古いやり方のほうが判り易いだけでなく早いから、それにみんなもその方が良いって言ってたから」

  進之介
「そんな勝手なことやられたら困るんだよね。上の決めたことだから、従ってもらわないとね、これ書き直しね」

  清三郎
「次からじゃだめ」

  進之介
「何を言っているんだ。あとそれからね、もう少し丁寧にやってね。汚すぎるんだよ」

  清三郎
「あっ、そうですか、みんなと変わらないと思うんですがね」

  進之介
「君は役所仕事を軽んじているとしか思えないよ。そういえばいつか言ってたよね『適当になれば』とか、もう少しまじめにやってもらわないとね」

  清三郎
「あれは、そんな意味で、、、」

  進之介
「それからひとつ忠告するけど、君は少し馴れ馴れしすぎるよ、上役にはもう少し敬語を使ったほうがいいよ」

  清三郎
「ああ、判った、判った」


○そう言って清三郎を怒ったように席を立って部屋を出て行く。

○しばらくして戻ってきた清三郎は再び仕事を始める。

○そこへ進之介がやって来て清三郎に話しかける。

  進之介
「君が上役である僕の言うことが聞けないなら今すぐやめてもらうしかないね」

  清三郎
「・・・・・」

 進之介
「それから君が反抗的な態度を取ったということを上のほうに報告しておくよ」

  清三郎
「・・・・・どうもすいませんでした」


○清三郎は進之介に深々と頭を下げる。

○進之介は清三郎を不満そうににらむ。

  進之介
「まさか君までがみんなの味方するとは思わなかったよ」


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○その夜清三郎は人気ない道を手には酒壷をぶら下げよろめきながら歩いている。



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○名主である清三郎の家は静かに朝もやに包まれている。

○少しよそ行きの服装をして清三郎は家をでる。



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○両側が武家屋敷に挟まれた道を歩いている。
○ときおり不安げに周りを見渡す。
○そんな挙動の不審さにじっと眼をやっていたどこかの門番らしき男が清三郎に話しかける。

  門番
「お前、百姓だろう、ここはお前のような奴が来るところではない、さっさと立ち去れ、目障りだ」


○清三郎は申し訳なさそうに頭を垂れ少し急ぎ足になる。


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○清三郎はとある屋敷の前に立ち納得したような表情でその屋敷の門に眼をやっている。
○しばらくして清三郎はその場を離れその屋敷の裏側に廻る。



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○清三郎はその屋敷の裏門の小さな引き戸をたたく。

○しばらくしてその戸は開けられる。

○清三郎はそこから顔を見せる下男と見られる男に話しかける。

  清三郎
「私はかつて桐山新之助様と北山の家塾でいっしょ学んだ岡部清三郎と申します。かつての旧交を懐かしみぜひお会いしたく伺ったしだいですが、どうかお引き合わせねがいないでしょうか?」

  下男
「たぶん、だめでしょうが、いちおう取り次いで見ます」


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○しばらくして下男が引き戸から顔だけ出して清三郎に話しかける。

  下男
「会うのはかまわないと、でも、どうしても顔を合わせたくないと、襖越しに話しをするならいいとおっしゃっています。それでもかまわないでしょうか?」

  清三郎
「けっこうです」


○引き戸が大きく開けられ清三郎が腰をかがめて裏庭に入っていく。


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○襖で仕切られた二つの座敷で清三郎と進之介が対座している。

○進之介が先に話し出す。

  進之介
「藤井清三郎か?」

  清三郎
「はい!」

  進之介
「おっ、たしかに、その声には聞き覚えがある。なつかしいのう」

  清三郎
「私も懐かしく思います」

  進之介
「今日は何か用事でも?」

  清三郎
「いえ、とくに何も、ただ色々と噂を耳にしまして、どうしているのかと思いまして」

  進之介
「世間ではなんと言っているのですか?」

  清三郎
「果し合いが行われて人が亡くなり、その亡くなられた方に不正入札の疑いがあり、その共謀者となっているのか進之介殿ということになっています。」

  進之介
「まったく根も葉もないことを、冤罪だ。そもそもあれは果し合いなどではない、自分たちの罪を隠蔽しようとする大番頭田崎栄喜の闇討ちだよ。田崎には認可をめぐって賄賂疑惑があったので、それを我らが義人大森様はおりにいって厳しく咎めていたですよ。それを煙たく思う田崎はいつしか大森様を亡き者にしようと考えるようになったのでしょう。だから果し合いとは名ばかりで、立会人には自分たち寄りの人物を立て、夜に待ち伏せしていて、無理やり刀を抜かせたんだよ、それも相手は複数らしいじゃないか。それじゃ多勢に無勢じゃないか、ほんとに腸が煮え返る思いです、自分の罪を覆い隠すためとはいえ、なんと無残なことをするんだろう」

  清三郎
「そのことを上申しなかったのですか?」

  進之介
「うん、私たちに眼をかけてくれていた家老の上杉様に訴えました。でも、会って話しを聞いててくれたのは最初だけ、あとは何度訪問しても門前払いでした。そのうちに私に不正入札の嫌疑がかかっているということで目付から正式な沙汰があるまで蟄居を命じられたというわけで」

  清三郎
「それは身に覚えがあると?」

  進之介
「とんでもない、あるわけないよ」

  清三郎
「申し開きはなされたのですか?」

  進之介
「こちらから役所に出向いてそうしようとしたが、そんな雰囲気ではなかった。もう嫌疑は固まってる様子で、他の者たちも、もう武士らしく言い訳はするな見苦しいぞ、といった感じだった」

  清三郎
「なんと不条理な」

  進之介
「わしもそう思う、なぜ我々だけが罪を負わなければならないのかと」

  清三郎
「若いころの君を知っている僕からすれば、君は絶対に潔白であることは間違いないんだからね」

  進之介
「私も自分は絶対に潔白だと思っている。たしかに、河内組に書状は届けたことはあるけど、でも私はその内容にはいっさい関わっていないからね、それなのに」

  清三郎
「・・・・・」

  進之介
「でもそれはもう仕方がないことだと思っている、だからたとえどんな沙汰が下りようとも、武士らしく潔く受け入れようとも追っている。ところでこんな噂を聞いたことがある。上津村で、僧上がりの清三郎という婿が落ちぶれかかった名主を以前のように盛り上げたという話しなんだが、それは?」

  清三郎
「はい、たぶん私のことだと思います。婿入りする前は代々名主を引き継ぐ名家と聞いていたんですが、まさに名ばかりで先代の浪費癖で今にも破産しかねない状態でした。だまされたという感じでした。でもあとにも引けなくて、それに嫁も父親に似ず大変気立ての良いしっかり者でしたので、がんばることにしました」
  進之介
「本当によかった、大成功おめでとう」

  清三郎
「それほどでも」

  進之介
「それにしても君が農でそんなに才能を発揮するとも思わなかったよ」

  清三郎
「私も自分でもよく判らないんだよ。なぜ僧侶になることをやめて農民になることを選んだのか、そう言えば、若いとき君のほうが農をやることを推していたよね」

  進之介
「そうだっけ?」

  清三郎
「そうだよ、それに、武士として藩の改革をやらなければならいと強く言ってたのは私のほうだよ」

  進之介
「そうだっけ?よく思い出せない」

  清三郎
「まったく若いときと逆になってしまったね、運命の皮肉としか言いようがないね」

  進之介
「そうか、たしか君は登用試験受けたよね」

  清三郎
「受けた」

  進之介
「どうして君のような優秀な人が受からなかったんだろうね」

  清三郎
「・・・・・」

  進之介
「そう言えば君は誰かにご挨拶に伺った。私の母が当時奉行で今は家老の上杉の所に息子が今度試験を受けると挨拶に行ったみたいなんだよ」

  清三郎
「いや、そんなことぜんぜん思案にも及ばなかった」


○そのとき強い風が吹き障子戸が音を立てる。

  進之介
「そういえばときおり君の事を思い出して寂しい思いをするんだ。なぜ君は何にもいわずに私の前からいなくなってしまったんだろうって、夢にも出るくらいにね」

  清三郎
「、、、、よく覚えてないな」

  進之介
「君が突然いなくなって、これからどうしようかなって思ったよ。なにせ君はみんなと違って仕事が出来、私の言うことも聞いてくれたからね、それが急にいなくなったんだから本当に途方にくれたよ。でも、そのとき亡き大森様が力になってくれたおかげで何とか乗り越えられたんだけどね」

 清三郎
「多分当時私は何かに行き詰っていたんだろうね。それで余裕がなくて上役の君にも黙っていなくなったんだろうね」

 進之介
「そうなのか」

  清三郎
「実は私にも君とのことで引っかかっていることがあるんだよ。それは、なぜ私は、君が登用試験に受かったとき、祝福してあげなかったんだろうかってね」

  進之介
「そんなこと、なんか大したことでもなさそうな気がするんだけど」


○そのとき下男が廊下に現れると障子越しに座敷の進之介に話しかける。

  下男
「ただいま目付の使者が参りました。お通ししますか?」

  進之介
「わかった、丁重に、、、、というわけで、、、、」

  清三郎
「・・・・・」

  進之介
「姿見せられなくて申し訳なかった。なにぶん蟄居の身の上なので、最後に、清三郎殿、家族ともども末永く幸福でいてくだされ」

  清三郎
「ありがとうございます」

  進之介
「それでは、さ よ う な ら」

  清三郎
「いずれまた」


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○清三郎は目付の使者の眼に触れぬように裏戸からこっそり外に出る。



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○清三郎は進之介との思い出の高台から風景を見ている。


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○家路を急ぐ清三郎。

○道すがら農民と挨拶を交わす。

○家の前で三人の子供たちが遊んでいる。

○そして末娘が帰ってくる清三郎を見つけると
「おとうが帰ってきた」と叫ぶ。
すると子供たちは清三郎に走りよってきてまとわり付く。そして我先にと清三郎が手に持っている風呂敷包みを持とうとする。




      おしまい






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