父たちの伝説




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          真善美


   





             過去の伝説







 いつの頃のことでしょうか

俺たち男は、出来るだけ多くの女に自分の子供を生ませたいだけなのです。
そのためには俺たち男は、より強くなって、それを妨害する他の男どもを、
力ずくで排除しなければならないのです。
そして、より多くの女たちを引き付ける為に、他の男どもを支配し従属させて、
強く優秀な男であることを見せつけなければならないのです。
だから生まれてくる子供がどんなんであろうがあまり関係ないのです。

これがあなた方の遠い遠い父たちなのです。






























 いつの頃のことでしょうか

 その少年は、幼稚園から家に帰ってきたとき、帰りがけの日課になっていた買い物が出来なかったということでクズった。
ちょうどそのとき、少年の叔父が何年かぶりかで遊びに来ていた。叔父は少年を二キロほど離れた駄菓子屋へ少年を自転車に乗せて連れて行った。
少年はさっそく嬉しそうな顔をして十円のお菓子を二つ買った。
そして叔父は再び少年を自転車に乗せて、二キロの道程を家へと向かった。
少年の機嫌はもうすっかりよくなっていた。歌などが飛び出るほどに。

 これがあなた方の遠い遠い父たちなのです。











             現在の伝説







 かなりの高齢で、顔の皮膚はたるみ、皴も数多く走り、気力だけで余生を過ごしていそうなその老人は、レジで店番をする若い女の子に訊ねた。

「今度、孫たちに食べさせようと思って、スイカの苗を植えたんだけど、接木をしたほうが良いということを聞いて、でも、その仕方がわからない、どうすればいいんだろうかということで、そこで聞いてみたんだけど、判るかな。」

 と穏やかにゆっくりと話す老人に、穏やかな表情を浮かべてじっと聞いていたその女の店員は、さっそく答えた。

「あっ、そのやり方なら、本に書いてあります、、、、   ええと、これなんですけどね。良ければ今コピーをして持ってきますから、少し待っててもらえますか。」

 女子高生のアルバイトにも見えるその店員の話し方は、終始まるで少年の無邪気な質問に答えるような気軽さであった。

これがあなた方あまりにも身近にいる父たちなのです。






 その男、大学生のとき、秋の連休を利用して京都に旅をした。そして帰ってくるとさっそく、その思い出を周囲の者に楽しそうに話した。それは京都駅での出来事、帰りの列車を待つ数十分、京都在住の若い女性と話をしたというのであった。
 それから一ヵ月後、アルバイトで貯めた金で、男は再び京都に行った。その女性に会うために。だが、今度は落胆して帰ってきた。その訳を聞くと、その女性とは会うことができなかったということであった。そこで周りの者が、その女性の名前とか、勤め先を知っていたのかと聞くと、男は真剣にしかも平然と言った。
「いや、なんにも知らない。」と。
 そして本当に悲しそうな顔をしてこう付け加えた。
「二日間も京都の町中を捜しまわったが、結局出会うことは出来なかった。」と。

 次の年の春、その男は、「××橋のたもとで待っている。」と書かれたラブレターをもらった。
 その差出人は、男が日頃から、
「透き通るような美しい眼を持っているあの人は、きっといい人に違いない、だから好きだ。」
と周囲の者に宣言していた女性の名前だった。
 男は喜んで出かけた。でも何時間待ってもその女性は来なかった。
 実際その手紙を書いたのは周囲の者たちだった。その男をだましたのだった。
 会えずに帰ってきた男は、その出来事を語らずには入れないようだった。
 そして聞く者に言った。
「判っていたさ、あの手紙は本物でないということが、書いた奴らもわかっているさ、でも、もしもということがあるから、それで待たせたら相手に申し訳ないからね。最初から判っていたよ、そんなことある訳ないって。」
 そう言う男の表情は、終始悔しそうであったが、細い目の奥の瞳は奇跡を夢見るかのように輝いていた。

 数年後、その男の名前が新聞に乗った。
 とあるアパートに活動家と居るところを、夜に、敵対するセクトに襲われ、他の者は殺されたが、その男だけは天井裏に逃げ込んで助かったというものであった。
 その男は情熱的ではあったが、決して過激でも暴力的でもなかった。でも、過激なものたちと交わっていたことは確かだった。

 これがあなた方のあまりにも身近にいる父たちなのです。

















                  未来の伝説








「最近、もしかしてもう愛してはいないんじゃないかという気がしてきて。」


「えっ、誰をですか、あなたをですか。」


「いや、わたしじゃなくて、子供たちのことを。」


「愛してないわけないじゃありませんか。どこに我が子を愛せない母親がいるもんですか。生まれたときからずっとずっと変わりなく愛しいますよ。」


「でも、厳しく叱り付けたりしているのを見ていると、だんだん冷たくなって来ているような気がしてきて。」


「しつけですから。あなたが厳しくしない分わたしがやらなければならないんです。でも夢の中では以前のように仲良く楽しくやっているんですよ。そうそう、そう言えば、可愛くて可愛くて、愛して愛してやまなかった頃、ときどき子供を絞め殺してしまう夢を見ることがありましたけどね。ところで、あなたは私を愛しているんですか。」


「私は結婚する前と少しも変わっていないよ。覚えているかな、こんなこと言ったのを、『好きだから、愛しているから同じ所にいっしょにいられるんだ。僕は嫌な気持を抱きながら同じ所にいっしょに居られるほど器用じゃない。でも、もし万が一いつか君のことが嫌いになったとしたら、そのことは決して顔にもロにも出さないし、僕のほうから先に君のところから去って行くようなことはしない。』って言ったのを、、、、」

 これが遠い遠い未来の父たちの伝説です。     











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