ж ж ж ж ж ж ж ж 忘れ去られた列島(3部) 神に生きる 狩宇無梨 ヤホムは町はずれに野宿をしながらいつ裁判が行 われるのか、その噂が立ちのを待ったが、なかなか ヤホムの耳には届いてこなかった。 やがてその噂を耳にすることになった。 その日ダイホンブの西の門の前には、朝早いにも かかわらず多くの人たちが集まっていた。ヤホムの その人の群れに紛れるようにして門が開けられるの を待った。 太陽の作る影が短くなったころ、そのときは突然 のようにやってきた。門をくぐって進むその先には 広場があり、そしてその先には屋根はかかってはい たが、広場側だけが壁のない部屋のような空間が見 えてきた。その部屋と広場側は低い柵で仕切られて いて人間がそれ以上入れないようになっていた。板 が敷き詰められた床は広場よりも少し高くなってい て、そこには人が座るとみられる椅子が数個置かれ ていた。部屋の三方の壁はは黒い厚手の布で覆われ ていた。それにはヤホムが未だ見たこともない文字 とも記号とつかないものが金色で描かれていた。ヤ ホムはここがモラクを裁こうとする場所に違いない と確信した。 やがて白い服を着た男が出てきて建物の端にぶら 下げられた板をたたいた。それはどうやら裁判の始 まりを告げる合図のようだった。そしてほどなくし て五人の人間が現れ、そのうち二人は部屋の両端に たち、残りの三人は二人に挟まれるようにして椅子 に腰を掛けた。そのもったいぶった表情や黒くおも おもしい服装からして三人は裁き人であることが判 る。このように裁きの場を厳粛な雰囲気にさせよう とすることは、現在大陸ではもっと簡素化され開放 的な雰囲気にはなっているが、かつてはどこの国で もこのように行われていたことを考えると、今まさ に裁判制度が始まろうとしているこの島において、 裁判というものに何か特別な重要さや権威を持たせ ようとしていることは、今まさに未開から抜け出そ うとしているこの島の人びとにとっては必然的に通 らなければならないことなのかもしれなかった。 ほどなくして左端の男が叫ぶように言った。 「これから裁きを始める。罪びとを入れるように」 後ろ手に縛られたモラクが二人の武装者に挟まれ てはいってきた。 左端の男が言う。 「頭のカゴを取るように」 武装者にかごをとられてモラクの顔があらわにな ったとき集まった人たちの間にどよめきが起こった。 それは罪人は頭に角の生えた鬼、もしくは獣のよう な野蛮人と思っていた者たちにとっては、そこに現 れたのは自分たちと少しも変わらない紛れもない人 間だったからだ。 左端の男がさらにいう。 「この男がどんな罪を犯したか言うように」 右端の男が話始める。 「この男 名前はモラクはこのクニ始まって以来のま れにみる悪人でございます。村の仲間をけしかけ先 導して卑劣にもみんなが寝静まった深夜にカンリの 住むレイショを攻撃して火を放っては我らが同僚を 数名焼き殺しただけではなく、さらにその上に我が クニの財産であり我がクニビトみんなのものである コメを米蔵を破壊してそこから強奪したのです。こ れは今まさにこのクニを建設しようとしている人た ちに対する妨害行為であるだけではなく、我がクニ に対する紛れもない謀反になります。謀反は死刑に 値する重大な犯罪です。これだけでも死刑に値する 犯罪ですが、我われは、これほど重大ではないにし ても、どうしても見逃すことができないその他のい くつかの犯罪に関しての証言を確認しております。 まずはこの男は、妻がいるのに二人目三人目の女に 通じております。それからみだりに生き物を殺して それを食料にしています。それから我々が進める薬 を拒否して怪しげな魔術や薬草で病気を治そうとし ています。それからクニのものである神聖な神の森 の木を無断で伐採してそれを炭にして自分たちだけ のものにしようとしているということです。それか らこんな証言もあります。この男は未来を背負って 立つ子供たちに教育を受けさせることに反対してい ると。他にも人間としてふさわしくないようなこと をしていると証言してくれる人がまだまだたくさん いるのですが、この男モラクを死刑にするためには 最初の二つだけで十分だと思いますので、ここで終 わりにしたいと思います」 左端の男が言う。 「おい、男、何か言いたいことはないか?」 それを聞いてもモラク身動きもせずただ黙ってい る。 「それでは最終判断は後日ということにして本日は 終了します」 裁判の様子を見ていた者たちにはいつもの群衆の ようなざわつきはあったが意外さや不満を漏らすも のはほとんどいない様子だった。 人びとは開かれた門から出始めたがヤホムは立ち 止まって裁きがおこなわれた建物の方に注意をむけ た。そこには裁判の終わりころまでに群衆に混じる ようにして集まっていた人たちが後片付けや立ち話 をしていた。彼らはみな赤や黒や黄色や白の服を身 に付けていたのでこのダイホンブで何らかの役割を 果たしている者たちに違いなかった。すると何気な く見ていたヤホムの眼は、あの裁き人たちが姿を消 して行った部屋の奥で、他の男たちに何やら指示を している男の姿にくぎ付けとなった。その男は以前 とは違う青い服を着ていたが紛れもなくかつて北の 地でモラクの小屋に訪ねてきて話し込んでいたサラ ムに違いなかった。 翌日ヤホムはダイホンブに行った。モラクに会う ためだった。だがそれは許されなかった。そこでヤ ホムは自分はサラムの知り合いだと言って、サラム に会うことを願い出た。 しばらく外で待たされた後、ヤホムは日の射さない 奥まった部屋に通された。やがて複数の人間の足音 がして何やら話声がしたが、部屋に入ってきた野は サラムだけだった。 椅子に座るとサラムは少し笑みを浮かべて話し始 める。 「お久しぶりです」 「えっ、あっ、私のこと判りますか?」 「もちろん、判ります。モラクのところにいました よね、ともだち?」 「えっ、まあ」 「そうでしょうね。あなたははっきりさせたくない ようですが、でははっきりといいます、あなたはこ の島の人間ではないですね」 「ええ、まあ」 「やっぱり大陸から」 「ええ」 「私は初めて見たときからそう感じていました。そ れにただ者ではないと。では何が目的でもの島に来 たんですか?」 「この島のことを知りたかったんです。太平洋上に は実際に存在しているのに、この島のことや歴史を 語る人は誰もいないだけでなく、むしろそれを避け ているような気がしたので、どうしても知りたいな 思ったからです。それで色いろと勉強して、そのう ちに自分はどうやら顔つきからして、昔この島に住 んでいた人たちの子孫に違いないとわかるようにな って、ますます来たくなって、それでやってきたん ですよ。でも密入ですけどね。というのも今地球政 府ではこの島に入ることを永久に禁止していますか らね」 「放射能があるからですね」 「えっ、そのことを知っているんですか」 「知っています、なんでもね、今世界ではどうなっ ているかも知っています。それは当然でしょう、な ぜなら、私たちの教え、かつては宗教と呼ばれてい たこの教えを広めたのは、二百年以上も前に大陸か らこの島にやってきた人たちですからね。その人た ちもこの島の子孫のようです。その人たち、今の私 たちにとっては聖なる人たち、いわば先人たちです が、大陸に住んでいたころ、大昔のこの国の歴史を 知ったみたいです。その頃この国はニホンと呼ばれ ていてたくさんの人間が住んでいて、世界に誇れる ほど豊かで繁栄した国だったそうです。ところがど ういうわけか突然世界の歴史から消えてしまい人間 が永久に立ち入ることができない地域となってしま ったのです。なぜそうなってしまったのでしょうか、 我らが聖人たちはやがてその理由を知ることになり ました。それは西暦の最後の年に、当時の二大超大 国であるアメリコとチナの核戦争の巻き添えを食ら って我らが日本は壊滅したのです。なぜ日本は巻き 添えを食ったのでしょうか、なぜ日本はそれを防げ なかったのでしょうか、防げるはずはなかったので す。なぜなら日本はそのことを最高法規にも記した 永久に戦争を放棄した平和国家だったからです。戦 争を放棄したということは軍備も持たないというこ とです。ましてや核武装などということはもっての ほかです。そこでニホンはある期間まったく軍備を 持たない平和国家として存在し続けました。そんな ときある"お方"が、その"お方"は我らが教祖アサラ 様ですが、アサラ様はこのまま軍備を持たないとニ ホンは他国に侵略されて滅びるということ予見され て、そこで核武装することを公然ととなえるように なりました。最初アサラ様がその教えを始めたのは、 人間が人間らしく生きるにはとか、人間が永遠の命 を得て死後神様のもとで平穏に暮らせるにとか、人 間が死後汚らわしい生き物などに生まれ変わること がないようにグダツの境地を獲得するに葉などとい ったことへの方法やそのための修行に関する教えが 主だったのですが、このままでは他国に侵略され滅 ぼされかねないと危惧して、政治に関心を持ったよ うです。それ以降信者も日増しに増えるようになり ました。ところがそれをよく思わない平和主義者の 謀略にかかり殺人鬼の汚名を着せられ処刑されしま ったのです。 でもやっぱりニホンはアサラ様の予言通りになっ てしまったのです。その頃世界は二大超大国の対立 で核戦争の危機が日増しに迫っていました。日本は 平和主義のもと戦争の反対を唱えていました。でも 世界は広かったのです。その当時日本は数千万人の 人間の住む小国、経済的には栄えていましたが、世 界全体から見たら無視できるほどの小国でした。そ してついに二大超大国による核戦争がはじまりまし た。ところがとても奇妙なことが起こりました。二 大超大国の核爆弾はすべてニホン国の上空で爆発し たり衝突したり迎撃されたりしてニホンだけが被害 をうける結果になってしまったのです。ということ は二大超大国は全く被害を受けなかったということ です。偶然でしょうか、いやそれは仕組まれたので す。その二大超大国は裏で取引をしたのです。とい うのもその二大国が正面から衝突したら、その二大 国どころか地球そのものを滅ぼしかねないからです。 そこで彼らは密約を結び操作をしたのです。すべて の核爆弾がニホン周辺の上空で衝突爆発または迎撃 爆発するようにと。そうなれば自国だけではなく地 球そのものの破滅がまぬかれるとともに自国の威信 やメンツが保たれると考えたからでした。その為に は太平洋上の小さな島国が滅びてもやむを得ないと 考えたようです。でもそのことは何もその二大国だ けの考えではないようです。地球上のほかの国の人 たちもみなそのように考えていたようです。もし地 球が救われるならその程度の犠牲も仕方がないので ないかと。だからなんでしょうね、その後の人類は、 平和主義を唱えるニホンが滅びることを、自分たち の生存のためにはやむを得ないこととして、それを 暗黙にも容認してしまったという疚しさからなんで しょうか、そんな事実はなかったことにしようとし て、地球の歴史からそのこと抹殺しようとして、こ の島を永久に立ち入ることを禁止地域にしたんでし ょうね。 人類にはその歴史上隠したいことがたくさんある んですよ。その代表がこの出来事です。戦争を放棄 して平和を愛する何千万の人間を自分たちが助かれ ばいいということで見殺しにしたということです。 それは無意識的な選択だったかもしれませんが、我 らが聖人たちは、我らが先祖の末裔たちは、大陸に 住んでいたころその悲惨な歴史を知り激しい憤怒に とらわれたのです。そして決意したのです。この島 にわたって日本国を再興しようと。聖人たちは失わ れた国ニホンについてさらに詳しく調べました。そ してその当時に日本の平和主義を否定して核武装す ること主張していた我らが教祖アサラ様が反対派の 謀略によって処刑されたということを知りました。 そこで我らが聖人たちはこの島に渡ってアサラ様の 教えを広め、その教えによって人びとをまとめてこ の島を新しいニホン国として再興しようと決意した のでした。もちろんそのときには永久に戦争を放棄 しようとか、軍備を持たないなどという平和主義は となえずに、強力な核武装によって国を守ろうとい う考えを持っていました。当然ですよね、他国を威 圧するほどの軍備を持たなければ他国から舐められ 踏みにじられ蹴散らされ滅ぼされて、結局地球の歴 史から抹殺されてしまうだけですからね。現在我が 国は、大陸の人たちから見たらはるかに遅れている ように見えるかもしれませんが、もしかしたら進ん でいるところもあって、それは大陸を超えているか もしれません。まあ、これは秘密ですが。とにかく 私たちはあなたたちが思う以上に進んでいます。と いうのも私たちは秘かに大陸とつながっていて、毎 日のように様ざまな情報を得ていますから。ところ で我らが聖人たちが最初にこの島にやってきたとき 何をしたかというと、まず我らが教祖その昔反対派 によって謀殺されたアサラ様の墓を発見することで した。この島の南から北、西から東へと歩きまわり、 そして数年後ようやく発見されました。その間にも アサラ様に関する沢山の資料が発見されました。す るとその資料からとてつもないことが、人類が震え あがるような秘密の研究がおこなわれていたことが 判ったのです。それは日本の未来を憂えたアサラ様 が当時の最高頭脳を集めてつくった科学部局に命じ てやらせた反物質爆弾に関する研究でした。研究は かなり進んでいてあともうちょっとの所で製造段階 になったのですが、二大国の核戦争には間に合いま せんでした。もし開発が成功していたなら核兵器を 上まわるな抑止力となってあんな見せかけの核戦争 に巻き込まれるようなことはなかったでしょうね。 いやもしかしたら世界が、日本人が当時心から望ん でいたように、本当に平和になったかもしれません ね。なにしろ反物質爆弾は絶対的な抑止力になりま すから」 「それでいまどの段階にあるのですか?」 「いや、私にはわかりません。専門家でもないから、 それにそのことは極秘になっていますから。それか らこんなことを耳に挟みました。過去の研究資料が 見つかったといっても、その半分以上は紛失してい たということらしいですから」 「ところでモラクはこれからどうなるんでしょうか ?」 「かなりむずかしいです。私は助けてあげたいんで すが、上層部はカンリが死んだということは、その 経緯がどうであっても、どうしても看過できない重 大事だと考えているようです。それにトリデの焼き 討ち、そしてみんなの財産である米の強奪ですから、 これは紛れもなく謀反に値すると考えているようで す。それから複数の妻、野生動物の捕食、我が国の 財産である森や雑木林の無断伐採などは、規律をも って国を治めようとする考え方に反することですか ら、裁判人心証はかなり悪いものになっています。 ところであなたに忠告があります。あまりほうぼう を歩いて人に色いろなことを訊ねないほうがいいと 思います。というのもこれまでにいくつか報告が上 がっていて、あなたをいぶかる人がいるということ です。でも安心してください、証明書を発行します から。あなたはスパイなどという決して怪しいもの ではないという証明です。もし何か怪しまれて訊か れるようなことがあったらそれを見せてください。 最近とみに大陸のスパイがうろつくようになってき ました。このあいだ二人のスパイを捕らえました。 さっき話した反物質爆弾の研究がどのくらい進んで いるか、探っていたようです。彼らは死刑の判決を 受けました。そのうちに天候が悪くなった時に執行 されるはずです。いまオウ様が住んでいる建物から さらに山側に上ったところにあるダイシンデンでお こなわれます。なにしろ死刑というのは人間から命 を奪う行為ですから、いくらその人間たちが死罪に 値するといっても、そのような重大なことは最終的 にはカミ様の判断に任せるということになっている のです。ダイシンデンの内部にある階段を上がって いって、その最も高いところに立って神様の裁きを 待つのです。そしてもしカミ様が有罪だと判断した ら、カミ様の発する稲光でその者の命を絶たれるの です。きっと大陸の諜報機関でも必死なんでしょう ね、もしわれわれが最終兵器である反物質爆弾を開 発したら、それで世界を脅して我われを支配するに ちがいないと恐れているでしょうから、なぜなら彼 らは自分たちの先祖が、かつて自分たちが生き残る ためにニホン民族を見殺しにしたということを知っ ているでしょうから、それで今我われニホン民族の 子孫が、そのことを恨みに思っているに違いなく、 それで秘かに復讐をする機会を狙っているにちがい ないと疑っているでしょうから」 「それでは本気で世界を支配しようと」 「ふう、判らないです。私はまだ最高評議会議には 参加できていませんから。でも反物質爆弾が完成し たら、おそらくその方向に進むと思います。それま でに世界の構造が変わっていたら別ですけど。力の ある者が支配し力のないものが支配されるという構 造が。そして地球そのものが存亡の危機にさらされ たときに、誰かがつまりどこかの国がその他の国の 犠牲になって地球を救うという構造が、そのときに そのことを、その他の国の人たちが、それは仕方が ないことだとして容認するという構造が」 「今は昔と違ってだいぶ理性がはたす役割が強くな ってきているように思えるんですがね」 「そうでしょうか、人間の本質は昔とはそんなに変 わっていないようには思えるんですがね。例えばで すが、もし四人で何か重い荷物を担いで運んでいた とします、そのとき誰かがその重さに耐えきれず全 身から崩れ落ちたとします。するとどうなるのでし ょう、他の三人はそれまでの重さから解放されるで す。なぜならそれまでの荷物のほとんどの重さは崩 れ落ちたその人だけにかかるからです。三人という 強者の多数は苦痛から解放され、崩れ落ちた弱者と いう少数は苦痛にあえぐのです。はたして今人間は そこまで理性的になっているでしょうか」 「もしそれを開発するとしたら、核爆弾を作るにも 相当に広い施設を必要とするのに、そんな場所とい うか研究所というか全然見当たらないですね、それ にそんな気配も雰囲気もまったく感じないんですが」 「それはそうでしょう、だって人目に付くようなと ころにはありませんから。我われのことを探ってい た彼らもそのことを不思議に思っていたようです。 あそこにあります。ダイシンデンがある山の地下に、 あそこはものすごく広い空洞になっているのです。 でも実際はそんなに広い施設は必要ないんです。 なぜならいままでの物理学とは全く違う発想のもと で行われていますから。それは人間の愛が元になっ ています。反物質爆弾とは人間の精神現象である愛 からそのエネルギーを引き出すものなのです。我ら が教祖アサラ様がその昔に考え出されたものです。 アサラ様はこのように考えられました。 宇宙はまず何もないところから、無機物が、そして 有機物が、やがて植物から動物、そして人間へと進 化してきましたね、そして様ざまな精神活動という ものが進化発展してきました。でもそれを根本から 支えてきたのは愛というものです。その愛によって、 というかその愛の生み出す力によって人間は進化発 展してきました。ではその愛そのものはどのように して生まれてくるのでしょうか。それは対立しあう 物が存在することによって生まれ、その対立しあう ものが合体して交じり合うことによってはじめて力 が生じてくるのです。その究極の形が人間の男女な のです。ではこの男女の愛は生き物である人間が作 の構造が作りだしたのです、カミ様が、物理的には この宇宙が人間を作り、そしてこの宇宙の構造が男 女の愛を作り出したのです。つまり人間の男女の愛 はこの宇宙の真実であり究極の形なのです。この結 論のもとにアサラ様はさらに考えを発展させました。 それならばこの宇宙の究極の真実でその形でもある 人間の愛の力というものは、物理的宇宙の生み出す 力よりも強いのではないかと。それはそうでしょう ね、だれも"あの愛の思い出"も"この愛のひと時"も、 肉体の滅びとともに永遠に失われてしまうなんてこ とは、考えないどころか考えたくもありませんから ね。だからアサラ様だけではなくたって誰だってこ んな結論に至ると思いますよ。そしてアサラ様の指 示のもと人間の愛の力から生み出される反物質爆弾 の研究がすすめられたのです。そこでまずは愛とい うものを生み出す人間の脳の研究に取り掛かったよ うです。そして研究を進めていくうちに大量の脳が 必要になったみたいです。なぜならたくさんの脳を なぐことによって、より多くの知見が得られるとと もに、より多くの力が得られると考えられていたよ うですから。というのも半分以上失われた過去の研 究資料からはあまり知ることはできなかったようで すから。だからその愛という精神的な力を実際の物 理的な力に変えるにはどうすればいいかということ は現在まだまだ研究の段階にあるみたいです」 「脳というのは人間の脳ということですか?」 「ええ」 「生きた?」 「そうです、それも大量に」 「どうやって手に入れてるんですか?」 「まあ、なんとか」 「もしかして障害を持って生まれた子どもたちとか ?」 「そうです、彼らは今我われの行う儀式のおかげで テンゴクのカミ様にみちびかれて幸せに暮らしてい ます。もしこの世で障害を持ったまま生きていたら、 大変な苦しみを味わったにに違いありませんから。 研究用の脳というのは無垢で純粋なものほどいいん ですよ」 「この話はもうやめましょう」 「あっ、そうですか、そうですね。ところで私自身 について話していいですか?」 「ええ」 「私があの村を出たのは数年前です。そのときまで 私は周りのみんなと自分はどことなく違うと感じて いました。というのもいつもこんなことを考えてい ました。人は何のために生きているんだろうかとか、 人は死んだらどうなるんだろうかとか、どこかにこ ことは違う世界があるんではないだろうかとかと色 いろ考えていました。そんなときたまに来る旅人の 話などを聞いているうちに、ほんとにこことは違う 世界があることが判りました。やがてぜひそこに行 って色いろなことを知りたいという思いが日増しに 強くなっていきました。そして村を出たのです。た くさんの人に出会い、たくさんのことを知りました。 そしてついに出会ったのです。私の悩み事や疑問を 聞いてくれるお方に、我らがキョウシュ様に、私は キョウシュ様そしてダイキョウシュ様からたくさん のことを学びました。地球のこと、世界のこと、こ の島のこと、この島はかつてはニホン国と呼ばれて いて周辺の国よりもはるかに繁栄した豊かな国であ ったこと。それがある出来事をきっかけにして滅ん でしまったということ。それから科学について宗教 について芸術について政治について学びました。で も何よりも学んだものは私の生き方を根底から変え てくれたモウムの教えでした。モウムの教えとは西 暦の終わりころに教祖アサラ様が広められた教えで す。その教えは、人間が死んだら、その人が生きて いたときのその行状によって、カミ様がその人がテ ンゴクに行くか地獄に行くかを決めるという教えだ けではなく、生きているときのその人の修行によっ て、つまりクダツの境地に入ることによって死後は 永遠の命を得ることを保証されるという教えなので す。またさらには日常の生活における人間の精神あ り方から肉体の在り方まで教えてくれるもので、現 在の私の生活を導くものとなっています。なんか自 分のことだけを話しているみたいですが、でも話さ ずにはいられないのです。教祖アサラ様のその尊い 教えを心から話しているときは、なんとも言えない 幸せな気持ちになれるからでなんですよ」 「ところでオウ様とダイキョウシュ様とではどちら が偉いんですか?」 「うっ、どちらが偉いとか、役割が違いますからね。 でもたぶんダイキョウシュかな、オウ様になった方 は、以前キョウシュ様をやっていた方ですから。そ れで、例の二人の大陸のザイニンの処刑は近いうち に行われると思いますから、ぜひ見に来てください。 ダイシンデンをさらに上ったところで行われます。 そのときはついでに大変重要な儀式もおこなわれま す。オウ様の愛娘の命をかけて行われる儀式、来年 の米の出来不出来を占うためにカミ様の託宣をたま わる儀式です。もし神様がそのイカヅチで姫様の命 を奪えば来年の稲は不作になり、もし姫様の命が免 れれば豊作になるという大変神聖な儀式なのです」 「では、話は元に戻りますが、どうしてもモラクの 命を助けることは、、、、」 「うん、私としては何としても助けたい、助けたい のはやまやまだけど、私にはまだまだ力がない、、 、、そりゃ助けたいさ、なぜなら、モラクは母こそ 違うが血を分けた兄弟だからね、、、、」 それからまもなく翌日の荒天が予感されたある日、 町には他所の国から来たザイニンが処刑されるとと いう噂が広まった。 ヤホムは行ってみることにした。そしてサラムに 聞いたとおりにダイシンデンの裏山を登りその場所 にたどり着いた。 そこはまず周囲が大きな岩に囲まれた平らな広場と なっていて、その北側にはさらに上へと昇る石の階 段があった。その表面の光り具合いや、その両側が 巨大な岩となっていることから階段は人力で作られ たものであることが判る。階段は何十段と続いてい るようであったが、かなり濃くかかったモヤのせい で上の方がどうなっているかは下の広場からは知る ことはできない。 やがて二人の蜜入者が連れてこられた。ヤホムは その男たちはかつてモラクの村で見た者たちである ことに気付いた。それは二人の身長差や彼らが醸し 出している雰囲気が周囲の村人とはどこか違うとい うことをヤホムははっきりと記憶していたからであ った。最初背の高い男が階段を登らされるようにし て上がっていった。その姿が見えなくなってしばら くして目を覆うほどのまばゆい光の束と共に、体が 崩れ落ちそうになるほどの激しい轟音が鳴り響いた。 そしてしばらくして背の低い男が前の男のように階 段を昇って行った。そして光と轟音が再び広場を揺 さぶる。二人の男がどうなったかは見ることはでき なかったが、二人とも雷に打たれて亡くなったにち がいなかった。おそらく亡骸が人前にさらされるこ とがはばかられて秘かに処理されたに違いなかった。 ほどなくして広場の人の群れを割るようにして黒 装束に身を包んだ者たちがやってきた。オウとその 従者と、これからカミ様の裁定を受けようとする王 の娘である。彼女だけは装飾のほどこされた華やか な衣服を身に付けている。 オウたちは階段の下で止まった。みな険しい表情 をして無言である。そして姫だけが二人の従者付き 添われるようにして階段を上り始めた。三人は十段 ほど上がったところで歩みを止めた。そしてそのあ とは二人の従者を残して姫だけが上っていた。やが てその姿は見えなくなり、恐ろしすぎるほど静寂の 時間が過ぎたあと、突然のようにそのときはやって きた。そして再びまばゆい光と轟音が広場を揺さぶ った。人びとはひれ伏すかのように腰をかがめ下を 向いていた。ちぎれた雲が陽を隠し再びその姿を現 すくらいの時間が過ぎたあと、階段の前にいる者た ちから歓声が上がるとそれはどよめきとなって広場 に広がった。二人の従者が階段を走るようにして上 っていった。やがて広場のすべての人たちに見える ほどに姫がその無事の姿で現れた。それを見てすべ ての人たちは涙を流しながら歓喜の声をあげた。そ してあちこちで 「、、、、姫様は、オレたちのために、、、姫様は、 私たちのために、危険のかえりみず、、、、姫様は 自分の命をぎせいに、、、、」 などという言葉がささやかれていた。 その帰り道大神殿の手前でヤホムはサラムに声を かけられた。サラムが地下の施設を案内したいとい うのである。 岩石を削って作られたと思われる回 廊のような道を少し下っていくと、突然のように石 の扉が現れた。そしてそれを開けて入ると、そこに は広い空間があり、その周りの壁にはいくつかの扉 があった。そして最も大きくそして重厚な金属の扉 をに近づき開けると、ヤホムについてくるようにと うながしながら入っていった。ヤホムはそれに従っ た。歩きながらサラムが言った。 「先ほどの儀式どう思いましたか?」 「姫様の生還のことですか?」 「二人の蜜入者の処刑のこと」 「私としては国外追放とか、死刑というのは少し残 酷かなと」 「我が国の秘密を探ろうとしていた者たちですから ね、我が国の存立を脅かしかねない者たちですから ね、過去を例に取れば、そのような手ぬるいことは 二度と許されないことですからね。まあ、残酷とい えば、、、、でも苦しむことはありませんからね、 雷に打たれたときは、もう完全に意識を失っていま すからね。それに彼らにとってはいいことだったん ですよ。これ以上悪事を重ねないようにしてあげた んですからね。あのままでは彼らはきっと地獄に落 ちたでしょうからね。アサラ様の教えとはどんな悪 人でも神の裁きを受ければ、たとえそれによって命 を失くしても死後は天国に行けるということなので す。つまりこれ以上悪事を重ねないようにと 死ん だあとは天国に行けるようにと その人が死ぬ前に 救済してあげようというのが真の教えなんですよ。 ところで何か気になりませんか」 といってサラムは立ち止まり、それまでよりも少し 広くなった通路の壁の方に眼をやった。ヤホムも何 気なく眼をむけた。するとサラムは壁を指さしなが ら言葉をつづけた。 「これですよ。人間が十人ほど手を広げて並んだ長 さ、そして人が二人ほどの高さに彫られた模様、渦 のような模様は、カミ様の小指の先の模様なのです。 これからも判るはずです。モウムのカミはいかに偉 大であるかというとが」 二人はさらに歩いた。 岩で挟まれた迷路のような細い道が続いた。そ してついに謎めいた文字の刻まれた石の扉の前に たどり着いた。サラムは扉を少しだけ開けた。奥 は部屋になっているようだった。そこには細長い 石でできた箱のようなものが置いてあった。どう やら棺のようだった。サラムがそれに眼をやりな がら話始めた。 「私は恐れ多くてこれ以上近づくことはできませ んので、あそこでアサラ様がカミから永遠の命を 与えられて眠っています。たしか百年前に、我ら が聖人たちの長年の努力の末にようやく、大昔に 埋葬されたアサラ様の墓が発見されました。そし てここに移されたのです。もうこれで十分でしょ う」 と言ってサラムは扉を閉めた。 二人はそこを離れた。 歩きながらサラムが言った。 「棺に眠るアサラ様を私はまだ見たことはありま せん。でもダイキョウシュ様の話によるとその姿 はまるで生きて眠っているかのようだったという ことです」 「それでモラクのことはどうなるのでしょうか」 「ええ、まあ何度も言いますが、はっきり言って いまの私には何の力もありません。ましてや同じ 村出身の私が何を言っても聞き入れてはもらえな いでしょう。あっ、それからモラクと私が血を分 けた兄弟であること、これは絶対に秘密にしてお いてくださいね」 サラムと別れダイシンデンを出て歩き出したヤ ホムを突然のように陽が照らし出した。ヤホムが 何気なく振り返るとダイシンデンの背後にそそり 立ち岩山の上部は黒く不安な雲に覆われていた。 それから三日後、ヤホムは人びとの噂話からモラ クに死罪の裁きが下されたこと、そしてその執行は 来たるべき冬と春をまたいだまさにその時期にふさ わしい季節に行われるということを知った。 ヤホムはひとまず家族の住む村に帰った。 ある日ヤホムが、村の近くの町、ミヤコの人びと がザイゴと呼ぶ町に出かけたとき、偶然のように北 の方から来た者たちが、名前がヤホムという人物を 探しているという噂を耳にした。ヤホムはそれは自 分に違いないと確信して町のあちこちを捜しまわっ た。そしてついに町はずれの大きな木の下でまるで 他所人のように寄り添っている者たちを見つけた。 そして彼らに近づいてみると、それはモラクの村の もので、サクとクラ、そしてモラクの妻ランだった。 ランは乳飲み子を抱えていた。それはまさしくモラ クの子供だった。 ヤホムはモラクのこれまでの経緯、そしてこれか らどうなるのかをすべて正直に彼らに話した。 ヤホムはランとその子供をとりあえず自分の家で 預かることにした。 そしてサクとクラは北の地へと帰っていった。 やがてヤホムはこれまで以上に生活の糧を得る必 要に迫られた。 これまでヤホムはこの島には大陸のものを持ち 込まないと決意していた。なぜなら大陸のものに よってほとんど自給自足に近いこの島の生活を乱 すような気がしたからだ。だがランたちを預かり、 そのことでヤヨイやヤヨイの親族たちにこれ以上 迷惑をかけることはできないと思うと、もうそん なことを言っている場合ではないような気がした。 ヤホムは秘かにこの島を抜けだして大陸に渡った。 そして大量の商品を仕入れても戻ってきた。それは ザイゴの町で商売を始めるためだった。そのほとん どは女性が好みそうな雑貨や装飾品だった。ほとん どの商品は女性たちにとっては初めて見るものばか りで商売は盛況だった。だがヤホムはこれはあくま でも生活のためにやっていることだからと心に固く 誓いながら、たといそれがどんなに盛況だったとし ても決してぞ以上手を広げようとはしなかった。 冬を過ぎ春を過ぎ、モラクの子どもサンは大き く成長してどうにか立ち上がれるようにまでなっ ていた。だがモラクの噂は町に流れなかった。 そして春の終わりにその噂は流れた。 夏の始まりの曇り空が続くころにモラクの刑が 執行されることが。 ヤホムは大陸のリセに情報を求めた。それは地 球暦としては最初の暦である西暦の末ごろにアサ ラという教祖によって始まったされる宗教《モウ ムの教え》というものが本当に存在したのかとい うこと、そして教祖アサラが、武力を放棄して永 久の平和をとなえる人びとの陰謀によって処刑さ れたいうことが真実であるかどうかを確かめるた めだった。 二日後リセからの報告が届いた。 それによると、地球歴史博物館のどの部門にも モウムの教えやアサラという名前の人物の記録は なかったということだった。だが裏地球歴史博物 館というものがあってそこにアクセスすると次の ようなことが判ったということだった。 《、、、、、、、たしかに、その頃アサラ という人物がいてその自分の教えを"モウ ムの教え"として広めたいたことはほんと うのようです。その教えを信じる信者も たくさんいたようです。それで当時流行 っていた宗教として普通に成り立ってい たようです。でも陰謀よって処刑された ということは事実ではないようです。布 教活動を進めるうちに彼らは犯罪行為に 走ったようです。最初その活動はとにか く穏やかなものだったようですが、どう いうわけかいろいろと問題を起こすよう になり、そのうちに反社会的な集団とし て批判されるようになると、なぜかその ことに反発するかのようにだんだん過激 になっていき、批判者の拉致監禁とか、 やがてその者たちを死に至らしめるとか、 そしてついには毒ガスを使った大量殺戮 を決行するに至ったようです。ですから それは決して反対者の陰謀などというも のではなく、普通の重大な犯罪として公 正に裁かれて死刑判決を受けたことは間 違いないようです。それから彼らが反社 会的な集団として批判されたのにはそれ なりの理由があったようです。そのとい うのも彼らの教団の修行方法が当時とし てはかなり過激で、自分たちの仲間であ る修行者を死に至らしめるほど非人道的 なものあったり、また新たな信者の勧誘 方法というものがかなり反道徳的なもの だったりしたということのようですから。 ちなみにある評者によるとこれは失敗し た宗教の例だということになっています。 では成功してその後生き延びていった宗 教はというと、どれもみんな次のように 条件を備えているということです。 神の存在や永遠の命がうたわれていること。 どこから見ても、決してもほころびることの ない、それ自身完結した教義体系を持ってい ること。 天国や地獄というもの存在がうたわれている こと。神やその教えを侮辱したり否定したり する者は無条件に地獄に落ちるとされている こと。そして信者は不信者に常に地獄に落ち ると脅す権利を持っていること。 この世は善と悪の戦いの場であり、善の代表 は天使であり、悪の代表は悪魔や鬼であるが、 人間にとってはときにはその区別がつかなく なる必要があること。 たとえそれが人間の自然性に反する行為であ ったとしても、修行者には人間ばなれした荒 行や苦行が必要とされること。 信者が神や永遠へ上昇するシステムは、信者 から小銭を巻き上げるシステムを偽装してい ること。 普通の人間が生きていく上で大切な価値 はその宗教を指導する上層部の人たちに たちにとっては反価値とされること。 ときの政治権力に取り入るか または政治権力そのものを握ること などなどがあるそうです。 そういうことでこの評者が言うにその モウムの教えが失敗したのは過激な方 法で政治権力を奪取しようとしたこと が最大の原因ではなかったかとみてい るようです。 それから私の個人的な意見ですが、現 在の信者たちが百年ほど前に墓を発見 したといってるようですが、それはど うも疑わしいですね、だってアサラと いう教祖が死んだのはかなり大昔です からね、それが近年まで残っていたと いうのは、ましてや遺骸まで残ってい たというのは到底考えられませんから。 それでは最後になりますが、質問書に 書いてあったあなたの疑問、今ミヤコ と呼ばれている町はその島のどの辺に 位置しているということですが、私に は詳しいことは判りませんが、でもそ の町の北側の険しい山並みや地下に広 がる大規模や空洞からして推測するに、 その険しい山並みというのはその昔フ ジと呼ばれていた山の下方部分にあた るようで、ですからミヤコという町は かつてフジと呼ばれていた山のふもと に位置することは間違いないようです。 当時そのフジという山は天に届くほど たかく、四季折おりにその変化に富ん だ様ざまな様相を見せるという日本国 を象徴する美しい山として国民のだれ からも愛されていたようです。ですが その原因が火山活動によるものか地殻 変動によるものかそれとも無数の核爆 弾によって破壊されてしまったのかよ く判りませんが、その美しい形が失わ れてしまったことは確かなようです。 ナルイのリセより 》 ヤホムはランとサンを連れてダイホンブのサラ ムを訪れた。モラクに妻と子供を会わせるためで ある。だがサラムは自分には三人を会わせる権限 はないからと言うだけでどうしてもその面会は実 現しなかった。 雲が走るように去り珍しくも晴れ渡ったある日 の夕方、サラムは、頑丈な扉でとじられモラクが 収容されている部屋に入った。サラムにとってモ ラクが捕縛されて以来モラクと直接会うの初めて だった。モラクは長い間の収容生活でひげは伸び 放題で体も故郷の野山を走りまわっていたころよ りはかなり力強さは失われているように感じた。 サラムが入ってきても、モラクは北側の隙間だら けの壁の方に眼をやったままほとんど表情も姿勢 も変えることなくじっと座っていた。サラムを眼 の前にしてもその様子にさほど変化はなかった。 それは今眼の前にいるのがサラムであることを認 識できているのかいないのか、それともサラムが 部屋に入ってきたときから、その気配からすでに サラムであることを認識していたのか、それにそ の穏やかな表情からして、何事にも動じない境地 になっているのか、それとも物事を判断する能力 を失っているのか、サラムにとってはどうにも判 断の付きかねるほどのモラクの落ち着きぶりだっ た。サラムは少し不安な感じを抱きながらモラク に話しかける。 「久しぶりだね」 「うん、そうだね」 そう言いながら何気なく自分の方に眼をむけた あと、ふたたび壁の方の眼をやるその穏やかなモ ラクの表情に、サラムはモラクは何も変わってい ないと、少し安心した気持ちになった。 「モラクアニィは覚えているかな、オレたちが最 初あったときのこと」 「ああ、覚えている」 「オヤジに連れられて行った狩りのときだよね」 「うん、そうだ」 「オレたちが協力して獲物をしとめたときオヤジ はものすごく喜んでくれたよね」 「うん、そうだったな」 「もしかしたらあのときが最初で最後だったよね、 オレとアニィが兄弟らしく仲良く話したのは」 「そうだったかな、よく覚えてないけど」 「アニィは誰とでも仲良く話していたから、とい うかみんなアニィのことが好きだったからね。ア ニィもオレと話すよりもみんなと話すのが好きだ ったみたいで、なんか冷たくされているように感 じるときもあったりして」 「いやそれは違うな、やっぱちょっと違うんだよ、 兄弟とそうでない人とは、どうしてもそうでない 人にはちょっとだけやさしくしようと思ってしま うんだよ」 「まあ、それはそうなんだろうね、アニィはそう いう人なんだから、だから村の子共たちからも、 年寄りからもだれからも頼られて慕われているん だから。そんなアニィを見ていてあるときふと思 ったんだよ、オレはアニィとは違うなと。オレは だんだん大人に近づくにしたがって不思議なこと や疑問に思ったこといろんなことを考えてくるよ うになっていたからね。人はなぜ生きているんだ ろうかとか、人は死んだらどうなるんだろうかと かね、アニィは若いころそんなこと考えたことあ る?」 少し首をかしげるモラクを見ながらサラムはさら に話し続ける。 「そうだよね、毎日アニィがあっちこっち忙しそ うに飛びまわっては、他所の人の畑を手伝ったり 重いものを運んでやったりしているのを見ている と、オレみたいなことを考えているようには見え なかったからね。そんなときだったかな、村を通 りかかった旅人から聞いたんだよ、南の方に人生 に役立つようないろいろなことを教えてくれる偉 い人たちがたくさん住んでいるということを、そ こでオレは決心したんだ、村を出ることにね。そ してこの町ミヤコにやってきたんだ。やがてキョ ウシュ様やダイキョウシュ様に出会い、そしてモ ウムの教えを知ったんだ。あの頃アニィは幸せだ った?」 「、、、、、シアワセかどうかは判らない、でも 何にも不満は感じていなかった。ときにはしょう もないことで村人たちが言い合いをしているのを 見ると、何やってんだろうって思うときはあった けどね、でも何をやっても、いつも楽しかった。 みんなから何かを頼まれてやるときは、いつもう れしかった。それで喜ばれるともっとうれしかっ た。だからどんなことでも苦にはならなかった。 それがシアワセというなら幸せだったかもしれな い。でもだからといってそれ以上何も思わない」 「そうだろうね、アニィはやっぱりそういう人だ。 でも私はそうはいかない、どうしても不思議なこ とや疑問に思うことが気になってしょうがない。 アニィに悩みごとはないの?」 「悩みごと?」 「うん、まあ、心配事っていうか、、、」 「それはいっぱいあるさ、狩りはうまくいっただ ろうかとか、みんなの野良仕事はうまくいっただ ろうかとか、みんなで助け合ってやっているだろ うか、なんてね、心配なだあ、、、、」 「、、、、それで実は、アニィのことをどうして も助けたいと思っている。アニィは本当はどんな にすぐれた人間であるかということ、そしてアニ ィは人をまとめる能力にすぐれた人間であること を話して、何とかアニィの罪が許されるようにダ イキョウシュ様にお願いしたいと思っている。そ れでそのときにはダイキョウシュ様にぜひ直接に アニィに会ってくれることをお願いする。だから、 そのときには、、、、、アニィの方からも、、」 「、、、、」 「あっ、そうだ実は先日、ランとその息子サンが 私を訪ねてきた。でも私にはその力がなかったの でアニィと会わせることはできなかった。サンと は誰のことか判るね、アニィの息子だ。ようやく ハイハイができるようになっているそうだ。それ でそのことも、アニィと会わせられるようにする こともお願いするつもりだ。そろそろ時間が来た ようだ、ダイキョウシュ様に会うときはくれぐれ も、、、、、なんかアニィのことを批判するよう なことを言ったみたいだけど、そんなつもりでは ないんだ、、、、もしかしたら本当は子供のころ からみんなに好かれるアニィのことがうらやまし かったのかもしれない、、、、」 「、、、、、、」 「アッ、そうだ、このことはぜひ聞いておきたい、 アニィは、あのとき、裁きの場で、最後に何か言 いたいことはないかと聞かれて、何にも言わなか ったけど、どうしてなんだ、もしあのとき、何か アニィ自身がみんなによく思われるようなこと、 たとえば、申し訳なかったとか、悪いことしてし まったとか言って、少し謝るような態度を見せれ ば、もしかしたら罪が軽くなったかもしれないの に、あのときの本当の気持ちはどうだったんだい、 いったい何を考えていたんだい?」 「これといって何も考えてはいなかった。あの時 ずっと思っていたのは、やつらはオレを殺したい んだなって、仲間を殺されたのでその仕返しにオ レを殺したいんだなって、まあ、それはそうだろ うな、だれだってそう思うな、だからオレは死罪 になっても仕方がないなと思っていたんだ。でも 、、、、ちょっとだけ違うところもある。奴らは オレを、他にもいっぱい悪いことをしたといって、 いろいろとあげてオレが本当に悪い人みたいなこ とを言っていたけど、オレは本当なそんなに悪い ことをしたとは思ってないから、それだから奴ら のやり方に従ってていうか、それを受け入れて、 何か言うことは、やつらの言い分をはじめっから 受け入れたような気がして何にも話す気がしなか ったのだよ。それにいまさら何も言ったって死罪 だと思っていたから」 夏の始まりの曇り空が続くようになったころ、 ヤホムとランとサンはサラムからダイホンブに 来るようにと呼び出しを受けた。 三人はダイホンブの奥深くに位置してはいたが、 南側から陽の入る少し開放的な部屋に通された。 だがどんなに時間がたっても、誰かが訪れるわけ でもなく何の変化もなかった。そして夕方になる とランとサンは返されたがヤホムだけは残された。 だが三人が部屋で待たされているあいだに何も なかったわけではなかった。 ダイキョウシュの指示で、部屋にいる三人の姿、 とくにサンを抱きかかえてあやしているランの様 子や、ハイハイをしているサンを姿を、少し離れ た壁の隙間から、ケイゴ人に挟まれたモラクに見 させていたのである。 太陽が沈み、そこかしこの部屋に灯がともされ たころ、ヤホムはサラムの部屋に呼ばれた。 ヤホムが部屋で座って待っているとサラムが遅 れてやってきて座った。そしてしばらくは苦笑い にも似た笑みを浮かべながら無言で座っていたが、 大きくため息をついたあとようやく話し始めた。 「たぶん偶然なんだろうけど、今度ダイキョウシ ュ様の付き人になったんだよ。それで今がその機 会だと思い、自分は、モラクと同じ村の出身であ ることを述べ、それからモラクは村では誰からも 慕われていて、誰からも頼られるほど人望があっ て、周囲の村にもその名前が知られるほど、人び とをまとめることができる優秀な人間であること を述べて、遠まわしながら、モラクは北の地方を 治めるにはふさわしい人間だから、できればその ためには、モラクの罪を許して釈放してほしいと いうことをほのめかしたつもりなのだが、どうも うまく通じなかったみたいだった。もしかして自 分はモラクとは血を分けた兄弟であることを言え ば、少し良い方に展開していたかもしれないけど、 でもどうしても言えなかった」 そう言いながら薄笑いを浮かべるサラムの表情 にヤホムは不思議な気持ちを抱きながら話しかけ た。 「最高に偉い人の近くにいると、教えの真の意味、 より深い意味を知ることができるとか、それによ って少しは修業がしやすくなるということあるん ですかね?」 「うん、たしかに前まではそう思っていた。でも、 前よりは雑用が増えたり、というかどうでもいい ようなことが、言ってしまえば雑音が多くなった ってことかな、みんな修行の邪魔になるようなこ とばかりで、、、、モウムの教えには、人を悪く 言ってはいけないというのがあるんだけど、そん なことはないんだ、付き人のような人間だけでは なく、たくさんいるキョウシュ様たちでも似たよ うなものなんだ。ちょっとした言動や、顔や態度 の欠点ていうか、気に入らないことをあげてね、 言い合っているんだ。なんか派閥というものがあ るみたいだね。顔や態度のことだけならいいんだ けど、教えの解釈の違いになると、手に負えなく なるみたいだね。奴らは解釈は間違っている、や つらは邪教を広め真の布教を妨げようとしている、 奴らは自分たちの信仰を妨げる不信者だ悪人だと かいってね。それがさらに進行すると、やつらを 救わなければならないとなるみたいだ、救うとね、 そうなんだ、ここでいう救うというのは命を奪う ということ、つまり殺すということなんです。と いうのも奴らをこのまま不信者として生かしてお くことは、やつらが死んだら地獄に落ちることだ から、今のうちに殺せば奴らは地獄に落ちること はない、つまり救済するということになるみたい です。他人を害するような本当に悪い人間ならな るほどと思うこともあるのですが、でも不信者と いわれる者たちは本当に悪人とは思えないんです が、過去には実際に悪人として殺された例がある みたいなんですよ。他にも、どう理解してよいか わからないことがあります。以前私が住んでいた ところは男と女は別べつでした。だから夜にみん なが寝静まったころに、女の泣き叫ぶ声や獣のよ うな声を耳にすることはありませんでした。でも 今は毎晩のように聞こえてくるのでよ。それも聖 所とか祈りの部屋がある方から。それから以前は 食べ物は必要なものだけとっていました。でも今 は違います。食べたいだけ食べられるようといっ た具合に倉庫にはたくさんの食べ物が積まれてい ます。米から作った酒や、果物から作った酒まで 豊富にあります。ダイキョウシュ様はそれらを毎 日食しているようです。そういえばキョウシュ様 といわれてる人たちはみんな恰幅もあり顔の色つ やもよくて、そのせいか威厳あって堂々としてい るように見えたんですが、そのおかげだったので しょうか、、、、昨夜でしたか、ダイキョウシュ 様がみんなを聖所に集めて色いろな事をことを話 され、最後にこう言われました。 『、、、、、これまで何度も話してきましたが、 我らがモウムの教えの最も大事な教えについて、 これは今この部屋にいる選ばれた者たちだけに授 けられた正に秘密の教えですが、それについて話 します。かつて我らが開祖アサラ様はこう言われ ました。我が教えを世に広めより多くの人たちを 救済して、その人たちを幸せにするためには、次 のような事柄を実践しなければならないと。それ はまずは、人がそれ以上悪事を続けて死後地獄に 落ちるようであれば、それ以上悪事を行わせない ようにその人間の命を奪ってもかまわないと。そ れがたとえ親や兄弟や子供などの家族であっても 変わりはないと。同様にその人が持っている財産 がその人のグダツの修行の邪魔になるようなら、 それすべてを没収してもかまないということ。ま た同様に、もしその人の愛する異性がその人のグ ダツの修行の邪魔になるようなら、その異性をそ の人から遠ざけ、その異性をその人の修行の間は 自分のものとすることができると。これらみなよ り良い結果を残すためならどんな手段を講じても かまわないということです。ですから皆さんは今 まで以上にこれらの教えの真の意味をじっくり考 えながらそれぞれの修行や布教活動にあたるよう に』 と。それを聞いて私は、その場の雰囲気からして 何かすごい教えなんだろうなとおどろきながらも、 とてもありがたい気持ちでいたんですが、でも今 までこのクニの人びとに話してきたことと少し違 うなと思ったりして、なんか変だなという感じも して、、、、変だと言えば、オウ様の娘とダイキ ョウシュ様の息子が結婚するというものもちょっ と変だよな、だってその二人は父親は違うが同じ 母親の兄弟っていう話だからな、、、、、それか ら最近こんな話も聞いた、地下の棺には教祖アサ ラ様どころか何にも入ってないという話だ。それ で百年前にアサラ様の墓が発見されたというのま 捏造で、本当に発見されたのは爆弾で不発のまま 地下にうずもれていた小型の核爆弾みたいなんだ。 それは今ダイシンデンの地下にあるるみたいだ。 その他にも地下にはたくさんの火薬とか薬物とか、 それらを作る化学物質とかが、それに武器とかも あるみたいだ。秘かに大陸に渡って持ち込んでい るみたいだ。それならなんとなく判るよな気がす る、その建っている場所が計り知れない威力を秘 めたところであるというのは、つねにに神聖で何 かしらの力の源泉となることが求められる神殿に とっては、最も必要なことにちがいないからね、 、、、、まあ、日本国の再興のためには必要なこ となんだろうね」 終始薄笑いを浮かべて話し続けるサラムにヤホ ムは胸騒ぎを覚えながら話しかけた。 「それで、今研究しているというあのこと、人間 の愛という心の動きを実際の力に変換して生み出 される反物質爆弾はどのくらいまで進んでいるの ?」 それを聞いてサラムの表情は曇った。そして気 味悪さを感じさせるほどの苦笑いを浮かべながら 話し始めた。 「あっ、それね、それは、うん、わからない。だ れに聞いても判らないというか、話したがらない っていうか、、、、、そもそも研究所にはダイキ ョウシュ様とキョウシュ様たち、それにオウ様と 特別な研究者以外は立ち入ることはできないみた いなんだよ。そうそう、立ち入れないところ、立 ち入ってはいけないところっていうか、そういう 場所、はっはっは、そうなんだよな、はっはっは 、、、、、」いきなりに笑い出すサラムにヤホム はかすかな狂気を感じた。だがサラムはすぐ普段 の誠実そうな表情に戻ると再び話し続けた。 「うん、そうそう、今頃モラクは大教主様と会っ ているはずです。先日モラクの助命を願い出たと きに、ダイキョウシュ様が『面白い人間だ、その うちに会ってみよう』と言ってましたから」 そういい終わるとサラムは突然のように立ち上 がった。それはもう何も話すことはないと言いた げだったが、すぐに何かを言い残したかのように 再び話し始めた。 「ほんとは修行を続けたいんだけどなあ、、、、 最近修行を始めた者によく質問されるんだよ。教 義について、答えるのがなんかとても面倒くさく て、本当のこと言うと教義の話をするのは死ぬほ ど退屈なんだよ、くりかえし、くりかえし、、、 、」 そうつぶやくように言いながらサラムはいとまの 挨拶もなく部屋を後にした。 モラクの二人のケイゴ人によってダイキョウシ ュの待つ部屋に連れてこられた。そこは普段は聖 所と呼ばれていて、ときおりダイキョウシュが信 者たちを集めてモウムの教えについて話をする部 屋でダイホンブにおいてもひときわ広い場所であ った。 モラクは床の上に座らされた。二人のケイゴ人 はモラクを縛っていた縄をほどくと部屋から出て いった。そして部屋にはモラクとダイキョウシュ の二人だけとなった。 ダイキョウシュはモラクの前方に、ちょうど人 の腰ほどの高さの壇の上に座っている。 モラクの前にはこれまで見たことも食べたこと もないようなたくさんの種類の食べ物や飲み物が 並べられてある。モラクは部屋に入ってきたとき と変わらない表情で、それらの食べ物にも、また ダイキョウシュの姿にも眼をやるということもな く、じっと前方に眼をむけている。最初はその姿 に、笑みを浮かべてみていたダイキョウシュであ ったが、ほどなくしてその笑みも消えて少し苛立 ち気味に話し始めた。 「、、、、さてどうしたものか、なぜおまえはそ んなに平然としていられるんだい。いままで何人 もの死罪となった者たちを見てきたけど、みんな 眼はうつろで顔からは生気が消え、ときには歩く ことさえできなくて死んだも同然のものさえいた ぞ。それなのにどういうことなんだ」 「、、、、」 「長く閉じ込めらていて弱っていると思っていた がそうでもない、どういうことなんだ」 「、、、、」 「答える気力もないというようにも見えない、 それでは答えたくないということかな」 「、、、、」 「答えたくないというならそれでも良い、でも私 がお前に話しかけているのは、お前を助けてあげ たいと思っているからだ。おっと誤解をするなよ。 助けたいというのはお前を死罪から免れさせよう としているのではない、お前が謀反人としてカミ の裁きを受けて死んだら、死後は地獄に落ちて、 その地獄で死ぬ以上のとてつもない苦しみを味わ うのだぞ、助けたいというのはその苦しみからお 前を救いたいということだ。そのためにはモウム の神を信じモウムの教えに従うことだ。それはそ んなにむずかしいしいことではない、私はモウム の神を信じますというだけでいいのだから」 「、、、、」 「なんとかたくなな、それではどうだろう、お前 は今何を考えている、いや何を思っている、今頭 に浮かんでいることはいったい何なんだ?」 「、、、、ふるさとの山、川、季節の畑、仲間た ちの顔、、、」 「もっと差し迫ったことを考えないのか、もし死 んだらどうなるのかとか、もしかしたら死罪から 免れる方法はないのかとか、そんなことがお前に とって何の役に立つというのだ」 「とても役に立ちます。オレに喜びを与えてくれ ます。生きる希望を与えてくれます。閉じ込めら れているときずっとそのことだけを思っていまし た。畑の仕事や狩りの様子を思い浮かべているだ けで、外に出られなくて何にもできなくても、辛 いとか苦しいとかぜんぜん思いません」 「それがおまえを元気づけていたのかもしれない が、でもお前は、死後は確実に地獄に落ちてとん でもない苦しい目にあわされるのだぞ。その苦し みから免れたいと思ないのか?」 「、、、、でもはっきり言ってオレにはわからな い、天国とか地獄とかという話今まで何度も聞か されたけどオレにはよく判らない、だから地獄が 怖いとか怖くないとかはない、、、、」 「まあ、そうだろうな、信仰がないからな。それ では神についてはどう思っている?」 「カミ、カミについてもよく判らない」 「そうか、それでは訊くけど、お前は誰から命を 授けられたんだ」 「、、、、父親と母親から」 「ではその二人はだれから」 「二人の父親と母親から」 「ではその二人は誰から」 「二人の父親と母親から」 「ではその二人は、もうきりがないからやめるけ ど、そこで、では最初に、最初の父親と母親を作 ったのは誰かというと、それが神様なんですよ。 神様は人間だけではなくこの世にあるすべてのも のを作ったんですよ。でも神様をとくに人間を愛 していて、自分の姿に似せて作ったんですよ。そ んなにも私たちを愛してくれる神様に感謝しない わけにはいきませんよね。信仰とはそういうこと なのです。神様に感謝して、神様の言葉を信じて、 神様に祈りをささげながら毎日を豊かに生きてい くことなんです。お前は何かに感謝したことがあ りますか?」 「カンシャ?」 「ありがたいと思う気持ちですよ」 「そんなことしょっちゅうです、狩りがうまくい ったときなど、森はありがたいなと思ったよ、野 菜がいっぱい取れたとき、畑はありがたいなと思 ったよ、誰かがものをくれたとき、ありがたいな と思ったよ。ありがたいことばっかしだったよ」 「だがね、そんな気持ちになるのはそもそも誰の おかげだろうね。森も獣も畑も野菜も人間もみん な作った神様のおかげではないだろうか。わたし なんかときどき自分が生きていることさえもあり がたいと思うときがあるよ、それもこれもみんな 神様が私を作ってくれたおかげなんだよ。お前が いろいろなことにありがたいと感じ気持ちと、私 が神様に感謝する気持ちは同じもののように気が する。どうかな、、、、」 「、、、、」 「どうだろう、モウムの神を信じる気持ちになっ たかな」 「、、、、」 「モラクよ、もうお前の死罪は確定している。後 は神の裁きを受けるだけだ。それなのになぜ平然 としている。なぜ自分を語らない。なぜ仲間をか ばう。何を守ろうとして自分が犠牲になろうとし ているのだ。実はな、私たちには調べがついてい るんだ。成り行きとはいえ誰が直接カンリの死に 関わっているか、ミウマという男だが。それに誰 がトリデに火を放ったのかも全部わかっているん だ。それでもしお前が自分には責任がないと言え ば裁きの結果も変わろうというものだ」 「、、、、」 「たしかに犠牲というのは美しいものだ。モウム の教えもそれを行う者を称えている。まさに王の 娘が国民のために我が身を捧げようとしたように な。でもなあえて苦言をするが、それが美しいの は国内の仲間同士の間で行われる場合だけなんだ、 敵対する国とか集団の間でそれがおこなわれるこ とはとても反感を呼ぶことで悪として排除されな ければならないことなんだよ。まあそれは最上位 にいるものだけが考えればいいことで下の方の人 間には理解できないだろうけどな。それはそうと、 どうしてお前死ぬことを恐れないんだ、地獄なん て知らないというから、恐れないというのはわか るが、死ぬというのは命がなくなることだぞ、食 べることも、走ることも、楽しいこともできなく なるということだぞ、それだけではない、人間と いうのはみんなそれぞれに何か目標とか夢とかを もって生きているのではないのか、生きているこ との様ざまな苦しみから逃れられるグダツの境地 を得たいとか、死後永遠の命を得て神様のもとで 平穏に過ごしたいとか、その為には修行をしたい とか、モウムの教えに従って充実した毎日を過ご したいとかいう、そういう高尚な精神生活をした いという目標を持っているのではないのか」 「、、、、」 「まあ、言っても判らないか、それだけではない んだ、私たちはモウムの教えに基づいた日本国を、 過去の過ちを二度と繰り返さない日本国を再興し ようという遠大な夢に向かって邁進しているんだ よ。その為には北の未開の人たちの力も借りなけ ればと思っているんだけど、お前みたいなものば かりだとちょっと無理かな。なあ、モラク、お前 にとって人生の目的というのは何だったんだ?」 「ジンセイノモクテキ、よく判らない」 「死ぬまでに何かを成し遂げたいと思うことだよ」 「何にも思ったことはなかった」 「そうだろうな、じゃあ訊くけどお前にとって幸 せとは何なんだ?」 「シアワセ、よく判らない」 「まあ、簡単に言うとこれまで生きてきて、楽し かったこととか、嬉しかったことだよ」 「それならいっぱいある。みんなで力を合わせて 獲物を取ったり、それをみんなで分けて食べたり、 みんなで集まって家を作ってあげたり、家を作っ てもらったり、他所の畑の仕事を手伝ってあげた り、そしてときには手伝ったもらったり、いや、 みんなでやることは何でも楽しかったさ、とにか くみんなが楽しそうにしていればそれでよかった。 とくに子供たちが集まって走りまわって遊んでい るのを見るのが楽しかった」 「そんなに楽しいことなら生きてこれからもやり たいと思うはずだよな、生きることに未練はない のか?」 「でも、それはもう決まったことだから」 「このあいだ見たはずだ、息子を、サンという名 前だそうだ。その手に抱き寄せたいとも思わない か?」 「あの子はきつとオレの意思を継いでくれるだろ うから、今のオレにとってはそれ以上何も望むこ とはない」 そのとき二人の若い女が入ってきて、光沢のあ る陶器に何かを注ぐと、かすかに香気を漂わせな がら部屋から出ていった。 すると大教主が両手を開きながら言った。 「さあ、食べなさい、好きなだけ、遠慮すること ない、これが最後なんだから」 だがモラクは無言のまま前に方を見続けるだけ だった。 「サラムだけど、お前と同じ村に住んで居てお前 のことをよく知っているみたいだな、彼はかなり 優秀だけど、お前を買いかぶっているな。お前を 北の地を治めさせるにはふさわしい人材であるか のようなことを言ってたけど、でもそれは死罪が 許された場合の話だから、彼は何とかしてお前を 助けたいと思っていたみたいだね。まあ、美しい 郷土愛の現れだと思いたいけど、それはもう無理 だろう、、、、」 「、、、、」 「私の言うこと聞いてるかな、、、、今お前は何 を考えている」 「、、、、村のみんなのこと、オレがいなくても 狩りはうまくいったかな、あの家は男手がいない から誰か手伝ってくれたかな、、、、」 「今の内ならまだ何とかできるかもしれない、で も当日になったら、いくら私でもどうすることも できない、どうだろう、モウムの神を信じる気に なったかな、最低でもそれさえあれば、もしかし たら、みんなを納得させることができるかもしれ ないから、、、」 「、、、、」 「残念というか、惜しいというか、その気になれ ば何でも自分の自由になるというのに、、、、」 第四部に続く ![]() ж ж ж ж ж ж ж ж ж |