帰り道がおもしろい (二部)



   

       はだい悠






「あら、食べないの、おなかへってないの?」
「なんかものすごく汚いって感じ、においそう、あたしいやだ。」
「ほんとうだ。」
「ねえ、さっき、おいらみたいだって言ったけど、それってどういう意味なの?」
  「どういう意味って、なんとなくそう思ったの。」
「顔の四角いところが似てるからじゃない。」
「可愛いからださ。」
「えっ、まさか、、、、」
 それを聞いてみんな引きつるように笑った。レイも笑ったが、ほんとうはいったいどこが似てるんだろうと不思議だった。でも、こんなに楽しいことは生まれて初めてだと云うぐらいに楽しかった。
 黄金色の夕日が木々の間から、レイたちを照らしていた。
 レイの少し開きかけていた好奇心のトビラは、いまや完全に開け放たれていた。
レイは思ったこと感じたことを包み隠さずに自由にはなすことの喜びを全身で感じていた。
 ケイが少し興奮気味に話しつづける。
「、、、、あれは絶対に嘘だね。よく大人が言うじゃない、正直に言えば許してやるって。でもさ、あたしさ、小学生のとき間違って校舎の窓ガラス割ったのね。黙っていれば判らなかったのね、だって誰も見ていなかったから。でもあたし正直に言ったの、先生に。そしたら、おまえはバカだクズたとか言われて、ものすごく怒られたの、そのうえ弁償までさせられたのよ。その日からあたしは、もうどんなにあたしが悪くても絶対に正直に言わないって決めたの。」
「あたしんかさ、ちょっと前にさ、財布拾ったのね。それを正直に届けたらさ、先生がしつこく聞くのよ、いつ、どこで、だれと一緒に居たときに拾ったんだって。まるであたしが盗んだような言い方をしたのよ。もう、ほんとうにむかついた。だからこれからは絶対に届けないもんね。」
「そうだよね、先生なんか信用おけないもんね。あたしね、中学生になったとき体操着がなくなったときがあったの、それで先生に探して欲しいって言ったら、先生は、おまえ、家に忘れてきたんじゃないかって、全然信じてくれないの、そんなこと絶対にない、なくなったのはあたしのだけだから、きっと、だれかに盗まれたのだと言うと、どろぼうをを捕まえるのは警察の仕事だから学校ではそういうことはできないって言うの。それで、もし、どうしても見つけて欲しいんだったらで警察に届ければって言うの。あたしひとりでね。いつもはさ、なにかあったら、学校に届けろって言っているけど、でも、いざ届けるとなんにもやってくんないだもんね。あのとき、こんなひどいことも言ってた。おまえといっしょに探せるわけないだろうって。」
「まだ良いよ、それくらい。あたしなんか蹴られたんだよ。目障りだとか言ってさ。思いっきりにらみつけてやったけど、平気な顔してんの。ほんとうにむかついた。
「あたしもやられたよ。いたかったなあ。」
「なぐられたの?」
「いや、なぐられはしないけど。あたしがちょっと反抗的な態度を取ったら、生意気だとか言って、ロッカーとロッカーの間に押し込まれてさ、げん骨で胸をぐぅっとおしつけられたんだよ。痛くて息が止まりそうだったよ。」
「蹴飛ばして逃げれば良かったじゃない。」
「だめだよ、狭いしさ、それに相手は大きい体を押しつけてくるんだよ。ほんとうに苦しかった。でも負けたくないからさ、痛いの我慢して、おもいっきりにらみつけてやったら、負け犬みたいな情けなさそうな目をしていたっけ。」
「そんなのまだ、ましじゃん。あたしなんてクソジジィに殴られたんだよ。おまえがお金を取ったんだろうって。ボカンボカンよ。いつもはさ、酔っ払ってて役立たずのくせにさ。」
「ほんとうに盗ったの?」
「あれ、あのときは盗ったんだっけ、、、、忘れたよ。」
 そのときレイがここぞとばかりに話しはじめた。
「そうだよね。大人なんて、とくに男はさ、見た目じゃ全然わかんないよね。言うこととやることが全然違うって感じ。あの社会の先生いるじゃん、みんなに人気があってさ話が面白くってさ、あたしとっても好きだったの、でも、このあいださ、つまんないことでグチュグチュ言うのよ、ほんとうに小さいんだから。がっかりしたよ。なんなんだよ、大人って。うちのお父さんって言うか、クソジジィなんだけど、そのクソジジィとクソババァがとにかくうるさいんだよね。勉強しろ勉強しろって。小さいころはよくディズニーランドとか遊園地につれて行ってくれたんだけど、最近は全然だもんね。いったい勉強してなんの役に立つんだろうね。聞きたいもんだよ。絶対に役に立たないね。だって、クソジジィや、クソババァをみてればわかるじゃん。まじめに勉強してもあんな程度じゃ意味ないよ。変に期待されてもこっちが迷惑なんだよ。それにさ、ちょっとしたことでいちいちうるさいよね。あれはだめこれはだめって、もう子供じゃないんだから、判ってるって言いたいよね。だからさ、最近全然聞いてないもんね。完全無視って感じ。ねえ、みんなのうちもそうなの?」
「ああ、おなじようなもんさ。それがいやだから、みんなここにいるんじゃない。」
「そんなんじゃ、あたしんちなんか、なんて言えば良いの、クソジジィなんかいないもん。いつもどっかに出かけててさ、家で顔を合わしたことなんてないもんね、かってにやってる感じだからさ、こっちだってかってにやるしかないもんね。だって、あたしは自由なんだもの。」
「そうだよね、自由だもんね、自由っていいもんだよね。」
「あたしさ、引きこもる人の気持わかんないの、なんで家にいるのか、あたしだったら絶対に外に出るわ。そして、好きなことやって、めちゃくちゃ遊ぶの。」
「ねえ、レイ、あたしたちっていうのは、やりたいことはなんでもやるのよ。でも他の子たちみたいにオヤジとつき合うことなんか絶対にしないから。」
「あっ、だめ。この子ったら全然食べないで、眠ってしまったみたい。」
「どうしたの、ミィちゃん。」
 レイは、いまのこの楽しい時間が永久に続くような気がした。そして、これからもずっとみんなと友達でいられるような気がした。
 やがて日が沈み、ネオンサインがいちだんとその輝きを増しはじめたころ、レイは明日また絶対に遊ぼうねと誓い、みんなと別れた。

 レイが家に帰ると。夕食の準備ができていたので、レイは母サチエといっしょに食べ始めた。サチエが言った。
「ねえ、レイちゃん、もう寒くなってきたから、もう少し早く帰ってきたほうが良いよ。ところでさっき、ミチルくんのお母さんから電話があってね、今日の夕方、公園で不良少女たちがたむろをしているのを見たんだって、その中にレイちゃんに似た子を見かけたって言うんだけど、どうなの?」
「ええ、なにそれ、不良少女?それってなんか人違いじゃないの?おかあさん、、、、」
と、レイはなんにも知らないかのように少しかん高い声で、そして最後のほうは少し甘えるような声で。レイは何事もなかったかのようにいつものように食べつづけた。
 父コウジが帰ってきた。コウジがいきなり食堂に入ってきて言った。
「あれ、今日はだれかお客さんがあったの?」
「なかったけど、どうして?」
「うん、なんか、タバコの匂いがするんだけど、いま禁煙してるから、ちょっと、過敏になっているのかなあ。
「それより、今晩遅くなるはずじゃなかったの?」
「いや、思ったより早く済んでね。」
 レイは普段どおりにすみやかに食事を済ませる都、急ぐように食卓を離れ自分の部屋に戻った。

 翌日、レイは学校に行くと、早くみんなと会いたいという思いから、さっそく朝から彼女たちが居そうな場所にねらいをつけて、その姿を探しつづけたが、その短い休憩時間ではなかなか見つけることはできなかった。

 昼休み。レイはようやく四人を発見した。
 そこは人目につく廊下の曲がり角で、レイにとっては意外な場所だった。
 彼女たちは横一列に並んで壁に背をもたせかけて話しこんでいた。レイはほっとしたような笑みを浮かべてみんなに近づいて行った。そして四人と同じように壁に背をもたせかけた。だが四人はレイが近づいて行っても、表情や態度を少しも変えることなく、それどころか他人を見るような目でチラッと見ただけで、なんにも話しかけようとしなかった。
 そんな気まずい雰囲気がしばらくつづいたあと、サトミがポケットから財布を取り出して、その中から千円札を三枚引き抜くと、それをレイに渡しながら言った。
「これ、昨日のタバコ代、返すから。それからさ、これから、あたしたちに会っても、もう二度と声をかけないで欲しいの、わかった。」
 そう言い終わると、サトミはなにごともなかったかのような表情で、レイから離れて行った。他の三人も黙ってそれに従った。
 レイは、これはどう言うことなの?いったいなにがあったの?と、激しく自分に問いかけながら、その場に立ちつくしてしまい、しばらく動くことができなかった。

 午後の授業が始まっても、レイはなにも考えられずにぼぉっとしていた。そして授業の終わり頃になって、レイは重大決心をした。
「そうなの、そういうことなの。みんなそういう気なら、あたしにも考えがある。もうこうなったら、勉強して勉強して勉強しまくって、テストの鬼になってやる。いまに見てろ、ぜったいにみんなを見返してやるから。」

 それから何日か後のある日。レイは母と二人で夕食をとってした。
 母サチエが心配そうな表情で話し始めた。
「ねえ、レイちゃん。レイの学校の女性徒たちが傷害事件を起こしたのって聞いてる?」
「なんか、騒いでいるみたいだけど。」
「どんな子たちなのか、あなた知ってる?」
「ふうん、知らない。」
「なんか、コンビニでアルバイトしている子を、集団で殴ったり蹴ったりしたんだって。中学生の女の子が高校生をよ。どんな子たちか、ほんとうに知らない?」
「もう、知らないってば、おかあさん、変なこと言って気を散らさないでくれる。もうじきテストがあるんだから。」
 そう言って、レイは何か考えごとでもするかのように上のほうに目をやった。いまのレイはテストのことしか頭になかった。