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    風の詩(第二部)



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          千田 優





      風の詩(第二部)


    *  *  *  *  *  * 


 カリキは晴れ晴れとして気持ちで家に
戻った。すると間もなくして妻が帰って
きた。するとカリキはとてつもない幸せ
な気持ちになった。帰ってきた妻は見た
こともない果物を手にしていた。そして
言った。
「谷の向こうに不思議な木があったの、
蔓のように長くて、春には花が咲いてい
たの、それで今行ってみたら、こんな実
がなっていたの、甘酸っぱくておいしい
の、食べてみて」
 そう言いながら妻はカリキにその実を
渡した。カリキはその実を食べた。とて
も美味しかった。その間は妻はずっと笑
顔だった。カリキはその実を希望という
意味の"ホウ"と名付けた。
 カリキは妻と二人でモウムの所有者に
仕えた。生活はぎりぎりであったがそれ
ほど苦にはならなかった。子供が三年お
きに生まれた。家にはいつも笑顔があふ
れるようになっていった。カリキは余裕
があるとき山林を開墾して畑を作った。
そしてホウの木を大きく育てながら、そ
の幼苗を養育してホウの木を増やしてい
った。 
 地主に対する償いの十年が終わった。
そしてしばらくするとカリキは地主に呼
び出されその前にひざまつかされた。そ
して無断で山林を開墾して畑とホウの果
樹園を作ったという理由で、されに五年
間無償で働くか、それともその畑とホウ
の木のすべてを差し出すか、どちらかを
選ぶようにと言われた。無断で開墾した
のは確かなのだから、それもそうだなと
思いながらも、すぐには決断できなかっ
たカリキは迷った気持ちのまま家に帰っ
た。
 その道すがらカリキは十年前と同じよ
うに、例の森深くに入った。そして腰を
下ろして目を閉じた。
 だがどれほど時が経ても以前のように
言葉の響きを感じ取ることはできなかっ
た。カリキはただ鳥の鳴き声と木漏れ日
のさざめきと、通り抜ける風だけを感じ
ていた。ただ誰に向けられたかも判らな
い心の奥底の怒りはもう感じなくなって
いた。やがて内からでもない外からでも
ないような声の響きが十年前と同じよう
に聞こえてきた。
『カリキよ、落ち着きましたか、それで
いいのです、私にはあなたのことがわか
っている。何も恐れることはない。これ
でいいのです。さあもっともっと耳を傾
けなさい。鳥に声に、風のざわめきに、
鳥も獣もみんな自由に楽しく生きていま
す。それは自分の肉体と心を頼りにして
いるからです。だからおまえもこれまで
どおりに自分を信じ頼りにしなさい。あ
なたは自分に力がないと思ってはいけな
い。あなたには力があるのです。周囲の
人々を引き付ける力が、あなたが今まで
のように行っていれば家族はあなたを信
じ頼りにしてついてくるはずです。なん
どでも言おう、鳥も獣もどこでも生きら
れるように、人間もこの地球上のどこで
も生きることができる。なぜならこの地
球はもともとそのように作られているの
から。そんな地球のもとに生まれた鳥も
獣も木も花も、みんなのびのびと自由に
生きている。ましてや既に完成している
人間が同じように生きられないなんてこ
とはありえないだろう、人間にはこの地
球上ならどんなところでも自由にのびの
びと平和に生きることが約束されている
のだ。だから決してこの今の状況に落胆
することも、未来に絶望することはない、
あなたは自分を信じてただひたすら前に
進みなさい。
 カリキよ、あなたに見えるものも、あ
なたに聞こえるものも、みんなあなたな
のだから。カリキよ、常に心を開いてい
るように、何故ならあなたが私であり、
私があなただから。
 カリキよ、これでいいのです、そうす
ればだれもあなたから離れることはない
でしょう』
 家に帰るとカリキは、家族が家財道具
とともに家の外にいるのを見た。
 家には見知らぬ者たち入っていた。な
んとなく事の成り行きを悟ったカリキは、
その見知らぬ者たちと争うことは避け、
家を空け渡して、この地を去ることを決
断した。

 カリキ家族はわずかな家財とホウの幼
苗をもってその地を離れた。

 二十日後、カリキ家族は、以前とは似
ていたが、西に高地、北に大きな川が流
れている場所にたどり着いた。
 カリキをそこを新たな定住地と決めた。
その旅の間、妻はこの新たな境遇に対し
て少しも不満な表情を見せることはなか
った。むしろ子供たちと歌を歌ったりし
て終始笑顔を絶やさなかったので、少し
も苦しい気持ちにはならなかった。やが
て少しずつ希望の光のようなものを感じ
始めるようになっていた。

 その地に定住して十年。
 開墾した畑も広くなった。ホウの木の
栽培にも成功してその実も大量に収穫で
きるようになった。
 その地への新たな定住者も毎年のよう
に増え人々の交流も盛んになり新たな集
落を形成しているかのようだった。
 カリキは西の高地の向こう側の人々と
も、北の大きな川の人々とも交流を始め
た。それは主にホウの栽培を広めるため
だった。

 そのころからカリキの集落に汚れのな
い衣服を身につけた者たちが現れるよう
になった。彼らの役割はここにどういう
人間住んでいるのか調査して、その人間
の年齢と名前を記録することのようだっ
た。
 最初彼らは初めて目にするような珍し
い食べ物や飲み物を贈り物として村人た
ちに分け与えていたが、やがてこの村の
農産物や、ホウの実から酒を作ることを
さかんに勧めては、出来上がった酒の半
分ほどを収めるように要求するようにな
った。その理由はカリキたちを周辺の人
々の攻撃から守り、カリキたちの生活を
より良いものにするためということだっ
た。

 やがて村には多くの武装する者たちが
出入りするようになった。村人たちはそ
の宿舎の建設を手伝ったり、食料を無償
で提供するようになった。
 そして高地の向こう側の人たちとも、
川の向こう側の人たちとも、交流も交易
も禁止されるようになった。

 やがて村人たちの間でよく話されるよ
うになったのは、ホウの実で作った酒の
販売で豊かになった人々が、隣接する人
々にその富を奪われないように、武力を
装備して、攻められる前に攻めこもうと
しているということだった。

 そのことを単なるうわさ話として聞き
流すことができなくなっていた村人たち
は年ごとに豊かになっていく自分たちの
生活が、周辺の人たちの攻撃によって、
やがてに失われるのではないかという不
安におそわれるようになっていった。

 そんなある日、村人の名前と年齢を管
理しているものが、村人を集めて話した。

「私たちを、私たちのクニを攻めて財を
奪おうとしている者たちが、クニがある。
そこで私たちは決断した。攻撃される前
に攻撃してその脅威を取り除こうと。で
もそのためには皆さんの協力が必要です。
そんな敵と戦うには若くてたくましい青
年が必要なのです。ですからそのために
そのように青年に参加を求めます。ここ
にそのような青年にふさわしい男の名簿
があります。それではでは読み上げます」

 その読み上げられた名前にカリキの二
人の息子の名前があった。
 ニキとカウ、ニキは兄、カウは三つ下
の弟。ニキとカウは軍隊に入った。
 ニキは西と北のクニを制圧する戦線に
配属された。
 カウは東と西のクニを制圧する戦線に
配属された。
 カウは初めて目にする武器を渡され、
敵を排除するために組織的な訓練を受け
た。排除とは侵略者をその場所から逃亡
させ撤退させることにあったが、その最
も手っ取り早い方法は、できるだけ多く
の敵兵を渡された武器で殺すことだと教
えられた。
 初めて敵と対峙して、カウは、敵兵を
殺すこということは、敵兵も自分の命を
狙っていると気が付いたとき、恐怖を覚
え身震いした。でもその場から逃げるほ
どではなかった。なぜなら傍にいる仲間
たちを見ているうちにその恐怖心も次第
に薄れていったからである。戦場は常に
カウたちの優位にすすんでいた。やがて
カウは逃げる敵兵を追って銃で脚を射抜
いた。敵兵は倒れた。近づいてみると、
その敵兵はカウよりは若い兵士だった。
死んではいなかった。その男は悲しそう
な眼をして苦しそうに何かを言っていた
が、カウには何も聞こえなかった。その
とき仲間の兵士をその男に乱射してとど
めを刺した。
その後も戦いはカウたちの優位に進めら
れ、次々と占領された土地を奪還してい
った。そのほとんどがカウたちが住む村
と同じようなところだった。
 やがてカウたちは戦線の膠着に遭遇し
た。カウたちは塹壕を掘りそこに身を潜
めなければならなくなった。
 やがてその膠着状態を打開するために、
全員で突撃の準備が進められるようにな
った。司令部は敵は人数が少なく反撃で
きるほどの戦力は持たないと判断したよ
うだった。
 そんなとき塹壕に身を潜むカウに話し
かけるものがいた。

「勝てるだろうか?」
「判らない、上の判断だから」
「俺はどうしても生きて帰らないといけ
ないんだ。五歳の娘が待っているんだ。
実は娘には戦争に行くとは言ってないん
だ。遠くに仕事で行くから、それで帰っ
て来るときは必ずお土産をたくさん買っ
て帰ってくるからって約束したんだ。娘
は必ずを買って帰ってきてねって、うれ
しそうな笑顔で見送ってくれたんだよ。
それでどうしても生きて帰らないといけ
ないんだよ」

 その男の話を耳にしながらカウは胸に希
望とも勇気とも付かない何か力強さのよう
なものが沸き起こってくるのを感じた。そ
してこの戦争で初めて死の恐怖から完全に
逃れられたような気がした。

 やがて決死の突撃のときが来た。カウは
その男に言った。

「いいか、俺の後ろから、少し遅れてつい
てくるように」
 突撃は成功した。味方の被害はほとんど
なかった。だがカウはあの男が見当たらな
いことに気づいた。カウは戻った。そして
発見した。その男が敵の銃弾で死んでいる
のを。

 カウたち最下の兵士は集団として、ただ
ひたすら上からの命令だけで動いていた。
それは個人の考えはいっさい必要ないとい
うことだった。だからカウたちは銃を持っ
た機械に過ぎなく、常に生死に直面する最
前線に立たされていた。
 そのためかカウも仲間たちも次第に物を
考えなくなっていた。だがその半面心を持
たない機械のような行動、たとえば略奪と
か、その他の人間の行為としては認められ
ないようなことは大目に見られていた。

 カウたちは常に戦いを優勢に進めながら
休みなく行軍を続けた。カウたちは従軍以
来ずっとこの戦争は、以前自分たちのもの
だった土地を取りも出すための戦いである
と聞かされていた。さらにこの侵略国と敵
対する隣国の応援があるので、それほど時
を経ずして我が国が勝利するだろうとも聞
かされてきた。
 やがてカウたちは、方々からやってきた
味方とともに敵軍が潜むとされたある町を
包囲した。
 そして直ちに次のような指令が下った。
"この町に残る者たちはみな抵抗する者た
ちである。抵抗するものは我々に戦いを挑
む者たちの仲間であるから、残らず殺害す
るように、そして建物から何もかもすべて
を焼き払うように"
 やがてカウたちは攻撃を開始した。最初
はあっちこっちから銃声が聞こえていたが、
そのうちその銃声も聞こえなくなった。カ
ウも敵らしい敵に遭遇することがなかった
が、敵兵が潜んでいそうなところには容赦
なく銃弾を撃ち込んだ。やがて方々から火
の手が上がった。カウもあらゆる建物に次
から次へと火をつけまわった。
 そしてカウたちは燃え盛る炎に包まれる
町全体を眺められるところまで退去した。
カウは焼け落ちる多くの建物を見ながら、
仲間の兵士たちの次のような話すのを耳に
した。

"思ったより楽だったな" 
"おまえ、敵の奴ら見たか"
"いや" 
"じゃ、なんで撃った"
"ベットの下とか扉の裏に隠れていると思
って、でも、後で見ると、女子供ばっかり"
"隠れていたのは敵兵じゃなくて" 
"うん"

 カウたちはさらに進軍した。
 やがて敵軍を完全にけちらして大勝利を
したとい噂がカウたちの間に広まった。だ
がその反面、西と北の戦線は何の戦果もな
く休戦になったということだった。
 侵略者たちは放逐された。
 軍隊は解散されカウは故郷に戻ることに
なった。

 二十日後カウは故郷の地に足を踏み入れた。
なつかしい風景が広がった。
 農作業をしている家族の姿が眼に入ってき
た。
 近づいてくるカウをじっと見ていた母が大
粒の涙を流しながら泣き始めた。
 父は何かをこらえるようにじっとを見てい
た。
 その様子を見てカウはすべてを悟った。
 兄ニキが苦戦していた西と北の戦線で戦死
したということを。
 無事帰ってきたカウを母は優しく言葉をか
けねぎらってくれたが、父カリキはどことな
くよそよそしく、そしてじっと遠くの山々や
森に眼をやっているだけで、決してカウを見
ることはなかった。

 翌日カウは両親に、"私は数えきれないほど
の人間を殺してきました"と言うと、そのまま
二人の前から姿を消した。
 そして二十日後再び姿を現すと、両親の
仕事を手伝い始めた。
 カウはその間森に入り彷徨い続けていた。

 そして十年二十年と何事もない平和な時が
経過した。

 そんなとき二十年前と同じように村人が集
められ、汚れのない衣服を身に付けた男が村
人に言った。

「西と北のクニが我がクニを侵略した。その
ためには新たに兵士を募集して軍隊を編成す
ることに決定した。ここにその名簿がある、
それでは今から読み上げる」
 と言ってその男は名前を呼んだ。呼ばれた
のはすべて若い男だった。カウにも息子二人
がいたがまだその年齢にも達していなかった
のか呼ばれなかった。

 そしてあるとき父カリキが息子カウのそば
でボソボソとつぶやくように言った。
「山と川を越えた西と北のクニといったら、
ワシが若いとき、良かれと思ってホウの栽培
方法を教えた人たちじゃないか、みんないい
人たちじゃないか、最近は栄えているって聞
いていたけど、なんでそんな人たちがワシた
ちを攻撃しなくちゃいけないんだね、さっぱ
りわけが分からんよ、良かれと思ってやった
んだけどな」

 やがて半分ほどの若い男たちの姿が村から
いなくなった。
 日々成長していく息子たちを見ながらカウ
は、やがては彼たちも招集されるに違いない
と思うと暗く絶望的な気持ちになった。

 あるとき日毎に元気を失っていくカウを見
ていた父カリキはカウと共にハムの大木の根
元に座って話し始めた。

「穀物を欲しいというなら、いくらでもやる。
ホウの酒が欲しいというなら、いくらでもや
る、、、、でも家族の命はダメだ、絶対にダ
メだ。それだけは絶対にやれない、、、、ワ
シが若いときじゃ、今よりもはるかに気力も
体力もあったときじゃ、あることが原因で、
これからどう生きていけばいいんだろう、も
うこのまま死んでもいいと思うくらいに落ち
込んでいて。森深くに入って力なくうなだれ
ているときだった。どこからか声が聞こえて
きて、こう言うんだ。

   (前述と同じ内容)

 『聞こえるか、カリキよ、カリキよ、
聞こえるか、何も恐れることはない、何
も悲嘆にくれることもない、私にはすべ
てのことが判っている、だからもう少し
胸を張り、顔を上げなさい、顔を陽の光
に向けなさい。そう、それでいいのです。
これでいいのです。
カリキよ、あなたは今のまままでいいの
です。
カリキよ、あなたは何も恐れることはな
い。なぜならあなたは何も隠していない
のだから。
カリキよ、あなたは何も疚しさを感じる
必要はない。なぜならあなたは少しも嘘
をついていないのだから。
カリキよ、もしかしてあなたは人を羨ん
で自分を見失うことを恐れてはいないか、
なにも恐れることはない、なぜならあな
たはどんなときでも生命あるものを敬い
大切にできるのだから。
カリキよ、もしかしてあなたは他人に憤
りを抱いて自分が嫌われることを恐れて
はいないか、なんにも恐れることはない、
なぜなら自然の奥深さに気付いているあ
なたは決して傲慢になることはないから
だ。
カリキよ、もしかしてあなたは皆があな
たのもとからはなれて行くことを恐れて
はいないか、なんにも恐れることはない、
なぜならあなたはもうすでに誰からも信
頼され誰からも必要とされているのだか
ら。
カリキよ、もしかしてあなたは人を妬ん
で自分を見失うことを恐れてはいないか、
なんにも恐れるることはない、なぜなら
あなたは人間が自然に働きかけたもの以
上のものは返って来ないということを知
っているのだから。
カリキよ、もしかしてあなたは自分が傷
つきこのままダメになってしまうのでは
ないかと、不安になっているのではない
か。
カリキよ、いますぐそんな不安な気持ち
を捨てよ。なんにも不安がることはない、
なぜなら人間はこの世に生を受けたとき
にすでに完成しているのだから。
赤子はこの世に生を受けたことに驚き最
初は泣くが、やがて太陽のような笑顔を
見せる、それがなによりの完成の証拠で
ある。
そんなにビックリするようなことではな
い、人間は今までそのことに気付かなか
っただけのことである。
というのも人間は成長するにしたがって
心と体は別なものと分けて考えるように
なり、ついには心を体よりもすぐれたも
の、心が体を支配するものとみなすよう
になったからである。
だがカリキよ、あなたは生まれたときと
何も変わっていない。この世に生を受け
たときの赤子のように完成したままだ。
だからあなたはこれまで何にも隠しごと
も嘘もついて来なかった。そもそもその
必要がなかったから。
カリキよ、いずれにせよあなたからは取
り去るものも、新たに付け加えるものは
なにもない。あなたは今のままでいいの
です。

カリキよ、あなたは他の人にも、他の生
き物にも、そして自然にも、あなたの周
囲のすべてのものにとけこみ、そしてそ
れらを心から敬い大切にしている。それ
が完成ということだ。
カリキよ、あなたはこのままでいいのだ。
もうなにも恐れることはない、もう何も
不安がることはない、もうあなたは決し
て傷つくことはない。
カリキよ。あなたは今のままでいのです。
あなたは今までのように、あなたの心と
体を信じなさい。そうすれば自然と光が
差してくるはずです。何も迷うことも不
安がることはないのです。ただひたすら
あなたの心をあなたの肉体を信じなさい、
そしてあなたの心とあなたの肉体に頼り
なさい。なぜならそれは私だからです。
あなた方はすでに完成しているのです。
私と同じように。だからただひたすらあ
なたの心に、あなたの体に頼りなさい、
もしそれでも迷っていたら、あなたの周
りの人たちに頼りなさい、そして鳥に訊
ねなさい、獣に訊ねなさい、風に訊ねな
さいい、それらはみんな私と同じような
ものなのですから、でもそれでもどうし
ようもなくなったら、また私に頼りなさ
い』

てな、それから確かこんなことも聞いた
ような気がする。

 (前述と同じ内容)

『カリキよ、落ち着きましたか、それで
いいのです、私にはあなたのことがわか
っている。何も恐れることはない。これ
でいいのです。さあもっともっと耳を傾
けなさい。鳥に声に、風のざわめきに、
鳥も獣もみんな自由に楽しく生きていま
す。それは自分の肉体と心を頼りにして
いるからです。だからおまえもこれまで
どおりに自分を信じ頼りにしなさい。あ
なたは自分に力がないと思ってはいけな
い。あなたには力があるのです。周囲の
人々を引き付ける力が、あなたが今まで
のように行っていれば家族はあなたを信
じ頼りにしてついてくるはずです。なん
どでも言おう、鳥も獣もどこでも生きら
れるように、人間もこの地球上のどこで
も生きることができる。なぜならこの地
球はもともとそのように作られているの
から。そんな地球のもとに生まれた鳥も
獣も木も花も、みんなのびのびと自由に
生きている。ましてや既に完成している
人間が同じように生きられないなんてこ
とはありえないだろう、人間にはこの地
球上ならどんなところでも自由にのびの
びと平和に生きることが約束されている
のだ。だから決してこの今の状況に落胆
することも、未来に絶望することはない、
あなたは自分を信じてただひたすら前に
進みなさい。
 カリキよ、あなたに見えるものも、あ
なたに聞こえるものも、みんなあなたな
のだから。カリキよ、常に心を開いてい
るように、何故ならあなたが私であり、
私があなただから。
 カリキよ、これでいいのです、そうす
ればだれもあなたから離れることはない
でしょう』
てな。
 カウよ、ワシは今までお前にこれといった
気の利いたことや教えみたいなものはあまり
言ってこなかった、でもこれだけは、きっと
最初で最後になるだろうが、言っておきたい、
ワシたち人間は、人間は殺さなくても生きて
いけるって、それでもしそのようなことが起
こったら、それは生きることに失敗したとい
うことを意味する。だからそれが個人であっ
ても集団であっても、それまで積み上げてき
たものをすべてを捨ててまでも、最初から原
点からやり直さなければならないということ
だ。それくらい人間が人間を殺すことは重大
で許されないことなんだよ。たとえどんな理
由があろうともな」

 カウは父カリキの言葉にじっと耳を傾けて
いるだけだった。
 その半年後、カウはこの村を離れ新天地を
求めて旅に出ることを決断した。そのことを
父と母に話した。両親はカウの決意を快く受
け入れてくれたが、二人は老齢であるため娘
家族とともに残ることになった。

 カウの旅立ちのことを知った村人たちがあ
っちこっちから集まった。その数は百人ほど
になった。カウは、この旅は過酷なものにな
ると伝えたが、だれひとりとして自分の決断
をひるがえすものはいなかった。

 カウの旅に参加した者にはいろんな人たち
がいた。
 病弱の母に世界を見せたいということで、
二輪の車にその母を乗せては、自らその車を
を引く若者。
 村人が集まって話しをしているときに気付
かれないように、そっとその輪に入ってきて
いつも笑顔でみんなの話に聞き入っている者、
 形を変える雲が好きなようで、農作業をや
めてでも雲に見入っている者。
 さらに村人のだれよりも薬草に詳しい者。
 狩りに詳しく狩りの道具を作れる者。
 虫を育てそこから糸を紡ぎ布織物を作る
者。
 土を選びそれをこねて陶器を作る者。
 鍛冶に詳しく農機具を作れる者などなど、
人間が普通に生きていくために必要なもの
を作り出すことができる者たちだった。
 だがその反面どのように役に立つのか判
らないような特殊な能力を持った者たちも
いた。
 そして大昔には犬と呼ばれていたチムチ
ム、それに猫と呼ばれていたマムマム。
 必要なものは二輪の車に乗せた。それは
農耕に使っていたキヤに引かせた。カウは
二十本のホウの苗木と穀物と野菜の種子、
そして当面必要な食糧と家財道具を二輪の
車に乗せ、それを息子二人とモウムに引か
せた。

 それから数百年のときが過ぎた。

 地球の北側に遠くの山脈のふもとまで草原
のように広がる大地があった。そこは温暖で
海にも近く多くの人間が村を作って住んでい
た。
 彼らは第六紀元末の核兵器による最後の世
界大戦をなんとか生き延びた人たちだった。
 そこにはカリキとカウの話を伝説として知
っている人たちも含まれていた。というのも
彼らが最初にこの地にやってきたときはわず
か数十人だったが、開拓して定住を固めてい
くにしたがって、そのうち見知らぬ人たちが
やってきては、いっしょに住み始めるように
なり、いつしか彼らが少数者になっていたと
いうことだった。
 カリキとカウの話を伝説として知っている
といっても、必ずしも彼らが直接的な子孫か
というとそうとも言い切れなかった。という
のも彼らは集団として動いていても、そこか
ら出るのも自由であったが、そこに入ってく
るのも自由であるため、ましてやそこに入っ
てくる者は、顔かたちや体の大きさ、皮膚の
色や能力差など、その違いは様ざまであるた
めに、時間がたつにつれて人間のそのような
違いを区別することには意味を持たなくなっ
たからだった。
 みんな同じように生きているのだから誰が
だれだれの子孫であるかなどと言うことは気
にならなくなったのである。というか長い時
間の間に判らなくなったのである。でもカリ
キとカウの話はほとんどの者が知っていた。

 カウたちがこの地に定住を始めてから数百
年、温暖で土地が肥沃のせいか、海辺から山
脈のふもとまで、たくさんの人間が住むよう
になっていた。
 そのほとんどは後に方々からやってきて住
み始めた人たちの子孫や末裔である。
 シンジとキムという名の男の兄弟がいた。
兄シンジは十八、弟キムは十七、二人はカウ
の子孫らしかったがはっきりとは判らなかっ
た。ただカリキとカウの伝説はよく両親から
聞かされていた。

 若く壮健な二人は山から切り出した巨石を
多くの仲間とともに運ぶのを手伝っていた。
 それは数年前から始まっていた。二人は主
に余裕のあるときに手伝ってはいたのだが、
とにかく仲間とともに何かをやることは楽し
かったので、農作業などよりも優先して喜ん
で手伝っていたのだった。

 巨石は平らな土地に丸く並べて何かをつく
るためのものだった。その何かとはそれから
季節や時刻を知るためのものだった。 
 さらにその丸く並べられた巨石から少し離
れたところに、横倒しされた巨石で台座のよ
うなものが作られた。
 それらはエサと呼ばれる長身の男の指示の
もとで作られていた。その長身の男エサは、
賢く知識もあり弁舌も巧みで、そのせいか多
くの者はエサはの言うことにおとなしく従っ
ていた。
 かつてこの地域には海側と山側とに二人の
エサがいたが、いつのまにかその長身の男の
エサだけになっていた。エサは美しい貝殻を
縫い付けたい衣服を身に付けては数人の従者
を従えるようにしていつも人々の前に現れて
いた。
 あるときエサは村人を集めて言った。
「今度の満月の夜に食べ物や飲み物をもって
あの丸い巨石のある広場の周りに集まるよう
に」
 その夜集まった人々が眼にしたのは、両側
にたいまつが灯された台座の前で何やら意味
の分からない言葉を唱えるエサの姿だった。
それは人びとには呪文のようにも何かへの祈
りのようにも聞こえてきた。
 シンジとキムにはそれは何を意味するのか
よく判らなかったが、何かを暗示するように
重々しい雰囲気だけは感じていた。そして持
ってきた食べ物や飲み物を台座の周りにおい
て家に帰った。 
 やがてエサの従者の指示で様ざまな建物が
建てられるようになった。それ皆の生活を豊
かにするためだということだった。初めは余
裕のある者だけが喜んで協力していたが、そ
のうち皆のために協力しないということはよ
くないということで半ば義務のようなものに
変わっていった。
 そのうち巨石の広場の集りは年に四回行わ
れるようになり、その参加者の数も次第に増
えていった。
 やがて村のところどころに家が密集する街
のようなものができていき、そこにより人々
が集まるようになると、さらに人々が集まり
どんどん賑やかなものに変わっていった。
 村人の力で建てられた建物にはエサの従者
たちが出入りするようになり、そしてそれま
で巨石の広場に持ち込まれていた食料や飲み
物は、エサ従者たちのいる建物に持ち込まれ
るように変更されて生き、その量もより多く
のものを持ち込むものが喜んで迎え入れられ
るようになっていった。
 村人の協力で建てられた建物は主に学校と
して利用された。学校とはどの紀元において
眩いほどに繁栄したが結局はそのほとんとが
消滅してしまった国家というものによって設
けられた施設のことで、そこでは集められた
子供たちに教育がほどこされた。
 そしてその者たちの数はかなり少なかった
が、人並みに働けないものや怠け者とみなさ
れた者を収容する建物も作られた。

 さらにみんなの生活を豊かにするためとい
う理由で道路などの土木工事が人びとの協力
の名の下で行われた。でもその協力というこ
とは名ばかりで義務なものからさらには半強
制的な者へと次第に変化していった。
 エサはその知識と弁舌の巧みさで農民を指
導した。エサい言う通りにすると確かに収穫
が増えた。村人は豊かになり、街にはさらに
人々が集まるようになり賑やかになった。
 やがてエサは色いろな規則を作り人びとに
それを守るように布令した。人びとはそれを
守った。そのうちにすべての規則は命令のよ
うに絶対に守らなければならないものに変わ
っていった。エサはさらに遠く離れたほかの
地域との交流や公益を奨励した。そのため街
にはさらに多くの人々が集まるようになり、
農民だけではなくこの地域全体が豊かになっ
ていった。

 シンジとキムが成長して家族を持つように
なったころ、山側の地域にかつてのエサのよ
うに言葉や行動で人々を動かすことができる
ものが現れた。そしてかつてのようにその者
は"山のエサ""復活したエサ"と呼ばれるよう
になり、それまでのエサは"海のエサ"と呼ば
れるようになり、二人は区別された。そのう
ちに山側の人々は復活したエサの言うことば
かりを聞くようになり、海のエサの作った規
則をまもらなくなっていった。
やがてこの二つの地域でもめ事が起こるよう
になり、それが暴力的なものに発展するとい
うことが珍しくなくなってきていた。

 あるときシンジは子供のころから仲良く遊
んでいた男が、その収容されいてた施設で暴
力を振るわれたということで、家族のもとに
帰った来て、もう二度とそこへは戻りたくな
いと話しているということを聞いた。その男
というのは小さいときから楽しそうに遊んで
ばかりいて、成長して大人になってもあんま
り親の仕事も手伝わないで、いつも子供のと
きのように遊んでいる男だった。

 それからしばらくしてシンジはそれまで噂
にさえ耳にしたこともないような怖ろしい出
来事を知った。
 山側に住む男が海のエサの従者の家に入っ
て物を盗もうとしたが、それが見つかりその
家のものを殺害したということだった。その
男というのははっきりはしなかったが、最初
にこの地にやってた者たちの子孫であるとい
うことだった。

 その男はエサの従者たちによって半死の目
にあわされた。そしてこの地から追放された。
 そのとき海のエサから、もしこの地に戻っ
てきたら殺された者と同じ目にあわされるだ
ろうと言い渡された。そして海のエサは山の
エサに謝罪を求めただけでなく、もし今後こ
の地の規則を守らないならここから出ていく
ようにと言った。
 その事件以降、海のエサは山のエサを必要
以上に見下すようになっていった。
 そのような軋轢はそこに住む人々の間にも
影を落とすようになっていった。お互いに相
手を侮り蔑むようになり、かつてはほとんど
聞かれなかった言葉でもって、対立する相手
を批判するようになった。それまで和やかな
行われていた人びとの交流もほとんど行われ
なくなっていった。

 シンジとキムはそのような人びとの変化を
なぜか暗く重苦しいものと感じていた。
 チムという男がいた。チムは最初にこの地
にたどり着いたカリキとカウの伝説をよく知
っていた。
 シンジとキムはチムのもとに行きカリキと
カウの伝説を詳しく聞いた。
 その結果二人の心に強くそしていつまでも
残っていたのは、

"人間はこの地球上のどこででも、平和に自
由に生きていくことができる"

 そして
"人間は人間を殺さなくても生きていける"
という言葉だった。

 その後シンジとキムは何度も話し合った。
そして決断した。
 カリキの息子カウがしたように、新天地
を求めこの地を離れることに。

 だがシンジとキム別々の旅を選んだ。な
ぜならシンジとキムはほとんどの考えは同
じだったが、どの方へ進むべきかは考えを
異にしたからだ。
 そこでホウの酒を飲むシンジは東に、ホ
ウの酒を飲まないキムは南へ向かうことに
なった。

 二人の旅のことを噂に聞いた人たちがあ
っちこっちから集まってきた。総勢百人ほ
どになったが二つに分かれ五十人五十人と
なった。カウのときのように老若男女、壮
健なものから少し虚弱な者まで様々な人た
ちだった。

 大きな川を渡り砂漠を横切り、二度月の
満ち欠けを経てシンジたちがどうにかたど
り着いたのは、所どころに巨岩が露出して
いて草木の乏しい小高い丘が点在してはい
たが、温暖で密林のように樹木が生えてい
る場所だった。シンジたちはこの地を定住
地に選んだ。

 シンジたちはすぐに木を切り倒し家を建
て、土地を開墾して穀物や野菜を栽培をは
じめた。ほどなくして生活も落ち着いても
のになっていった。やがて新しい穀物の栽
培にもにも成功すると、生活はますます余
裕のある者になっていった。
 ときおり通り過ぎる旅人にもこの地の生
活が気に入り居つく者も出るようになった。
 そのなかにはかつては繁栄したがやがて
世界戦争によって消滅した都市の末裔た
もいた。
 彼らは消滅した都市の記憶やその当時の
様々な知識を持っていたが、ここでの生活
にはほとんど役立たなかった。
 だが語り継がれるカリキやカウたちの伝
説には驚くほど興味を示した。

 やがて次の世代に変わるころには村はさ
らに大きくなり豊かにもなっていった。
 そのためかかつてないほどに余裕ができ、
伝統的に親の手伝いをしていた子どもたち
も、好きなだけ自由に遊ぶことが好ましい
ことと見なされるようになっていった。
 大人たちにも精神的に余裕ができ、近く
の巨石だらけの丘が、遠くまで見渡せると
いう理由で集会や余暇の場所として使用さ
れるようになった。子どもたちもそこを遊
び場とひんぱんに利用していた。
 そのためかその巨石には子供たちや子供
のような大人たちが落書きのように自由に
絵を描いた。

 最初にシンジたちがこの未開の地にやっ
てきてから三百年ほどたっていた。
 そしてその頃からなぜか気候が大きく変
わっていった。雨が降らなくなり樹木は枯
れ穀物も野菜も育たなくなっていた。

 マセルという男がいた。この男はかつて
の消滅した都市に住んでいた者の子孫で、
旅人となっていたときにこの村に居ついた
者の末裔だった。
 マセルは他のだれよりもカリキとカウの
伝説に詳しかった。
 そんなある日マセルは変わりゆく村の風
景を見ながら決断した。この村を出てカウ
やシンジのように新天地を求めることを。
噂を聞いて多くのものが集まった。総勢百
人ほどになった。カウやシンジのときのよ
うに老若男女、壮健なものから少し虚弱な
者まで様々だった。

 マセルたちは次なる定住地を求めてさら
に南へと向かった。


  = = = = = = = = = 


   風の民の記録 

 詩編


  風の詩

  雲は応える

いいのですよ
あなたの好きなように吹いて
もしあなたが穏やかに吹けば
私たちはふっくらとした姿で
ゆっくりと流れていきます
もしあなたが強く吹けば
私たちは鋭く小さな姿に変えて
すばやく流れていきますから


  鳥は応える

もし出来るなら
より強く吹いてほしいのです
なぜなら翼は風を受けて
より高く舞い上がることができるからです
あの険しい雪山を越え
さらに高く舞い上がれば
きっと見えるのです
私たちが帰る北の地が
そして判るのです
いつ帰るべきか


  木は応える


  ちょうど今です
さあ風を吹かせてください
そんなに強くなくていいです
サアッとさわやかに
そんなに長くなくていいで
気まぐれな感じで
もう私にはその準備ができていますから
さあ今ですよ
もういいです
風を吹かせてください
そうすれば私の体からいっせいに
瞬時にすべての葉を落とすことができます
きっとみんな驚くでしょう
ランクは驚いてこの場から去ろうとするでしょうが
すぐに振り返って不思議そうな顔をして
じっとみているでしょう
近くの鳥たちもいっせいに鳴くことをやめ
私に見入るでしょう
それがなによりの私の楽しみなのです
さあ、私にはもう準備ができていますから
サアッとさわやかに風を吹かせてください


   人は応える

かつて冷たい向かい風は私たちの希望を
揺るぎないものにしてくれました

かつて暖かい横風は私たちの定住の地が
そんなに遠くないことを教えてくれました

そして今では
ハムの木陰を通り抜ける風が
私たちに休息のときを教えてくれます

そして今では
突然の風が
村で泣いている子供のもとへただちに
帰ることを知らせてくれます

そして今では
雪を運び長く長く吹き付ける冷たい風は
家から決して出ないことを知らせてくれます
でも私たちはよろこんで
それをうけいれます
どんなに風が冷たくても
私たちは耐えます
なぜならその後どんな季節がやってくるか
私たちには判っているからです

  - - - - - - - - -


        森の詩

私たちは長い時間をかけて
その姿を幾度となく変えてきました
でも私たちはなにも変わりません

春に芽吹いた木々の葉は
陽の光を浴びて大きく育ち
やがて秋にはその命を終えて
枝から離れると
風に吹かれて舞い降り
地上に幾層にも積み重なります

春夏と通り抜ける風を感じながら
木々の間を飛び交っていたスリも
その幾層にも積み重なった落ち葉を
散らすように足早に通り過ぎる
両脚に触れる落ち葉のそのかすかな
感触を楽しむように

夏の木漏れ日を浴びて思案気だった
カシもサッサと音のする落ち葉の上を
弾むように歩いている

風も木々の葉も落ち葉もカシもスリも
そして落ち葉の下に住む小さな虫たちも
みんな私たちなのです
私たちは長い時間をかけて
その姿を幾度となく変えてきましたが
でも私たちはなにも変わりません

風と鳥によってばらまかれた種は
やがて次の春には芽を出します
そのほとんどが成長をやめますが
奇跡的に生き残ったものは
その後を成長を続け
大きな木となるのです
でもその陰では
成長を止め枯れて倒れて
朽ちはてていくものもいきます
でもそれもみんな私たちです
私たちは長い時間をかけて
その姿を幾度となく変えてきましたが
でも私たちはなにも変わりません

いつしかスリもカシもマクも命を終えて
その幾層にも積み重なった落ち葉の上に
身を横たえます
そしてその秋には
さらに多くの落ち葉がそれらを覆いつくします
やがてそれらは気付かれないように
落ち葉と共に土に帰っていきます
それもみんな私たちです
私たちは長い時間をかけて
その姿を幾度となく変えてきましたが
でも私たちはなにも変わりません

私たちにはなんの不安も苦痛もありません
私たちにはなんの困難も絶望もありません
たとえ幾たびの嵐の夜があろうとも
足しえ幾たびの厳寒の風雪があろうとも
ここにあるのはすべての生き物を
養い育てる静けさと穏やかさです
マクもカシもスリも
よく私たちの所にやってきては
なごみ癒され遊んでいきます
まれに生きる気力を失った人間が
うなだれてやって来ることがありますが
やがて元気を取り戻して帰っていきます

もし人間たちがもっともっと
私たちに慣れ親しめば
だれでもみんな老いも死も時間も忘れて
永遠の平安を与えられるでしょう


    - - - - - - - - - -


   白鳥の詩

「わぁ、こっちにもやってきた、あんなに
大きな声で鳴きながら、ああ、行っちゃっ
た。なんか楽しそうにしてたけど、何しに
来たの?」
「もうそろそろ帰る時間だから、準備をす
るようにって」
「帰るって?どこに?」
「あなたが生まれたところよ、覚えてる?」
「うん、なんとなく、なぜ帰るの?」
「暖かくなってきたからよ」
「わぁ、思い出した。こっちに飛び立った
ときのこと、うん、あのときは寒くなって
きたから、こんどは暖かくなってきたから
なんだね。どっちに行くの? わかるの?」
「わかるよ、あっち」
「へぇ、どうしてわかるの?」
「夜になんども確かめておいたから、夜に
なると暗くなって、空にキラキラと光るも
のがあらわれるでしょう、あれで飛んでい
く方向がわかるのよ」
「だいじょうぶなの?」
「大丈夫よ、ずっとずっと、あなたが生ま
れるまえからずっとずっとやってきたこと
だから、これからもずっとずっとやること
だから」
「あは、おかしいね、顔も首も胸も真っ黒
だよ、ここに来る前は真っ白だったのに」
「あなただって真っ黒よ、泥に首を突っ込
んでエサをすくわないといけないからね、
きれいな水があるところならいいんだけど
ね」
「どうしてそっちにいかないの、いけばい
いのに」
「そうだね、でも初めっからそうだったか
ら、ずっと前、初めて連れてこられたのは
ここだったから、真っ黒になるのはイヤ?」
「イヤじゃないけど、でもなんか変、汚い」
「でもいいこともあるのよ、色んなエサが
あるの、それにあっちよりもたくさんある
みたいなの、あっちは体が汚れないみたい
だけど、大変みたいよ、エサの取り合いが
あってよくケンカになるみたいなの、それ
に見慣れないものや弱そうなものをみると
激しく攻撃してそこから追い払おうとする
みたいなの。それに比べたらここは真っ黒
にはなるけど安心して食べられるからね。
さあ、何にも気にしないでどんどん食べる
のよ。お腹いっぱいになるまでたべるのよ。
たぶんこれが最後になるからね。出発はお
日様がしずむ前よ。ああ、聞こえてくるで
しょう。みんなが集まって飛び立っている
鳴き声が、ああ、大勢いる。あの声がそう
よ、クワンクワンと泣いている。みんな私
たちのこと迎えに来たのよ。さあ、飛び立
ちのよ。なんてみんな楽しそうなんだろう」
「キュワンキュワン、クワンクワン、キュ
ルキュル」
「さあ、わたしの後ろに、少し横につくの
よ、疲れないようにね、あんまり離れない
ようにね」
「あっ、あれは何 、なかまだよね、なか
まだよね、あの木のてっぺんの白いのは」
「そうだね」
「なぜいっしょに飛び立たないの?」
「なぜ? なぜだろうね、たぶん、、、、
見送っているのね」
「それじゃ、いっしょ
に帰らないんだ」
「そうね、でも、今度来たら、また会える
からね、、、、」
「そうなんだ」
「キュワンキュワン、クワンクワン、キュ
ルキュル、、、、、」


          - - - - - - - - - -


   心の詩

子どもたちよ
私はあなたのもとに行けないけれど
心はあなたとともに笑っている


木の枝の小鳥たちよ
私はあなたのもとには行けないけれど
心はあなたとともに歌っている


森のモンモンたちよ
あたしはあなたのもとには行けないけれど
心はあなたと共に飛び跳ねている


流れる雲よ
知らないうちに
現れたり消えたり
そのたび心は喜んだり沈んだり
気付かれないように
大きくなったり小さくなったり
そのたびに心は
ふくらんだりしぼんだり
私はあなたのもとには行けないけれど
心はあなたと共に流れている


赤子をやさしく見つめるチムチム
見つめているのはあなたと私の心です


心が広い人と向かい合うと
心が広くなる
心が狭い人と向かい合うと
心が狭くなる
満天の星空と向かい合うと
心がなくなる



私の命は、
流れゆく白い雲を求める
森を駆け抜ける風を求める
鳥たちのさえずりを求める
人間たちの笑い声を求める
その最期のときまで


雲が流れている
トンビが舞っている
私の心が飛んでいる



   *   *   *   *   * 


     第四章


 それから数日後、イサムは読み終えた本を
返すためにサウリの家に向かった。その道す
がらイサムは様ざまな人に会った。
 子供たちは誰もが笑顔で楽しそうに遊んで
いた。
 すれ違う大人も農作業をしている大人もみ
んな穏やかな表情をしていた。
 新しい移住者の家の前を通りかかると、太
い木に彫られた彫刻が幾つか並べられてあっ
た。どれも人間の形をしているようであった
が、みんなどこかしこの部位が欠けていたり
誇張されていたりして、実際の人間の姿かた
ちに似ても似つかなかった。
 その隣の家の前には、色鮮やかな幾何模様
が織り込まれた敷物のような布が掲げられて
いた。
 新しい移住者たちは新しい才能を持ち込ん
だようだ。
 イサムはサウリに挨拶した。
 穏やかな日の光を浴びながら二人は家の前
の椅子に座った。イサムが先に話始めた。

「どこに行っても、みんな穏やかで楽しそう
ですね。不思議なくらい、変な人なんて見た
こともない」
「変な人って、犯罪を犯しそうな人ってこと
ですか?」
「えぇ、まあ、」
「いないっていうか、正確に言うと、そうい
う人は出てったと言った方がいいかも」
「そうことですか」
「ここの生活に満足できない人は出ていくし
かないのです。私たちはそんな人を決して止
めたりはしないのです。とにかく私たちの村
は出ていくのも自由入ってくるのも自由なの
です。どんな人でも受け入れるのです。実は
私たちのだれもが知っています。他の世界の
ことを。おそらく他の世界の人たちは私たち
のことをほとんど知らないと思いますが。そ
こでは人びとがどんな生活をしているか、そ
こにはどんな遊びや楽しいことがあるのかも
全部知っています。ですから今ここに残って
いる人たちというのは、今ここでの自分の生
活に心から満足して幸せを感じている人たち
だけなのです」

 イサムにとって痩せて農民のように浅黒い
サウリは決して知恵者のようにも博識がある
者のようにも見えなかったが、彼の話を聞い
ているうちに、何か温かいもので自分が包み
込まれているような満ち足りた気持ちになっ
ていった。それはサウリの偉ぶることも気負
うこともない自然な話し方に底知れぬ魅力を
感じたからだった。サウリは突然のように話
題を変えた。
「ところでこの本読んでみてどうでしたか?」
「はい、おかげで色んなことが判りました。
色んなことに気付かされ、色んなことを学び
ました。人間が生きていくためには本当に必
要なものは何かということ、私たちが生きて
いくためには、貧しさだけではなく、その豊
かさにも注意しなければならないということ。
というのも、その豊かさのために争いごとが
起こり、その住処を捨てなければならなくな
ったということが、何度もあったということ
がこの本には記録されていたからですよ」
「どうですか、私たちと共に暮らしたいとい
う気持ちにはなりませんでしたか? 私の祖
先もあなたと同じように世界をまたにかけた
旅人のようでしたから」
「お言葉ありがたいのですが、私はもう少し、
世界を見てまわりたいと思います。そして絶
対的自由の伝道者として旅を続けたいと思い
ます。私はこれまで世界を旅しながら色んな
ことを考えていました。人類が生きていくた
めには何が必要かと。どうやら今日その結論
に達したようです。人間が楽しく幸せに生き
ていくために色いろと必要なものがあります。
衣、食、住、それに教育、余暇、遊び、音楽、
芸術、でもこれらは何とでもなります。生き
ている人間が普通に協力し合えば何ら不自由
することはありません。でも医療は別です。
これだけは人類の知恵の集積としてとてつも
なく発達してきましたから、それを利用しな
いてはありませんから、人類が生まれつき持
っている絶対的自由を多少制限しても、地球
上のすべての人間に無償で医療を提供する世
界機関が必要です。現在その機関はありませ
ん。ですから私はもう少し旅を続けて、その
ことを今再び繁栄の道を突き進んでいる人た
ちに、その世界機関の設立を訴えようと思っ
ています。もちろん今の私にとって本当に必
要なのは人間が生まれつき備えている絶対的
自由、それにきれいな水だけなのですが」
「おそらくこの第七紀元の人類も繁栄と豊か
さを求めて突き進むでしょう。そしてやがて
その終末を迎えるでしょう。過去の例にもれ
ることなく、何故ならこれまでのすべての文
明はみな同じ末路をたどったからです。でも
私たちの子孫は、その時の政治指導者たちが
地球そのものを破壊するという愚行を犯さな
い限り、世界の片隅で細々と生き延びている
でしょう」

「世界の片隅で細々と生き延びているといえ
ば、大昔にこんな例があります。西暦紀元に
起こった大惨禍なんですが、でも現在この出
来事のことはほとんど世に知られていません。
というのはこの大惨禍の後の人類は、この出
来事があまりにも悲惨だったために、実際に
は起こらなかったこととして、地球の歴史と
して正式な記録として残さなかったのです。
それだけではないのです。その大惨禍の地を
永久に人間が立ち入りできない地域として隔
離したのです。核戦争による放射能汚染によ
って人間は永久にが住むことはできないとい
う理由でね。
 それが起こったのは西暦紀元の末でした。
当時AとCという二国が、太平洋を挟んで地
球の覇権争いをしていました。でもどうして
も決着がつかずにその二国は核戦争に突入し
てしまいました。
 ちょうどそのとき二国の間の太平洋上にJ
という小さな島国がありました。そのJ国と
いうのが永久に立ち入り禁止となった地域な
のですが。A国とC国の全面核戦争というの
は誠に奇妙なものでした。両国はどちらも迎
撃能力を備えていたので、相手を狙って放た
れた核ミサイルのほとんどが両国の太平洋の
上空で破壊されまたは誘発して真下に落下し
ていったのです。その真下にあったのはJ国
なのです。J国はその死の灰が雪のように積
もるくらい汚染されました。当然のごとくそ
こに住んでいた人間は亡くなり国も消滅した
のです。奇妙なのはここです。というのはそ
の戦争によってJ国は滅びましたが、AとC
の両国はほとんで無傷と言って良いくらいで、
結局は生き残りました。でもそうなることは
初めから判っていたはずです。お互いの意地
とメンツのために開戦に踏み切ったというこ
となのでしょうか、メンツのためなら、永久
に戦争をしないと決めて軍隊をもつことなく
どっちの国にもくみしないと宣言していた、
ちょっと扱いにくい小国など消滅してもかま
わないと思ったのでしょうか。おそらくJ国
のような小国が消滅しても、それによってそ
の他の多くの国々の平和と秩序が保たれるな
ら、それでよしとした考えがあったのは否定
できませんけどね。そうはいってもJ国の消
滅という結果の悲惨さをみて、その二国を含
めた世界各国は反省をしたようです。しかし
その後のその消滅したJ国の地域を"永久に
立ち入り禁止区域"とするという"臭いものに
はふたをする"的な安易な決定や、その後の
幾度となく世界大戦争引き起こしたというこ
とからすると、人類は、戦争というものが、
たとえどのような惨禍をもたらそうが、戦争
に対して本気で心の底から反省するというこ
とにはだいぶ苦手のようです。ですが、たし
かにそうそうなのですが、そのような何度も
同じような過ちを繰り返すような人間とは全
く正反対の人たちがこの地球上には存在して
いることを知っているのです。
 かなりまえになりますが、私のように世界
を旅をしている古い友人から聞いた話ですが、
その消滅したと思われているかつてのJ国に、
現在人間が住んでいるということです。その
人たちは核戦争後に移住したというのではな
く、その戦争にも生き残ってそのまま子孫を
残して住み続けているという人たちなのだそ
うです。世界から見捨てられても生き残って
いたんですよ。なんという人間のたくましさ
なんでしょうね。
 これまでどれほど多く独裁者が現れ、そし
てその度に何千何億人もの無垢で誠実な人間
が殺されてきたことか、でも当然のごとく彼
ら独裁者はことごとく滅びていきました。そ
して無垢で誠実な人間たちはこの地球の片隅
で細々と生き延びて命をつないできたのです
よ。おそらくこの真理は地球そのものが破壊
されない限りずっと生き続けていくでしょう
ね」

 少し沈黙がつづいた後サウリが再び話し始
めた。

「どうやら世界には大きく分けて二種類の人
間がいるようです。ただひたすら欲望の赴く
ままに繁栄と豊かさを求めて邁進する人々と、
絶対的自由のもとで自然と調和しながら生き
ている人々の二種類が。
 おそらくこれからも未来永劫にわたって地
球が存続する限りこの二種類の人間が並存し
つつけるでしょう。
 私は最近、なぜ人間がせっかく築き上げた
繁栄と豊かさが突然のように崩壊してしまう
のか、その理由がわかったよう気がします。
 人間はその欲望の求めに応じて、英知と呼
ばれる人間の素晴らしい能力を発揮して、社
会を発展させ人間の生活を便利にし豊かにさ
せます。でもある時社会の発展を支えてきた
はずのその英知でも解決できないような問題
が起こり、それが原因で社会は衰退していき、
それと共に社会は無秩序と混乱に陥り、それ
から何とか逃れようとするあまり、その原因
を"対立する外部"に求めては、その解決のた
めに安易に戦争という手段に選んでしまうこ
とになり、そしてやがては世界を巻き込んだ
核戦争へと発展していって、人類そのものを
消滅させかねない結末になるのでしょうね。
 それは人間の英知も、この宇宙を支配する
合理性にはさすがに歯た立たなかったという
ことでしょうか。
 でもそれは当然のことだったのでしょうね。
というのも、そもそも人間の社会を繁栄させ
た英知といっても、その時は確かにそうであ
ったが、時がたてば、その英知はさらなる次
の発展ためには足かせとなることは必然だっ
たので、行き詰まった時に、新たな英知が見
いだされなければ、その社会が停滞するのは
必然だったからである。
 とくに常に進歩し繁栄をつづけることが宿
命づけられていた社会にとっては、新たな英
知が生み出されないということは、もうそれ
以上存続できないということを意味したので
しょうね。
 またそのような社会というものは、かつて
名だたる宗教が精神と肉体を分離して、精神
の優位性のもとに観念世界を構築して、それ
を現実の世界に当てはめようにして失敗して
衰弱していったように、それとは逆に、社会
の発展とその繁栄とは、肉体性に重きを置き、
つまり人間存在を限りなく物化することによ
ってなりたっていて、その社会はこの宇宙を
統括して支配している、摂理や合理性や事物
の真理性に限りなく近づいているにもかかわ
らず、それを見抜くことができなかった不完
全な人間の英知により、または新たな英知を
生み出すことができなかったために起こった
当然の帰結であったともいえるのです」

 そう話すサウリの顔にイサムはよく知識人
が見せるような満足げな表情を見ることがで
きた。
 それまで小さくうなずきながら聞いていた
イサムだったが最後に大きくうなずいたあと
ゆっくりと話始めた。

「ちょっと論点外れますが、それでずっと気
になっているんですが、ではなぜ、ほとんど
の宗教家は、人間を精神と肉体を分け、精神
の優位性を説いたのでしょうね?」

「それはたぶん、人間を、同じ仲間としての
人間を支配したかったからでしょう、おしゃ
べりのうまい者や、言葉巧みな者には誰でも
反射的に興味が惹かれますからね。それにそ
ういう人は、自分のそういう並外れた能力を
利用してあわよくば政治権力をも支配下にお
さめたいと、無意識的な企みがあったからで
しょうね」

「なんとなく判るような気がします」

「西暦紀元に隆盛を極めた大宗教の指導者た
ちは例外なく自分の教えが絶対であり正しい
ものであると考えていて、その教えを広める
ことは人びとのためであり絶対的な善である
と信じていましたから。でも、そこでもしそ
んな自分の教えに反対する者たちが現れたら
どうなるのでしょう。その者たちは当然、自
分の教えに反対して広めるのを妨害するでし
ょうから、できればそんな妨害者はこの世界
から消えてなくなってほしいと思うはずです。
そこでその妨害者たちの教えを悪魔の教えで
あるとか、邪教であるとかといって、なんと
かこの地球上からも消えてなくなることを望
むようになります。でもそのことはお互いさ
まであり、お互いに相手がこの世から消えて
なくなればいいと思っていることですから、
やがてその対立が先鋭化して最終的には実力
でもって排除するようになるでしょう。その
ためには暴力が必要です。つまり戦争です。
西暦紀元によく行われていた宗教戦争です。
そしてその暴力を正当化して組織化して戦争
へと導くのはまさに政治力ですから、宗教家
が政治権力を支配下におさめたかったのもな
んとなく納得がいくような気がします」


 *   *   *   *   *


            最終章

 それから二年後、イサムは新たな旅に向け
てこの地を離れた。
 人生最後の夢を叶えるために。人類のだれ
もが無償で医療が受けられるになるための世
界機関の設立を世界の指導者たちに訴えるた
めに。



     おしまい








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