帰郷
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はだい悠
季節は秋。鮮やかな紅葉の山に囲まれた川の上流の小さな湖のような浅瀬に、鮭が一匹二匹とその姿をあらわし始めた。
幾多の困難を乗り越えて、とうとう生まれ育った故郷に帰ってきたのだ
二ヶ月前までは、群れはまだ海にいて、その果てしない広がりの中を、成り行きに任せて泳いでいたが、ある異変をきっかけにして、群れ全体がいっせいにその生まれ育った川を目指して進み始めたのである。
その異変は、ある日突然起こった。
それは太陽が大海原に沈みかけているときだった。群れ中の鮭が、それまで見せたこともないような泳ぎ方をするようになったのだった。上から下へ、下から上へと、激しく動くもの、円を描くように同じところをぐるぐると動きまわるもの、体を苦しそうにくねらせて蛇行するもの、そしていきなり一箇所に多くのものが集まったりするために、それらの仲間の勢いに弾き飛ばされるようにして、水面から飛び出してしまうもの、それに水面から体を出してバシャバシャと音を立ててもがくものなど、皆それぞれに様々であった。
だが、そのような行動も、太陽が完全に沈んでしまうとぴたりとやんでしまった。そして迫りくる夕闇の中で、鮭たちは申し合わせたかのように集まり始め、それまでよりも小さくまとまった群れとなって、まるで一つの生き物であるかのように、ある定まった形を保ちながら、まとまって行動するようになった。
それまでの群れでは、それぞれ自分の力で食べ物を捕らえ、自分の力で敵から身を守るという風に、群れてはいたもののみんな比較的に自由に行動することが出来ていたので、群れそのものは大きな一つのまとまり以上のものではなかった。だが、変容した群れの様子は、そのまとまり方からして、何かに統制されているかのようであり、その無駄のない直線的な行動の仕方からして、何かはっきりとした目標を目指して進んでいるかのようでもあった。
ところが、仲間の奇妙な行動や群れの急激な変化を、最初からずっと冷静に、しかも不思議な気持ちで見続けていた一匹の鮭がいた。その鮭は外見上他の鮭と少しも違っていなかったが、泳ぎが得意でスピードがひときわ速かったので、泳ぐときいつもシュウシュウという音を立てていた。
シュウシュウはみんなのように、急激な群れの変化にどうしてもついていくことが出来なかった。長いあいだ、自由気ままに泳ぎまわることに慣れ親しんでいたからである。そこでシュウシュウは以前のように行動した。しかし、自由に思い通りに行動しているのは自分だけで、しかも、それがあまりにも群れとかけ離れた行動であることに気づかされるとき、なんとなく自分がのけ者にされているような気がした。そのうちに、みんなと一緒に行動が出来ないのなら群れから出ていけと、仲間から言われているような気がしてきて、なんとも居心地の悪いものを感じ始めていた。
そこでシュウシュウは仲間に自分の疑問をぶっつけることにした。まず最初は、群れの中から適当に相手を選んで次のように聞いた。
「きみはどうして自由にやらないの?」
「自由って、なに?」
「自由って言うのは、自分の好きなように、自分の思ったとおりに、食べたり泳ぎまわったりすることだよ。」
「あっ、そのこと、それなら自由にやってるさ。」
意外な答えに納得ができなかったシュウシュウはもう一度他の仲間に同じように聞いた。
「きみはどうして自由にやらないの?」
「自由って、なに?」
「自由って言うのは、自分に好きなように、自分の思ったとおりに、食べたり泳ぎまわったりすることだよ。」
「あっ、そのこと、それなら自由にやってるさ。」
同じ答えにどうしても納得が出来なかったシュウシユウは、今度は群れの中をあっちこっちと泳ぎまわっては、次々と同じように聞きまくった。ところが返ってくる答えは、示し合わせたかのようにみんな同じだった。
そこで次からはもう少し突っ込んで聞くことにした。
「きみはどうして自由にやらないの?」
「自由って、なに?」
「自由って言うのは、自分の好きなように、自分の思ったとおりに、食べたり泳ぎまわったりすることだよ。」
「あっ、そのこと、それなら自由にやっているよ。」
「そうかなあ、そうは見えないんだけど。」
「いや、そんなことないよ。だって、自由にためにやってんだから、自由でない訳ないじゃない。」
「自由のために?」
「そう、自由のために。」
その答えにシュウシュウはますます判らなくなった。そこで今度は質問の内容を変えることにした。そして次のように聞いた。
「きみが皆と同じように行動しているのは、誰かにそうするよすに言われたからなの?」
「いや、誰にも言われてないよ。自分から進んでやっているんだよ。」
またしても意外な答えに納得が出来なかったシュウシュウは、もう一度他の仲間に同じように聞いた。
「きみが皆と同じように行動しているのは、誰かにそうするように言われたからなの?」
「いや、誰にもいわれてないよ。自分から進んでやっているんだよ。」
またしても同じ答えに納得が出来なかったシュウシュウは、再び群れの中をあっちこっちと泳ぎまわっては、次々と同じように聞きまくった。ところが返ってくる答えは、今度も示し合わせたかのように、みんな同じだった。そこで、次からはもう少し突っ込んで聞くことにした。
「きみが皆と同じように行動しているのは、誰かにそうするように言われたからなの?」
「いや、誰にもいわれてないよ。自分から進んでやっているんだよ。」
「そうかなあ、そうは見えないんだけど。」
「いや、そんなことないよ。だって、急がなければ、急がなければって本当に思ってんだから。」
「急ぐって、どうして?」
「どうしてって、言われても。とにかく、急いで帰らなければ帰らなければって、本当に思ってんだから。シュウシュウは思ったことないの?」
「ぜんぜんない。それで帰るってどこへ?」
「どこへって言われても、、、、シュウシュウ、きみにも聞こえているだろう。みんなが、『さあ、急いで帰ろう。みんなが帰るの待っているから。急いで帰ろう。』って言っているのを。そのみんなが待っているところへだよ。そのみんなが待っているところへだよ。」
その答えを聞いて、シュウシュウは前にもましてますます判らなくなった。そして、自分はほんとうに除け者にされているように感じた。しかし、どうしても群れから離れることは出来なかった。それで、しかたなしについていくしかなかった。しかもいちばん最後から。
あるとき、それまで順調に進んでいた群れが、突然騒ぎ始めた。そしてシュウシュウが前に進めば進むほど群れは混雑してきて、仲間たちは上下左右に勢いよく泳ぎまわっていた。その混雑振りは時間のと共にますます激しくなっていき、みんなは狂ったかのよすにさらに勢いよく、しかも仲間同士衝突してもかまわないといった風に、めちゃくちゃに泳ぎまわるようになり群れは大混乱に陥っていった。しかし、シュウシュウは冷静であった。そして、群れの周囲を見まわったり、海面から顔を出したりして、いったいなにが起こっているのかと観察した。そして判った。少し遠くに見えるが、それ以上進むことの出来ない障害物があるということに。そして、それが群れを取り囲んでいて、だんだん狭まってきているということに。そして、それはかつて見たこともないような巨大な敵の仕業でいるということに。シュウシュウは必死で助かる道を探った。そして、海面から出たところに、その障害物はないことに気づいた。シュウシュウはみんなに言った。
「良いかい、みんな、急いで水面に出るんだ。少し苦しいかもしれないが、勢いをつけて水面に出るんだ。少し怖いかもしれないが、群れから離れるように勢いよく空中へ飛ぶんだ。そうすれば自由に、自由になれるから。良いか、見てろよ、こうやるんだ。」
そう言いながらシュウシュウは全速力で障害物の近くまで泳いでいき、そこから空中に飛び出した。みんなもシュウシュウの真似をした。そしてほとんどが助かった。しばらくして、ばらばらになった仲間が再び群れに集まり始めた。そのとき、シュウシュウに近寄ってきて話しかける仲間がいた。
「また助けられましたね。シュウシュウさん。覚えてないですか、わたしのこと、ビュウビュウです。まあ、みんながそう言うんですけどね。」
「ええ、ああ、なんとなく。」
「そうでしょうね。もうだいぶ前のことですから、無理ないですよね。たしか、わたしが、わたしを食おうとしていた敵に追いかけられてあっという間に食べられそうになったとき、あなたがおとりになって助けてくれたんですよね。あの時は必死でした、もうだめかと思いました。でも、本当はわたしは判っているんですよ。わたしのようにとろい者はじたばたしないで、なるべく早く敵に食われたほうが、群れのため皆のためになるってことをね。なぜなら結局誰かが食われるんだから、それならわたしのようなものがいち早く食われたほうが、群れはいつまでも混乱しなくてもすむし、無駄なエネルギーを使わなくてもすむからね。あのとき、あなたはどうしてわたしのような者を助けてくれたんですか?」
「よく覚えてないけど。たぶん、そうぜざるを得なかったような気がする。」
「あなたは本当に変わった方だ。いや、失礼、助けていただいたあなたにこんなことを言うなんて。あなたはほんとうに賢くてすばやくて、その上群れの後ろからいつもみんなを見守ってくれている素晴らしい方なのですね。それに比べるとわたしは、この通り尾びれが割れて、それで泳ぎか遅く動きがとろいんですけどね。その泳ぐときにですね、ビュウビュウと耳障りな音を立てるもんで、みんなから、それだから敵に目をつけられるんだとか、その音が敵をおびき寄せるんだとか言われたりして、なかには噛み付いてくるものもいたりして、意地悪をされるもんで、それでだんだん尾びれが小さくなって、最近ではめっきりとろくなってしまって、まあ、これは余計なことでしたね。とにかくあなたは素晴らしい方なんですね。きっとあなたは、わたしなんかよりも、いろいろなことを知っている方なんでしょうね。」
「いや、そんなことないさ、みんなとあまり変わらないよ。」
「いいえ、今だって、みんなを助けたじゃないですか、わたしたちより色々なことを知っているから、出来たんじゃないですか。」
「いや、そんなことないさ。ほんとうに知らないことばかりで。」
「ほんとうですか、シュウシュウさんにも知らないことなんかあるんですか?」
「本当さ、たとえば、最近、みんなは急に、それまでと違う行動をするようになったけど、わたしにはそれがどうしても納得が出来なかった。それでみんなに聞いてみたんだ。なぜ以前のように自分の思ったとおりに自由に行動しないのかってね。そうしたら皆は自由のためにやっているんだから自由でないわけないだろうとか、自分たちの思い通りにやっているから自分たちを待っているところに帰らなければならないとか、何のことだか訳わけの判らないことばかり言うので、わたしはますます判らなくなってしまって。それで、さっき、きみは、わたしが皆のあとを見守るようにしてついてきているといったけど、本当は皆の行動が納得できないし何にも知らないから、しかたなしに皆のあとから、ついて来ているということなんだよ。本当は寂しいというか、心細いというか。」
「ほんとうに、ほんとうになにも知らないんですか?」
「本当さ。」
「ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに何も知らないんですか?」
「本当にほんとさ。ところで君は何を知っているの?本当の理由を知っているの?」
「ええ、まあ、だいたい。」
「それじゃ聞くけど、皆は自由のためにやっているというけど、どんな自由のためなの?それに皆は、待っているところに行かなければならないって言ってたけど、それは、いったいどこなの?」
「ではもう一度聞きますけど、シュウシュウさんはほんとうに何も知らないの?」
「知らない。だから本当は、もうみんなと一緒に行動するのは意味がないと思っている。でも、どうしても離れなれなくて。」
「そうなんですか。まあ、わたしにもはっきりとは判らないんですけどね。それで、わたしたちを待っている所というのは、たぶん、フルサトのことですよ。」
「フルサト?」
「ええ、ふるさとです。そのふるさとと言うのは、わたしたちが生まれ育ったところだそうです。シュウシュウさんならきっと覚えているでしょう。わたしたちが小さかったときに育ったところを。それがふるさとです。」
「いや、覚えていない。覚えているのは、思いっきり自由に泳ぎまわっていたことだけだよ。」
「そうなんですか、実はわたしもそうなんですけどね。でも、とにかく、そこは食べ物がいっぱいあって、いつも自由に好きなだけ食べられるらしいです。それから敵から追いかけられることもなく安心して泳いでいられるらしいです。つまり、そこには自由があふれているらしいのです。それでみんなは自由のためといったんだと思います。」
「では、そこがわたしたちが帰るところなら、そこにわたしたちが帰るのを待っている誰かがいるということだよね。それはいったい誰なの?それになぜわたしたちを待っているの?」
「うん、それは、わたしたちを造った方ですよ。そう、わたしたちを造った方が待っているのですよ。その方が、成長して立派になったわたしたち姿を見たいというので、わたしたちは帰るんですよ。」
「造った方?」
「そうです。わたしたちを造った方です。シュウシュウさんには信じられないかもしれませんが、わたしたちがここにこうしていられるのは、わたしたちを造った方のおかげなのです。」
「それは、どんな方なの?」
「それは、、、、それはですね、やさしくて賢くて勇気があって、とても力のある方です。」
「どうしてきみはそんなに詳しいの?見たことがあるの?」
「あっ、ええ、もちろん、ありますよ。あっ、シュウシュウさんだって見たことがありますよ。ほら、あれ、あれですよ。あの丸くて赤くて輝いているのがわたしたちを造った方ですよ。あの方を、こうしてじっと見ていると、何か懐かしいような満ち足りたようなそんな気持ちになりませんか?あの方は、いつもわたしたちが活動するときに現れるんですよ。きっと、わたしたちを見守ってくれているんでしょうね。そして、わたしたちが休むときはいつも隠れるんですよ。きっと、わたしたちが休み易いように気を使ってくれているんでしょうね。
おそらく、わたしたちが休んでいるとき、あの方もふるさとで休んでいるんでしょうね。」
「そうか、そういうことだったのか。ようやく納得が出来た。それならわたしも皆といっしょに行動が出来そうだ。ふるさとを目指して泳いでいけそうだ。なんかものすごく元気が出てきたような気がする。ところで皆はどうしてあの方が住んでいるところがわかるの?」
「ああ、それは簡単ですよ。シュウシュウさん、顔をゆっくりこのように左右に動かしてください。そうそう。鼻のところ、なにか震えるような、ムズムズしませんか。いちばん強く感じるところ、そのときの顔の方向が、ふるさとの方向なんです。」
「ああ、なんとなく感じる。でも、、、、」
「それじゃ、皆のところに行きましょう。皆が集まっているところに行けばもっとはっきりと感じるようになりますから。どうですか?」
「ああ、感じる、感じる、はっきりと感じる。」
「わたしなんか、それを感じて泳いでいるときは、楽しくて楽しくて疲れなんかちっとも感じなくって、むしろ元気が出るくらいですよ。」
「ほんとうだ。なんとなくわくわくしてきた。ところで、ふるさとってどんな所なんだろうね?」
「あの方がすんでいるところだから、きっと赤く輝いている所だと思うよ。」
こうして群れは、再び生まれ育った川を目指して泳ぎ始めた。
群れが海から、泳ぎにくい川に入っても、その勢いは少しも止まらなかった。むしろ、みんな全身に沸き起こる力を見せびらかすように、以前にも増して生き生きと、そして激しく泳ぎ続けた。
シュウシュウも川に入ったとたん、新たな力が湧いてくるのを感じて、少しも苦にはならなかった。それどころか、進めば進むほど喜びと幸福感に満たされていった。そして常に群れの最後尾にいて、遅れがちな仲間を元気付けたり、また時には、仲間と協力して立ちはだかる障害を乗り越えたりして、ふるさとを目指した。
そして、この小さな湖のような浅瀬に最後に姿を現した。
シュウシュウは、ゆっくりと泳いでいる多くの仲間を見て、ひとまずここで長旅の疲れを取るために休み、それからあの方の住むふるさとを目指していっせいに向かうのだなと思った。なぜなら、あの方の姿がどこにも見えなかったからだ。そして、あの方が居る所はここからそんなに遠くないと判った。というのも、周りの風景があの方の色に輝いていたからだった。
ところが、どんなに休んでも、いっこうに出発しようとしない群れの様子に気づいたシュウシュウは、いったいどうしたんだろうと思いながら群れの中を見てまわった。そして、しばらく泳ぎまわっていると、群れのあっちこっちで、奇妙な動きをする仲間が目に付くようになってきた。自分の体が傷つくのもかえりみず、尾びれを川底に叩きつけるようにして、そこにくぼみを造るもの、体を赤くし怖い顔をして、仲間に体当たりしたり噛み付いたりして喧嘩するものなど、その数は時間と共にだんだん多くなっていった。
シュウシュウは、仲間たちの突然の変わりようを驚きをもって見ているうちに、ちょうど二ヶ月前の異変のときのように、自分が除け者にされているような気持ちになった。そして再び自分はどうすればいいのか判らなくなってしまった。
そこで急いで、ビュウビュウを探した。まもなく見つかったビュウビュウは以前と変わらない様子だった。それを見てシュウシュウはほっとした。そして言った。
「ああ、よかった。きみまで変なことしてるんじゃないかと思って、とても心配だった。ビュウビュウ、わたしは、いま、なんか情けないっていうか、ものすごく腹を立てているって言うか、あっ、きみにじゃないよ。みんなにだよ。せっかくふるさとを目の前にして何をやっているんだって。こんなことをやっている場合じゃないだろうって、ね。さっきまで仲良くやってきた仲間同士で喧嘩をしたり、自分の体を自分で傷つけるようなことをしたりしてさ、いったい何のためになるというんだよ。こんなことをやるために、大変な思いをしてここまでやって来たんじゃないだろう。ああ、だめだ、もう見てられない。わたしは、みんなのやっていることがどうしても理解できない。ビュウビュウ、きみ、たしか、言ったよね。わたしたちは、わたしたちが生まれ育ったふるさとを目指しているんだって。」
「うっ、うん、いったよ、たしかに、、、、」
「それは絶対に間違いのないことだよね。」
「うん、間違いない、絶対に、、、、」
「これからも、ずっと信じて良いことなんだよね。」
「もちろんさ、もちろんだとも、、、、」
「ああ、それを聞いてほんとうに安心したよ。わたしたちはふるさとを、、、、わたしたちを造った方が住むふるさとを、、、、自由に満ち溢れ、食べ物も豊富で、敵もいなく、みんなが平和に暮らせるというふるさとを目指していたんだよね。それは確かなんだよね。絶対に間違いないよね。これからもずっと信じていいんだよね。 それなのに、みんなはいったい何を考えているんだろう。なあ、きみだってそう思うだろう。」
「、、、、うっ、うん。そう思うよ。」
「きみは、あんなことしたいなんて、ちっとも思わないだろう。」
「、、、、うっ、うん。シュウシュウさんは?」
「もちろんだとも。だれがあんなことを。わたしはね、とにかく、自分に納得の出来ないことはどうしてもやれない性分なんだよ。きみがわたしと同じように考えていると思うと、ほんとうに元気が出てくるよ。それにくらへてみんなは、ああ、あんなことやったら死んじまうじゃないか。死んじまったら今までの苦労も水の泡じゃないか。きみは覚えているだろう。ここまで来るのにどんなに大変だったか。水か少なくて石ころだらけのところを、泳いでも泳いでも前に進まなかったとき、みんなで励ましあったよね。大きな壁があってみんなが立ち往生して、もうだめかとあきらめかけていたとき、誰かが上りやすいところを発見して、それをみんなで教えあって乗り切ったんだよね。そのほかにも数え切れないくらい危険なことや困難なことがあったけど、みんなで力をあわせてどうか乗り越えてきたんだよね。それもこれもみんな、わたしたちを造った方がわたしたちを待っているというから、、、、自由と平穏がわたしたちを待っているというから、みんなここまで頑張ってやってこれたんじゃないか。それなのに、ああ、どんどん増えていく。わたしには納得できない、納得できないことはわたしには出来ない。ああ、何がなんだかほんとうに判らなくなってしまった。 ビュウビュウ、もしかしたら、きみは何か知っているの?」
「いっ、いや、わたしはなにも、、、、」
「そうだろうな、判るわけないよなあ。だって、わたしたちは、ふるさとを、自由と平穏を目指して頑張ってきたんだからなあ。なんてったってあんな意味のない、ばかばかしいことを理解できるわけないよな。わたしたちにはちゃんとした目的が、わたしたちを造ったあとも、長いあいだわたしたちを見守ってくれた、あの優しく賢く、しかも力のあるお方に会うという立派な目的があるんだからね。その目的のためならどんな困難も苦にならないんだからね。あっ、そうだ、ビュウビュウ、きみとわたしとで手分けしてみんなを説得しよう。こんなことをやっている場合じゃないって、そんなことをしてもなんの役にもたたないって、下手をすると死んじまうって、そんなことよりここから早くふるさとを目指して出発しようって。そうそう、きみはそっちからまわって、わたしはこっちからまわるから。それじゃ、頑張ろうな。」
シュウシュウハは群れの中をくまなく泳ぎまわりながら、出来るだけ多くの仲間に話しかけた。しかし、みんな、自分のやっていることに夢中で、シュウシュウを相手にするものはまったくいなかった。結局、誰も説得できないまま、ビュウビュウと別れたところに戻ってきた。
周囲に目をやればやるほど孤独感が深まっていくなかで、シュウシュウはだんだん自分を疑い、責めるようになっていった。そして徐々に自身が失いかけていきそうな心細さを感じながら、ひたすらビュウビュウが帰って来るのを待った。しかし、いつまで待ってもビュウビュウは姿を現さなかったので、シュウシュウはそれまで以上に周りに注意を向けた。すると、しばらくして、体を赤くして喧嘩をしている者の中に、尾びれが割れた鮭が目に入ってきた。よく見ると、それはまぎれもなくビュウビュウだった。シュウシュウは近寄っていって話しかけた。
「どうしたんだ、ビュウビュウ。きみまでいったい何をしているんだ。」
「、、、、あ、、、、あ、、、、しゅうしゅう、、、、さん、、、、」
「ああ、体が赤いだけじゃない、そんなに怖い顔になって。きみはみんなを説得に、、、、まあ良いか。もう良いよな、そんなこと。なんか急に力が抜けてきて、なんて言って良いのか判らなくなったよ。、、、、あっ、そうだ、とりあえず教えてくれないか。きみは、みんなと同じことをやっているから、たぶん、知っているんだと思うけど。なぜそうするのは、その理由をね。それとも誰かに命令されてやっているのか。」
「、、、、だ、、、、だれとか、、、、め、、、、命令とか、、、、知っているとか、、、、知らないとか、、、、そういうのじゃなくて、どことなく、、、、なんとなく、そうしなければならないような、、、、そうせざるを得ないような、だから、ほんとうに理由なんてないし、何にも知らないんですよ。、、、、シュウシュウさんはそんな気持ちにならな、、、、ならないですよね。シュウシュウさんは、見た感じそんな雰囲気まったくないですもんね。そうですよ、シュウシュウさんは、なんと言っても、みんなとちが、、、、」
「ああ、わたしはこれからどうすればいいんだろう。何にも判らない。 ビュウビュウ、わたしはね、さっきまでずっと思っていたんだよ。もしかして、わたしは違っているんじゃないだろうかって。はたして、このまま何もしないでいていいのだろうかって。、、、、自信もますますなくなっていくばかりで、、、、今では、あのことは本当なんだろうかって、思っているくらいなんだよ。」
「あのこと、、、、ふるさとのことですね。シュウシュウさん、わたしはあの時、本当のことを言いました。ほんとうに思ったことを言いました。でも、いまは、いまは、どうしても、、、、」
「いや、きみが嘘をついたと言って責めているんじゃないよ。そうじゃなくって、、、、だって、あれほどはっきりとふるさとに帰る目的を言ってた君までが、みんなと同じように訳のわからないことをやっているんだから、わたしだって、多少は気持ちがぐらつくじゃないか。」
「シュウシュウさん、元気を出してくださいよ。あなたは決して間違ってなんかいませんよ。わたしには、あなたが、何かみんなと違うものを持った特別な方のように思えるんですよ。だから、もっと自信を持って、自分の思ったとおりに行動してくださいよ。そうですよ、あなたは少し周りを気にしすぎますよ。みんなだって、わたしがやっているように、それぞれ感じたままに、やりたいようにやっているんですから。あなたも周りに遠慮しないで、もっと思い切ってやりたいようにやれば良いんですよ。そもそも、みんながなかなか出発しないからといって、なにもあなたがそれに合わせることはないのですよ。あなたは自分から進んで出発したって良いんですから。そうですよ。だって、あなたは今までずっと、みんなの後ろからついてきたんですから、これからはみんなの先頭に立ったって良いじゃいですか。ねえ、そう思いませんか。もっともっと自信を持ってくださいよ。」
「、、、、うん、そうか、そうだな、そうかもしれないな。きみの言う通りかもしれないな。、、、、思い通りにか、みんなの先頭をね。良いかもね。よし、そうしよう。ビュウビュウ、きみもいっしょだ。さっそく出発しよう。」
「いや、わたしはもう少しここに居ようかな。すぐ後から追いかけますから。どうせふるさとはそんなに遠くないと思いますから。」
「そうか、それなら。よし、先頭を切って行くぞ。ふるさとに行って、あの方を見たら、すぐ引き返してくるから。みんなにどんなに良い所か知らせるためにね。さあ、いくぞ。信じるってとても良いことなんだね。なんかこう体じゅうから元気が出てくる感じで。きみと知り会えてほんとうによかったよ。じゃあ、行くよ。待っててね。」

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