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    忘れ去られた列島(2部)


        神に生きる

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      狩宇無梨





 ヤホムの滞在は長くなっていた。そのためほと
んどの村人に知られるようになり気楽に出歩ける
ようになっていた。
 集落の周辺にある雑木林はほとんど葉を落とし
ている。集落内にも落ち葉の吹き溜まりができる
ようになっている。ときおりその落ち葉を舞いあ
げながら楽しそうに子供たちの群れが走り抜ける。
そんな様子に何げなく眼をやりながら歩いていた
ヤホムは、どこからともなく聞こえてくる規則的
で甲高い音を耳にする。ヤホムはその方向に歩み
始めた。そしてそれらしい小屋を発見した。ヤホ
ムは外から挨拶してその小屋に入った。部屋の端
には大小さまざまな帯状のものや棒状のもの、そ
して人の腕ほどの塊のものがうずたかく積まれて
いた。そして奥の方ではひとりの男がこぶし大の
もので薄い板状のものをたたいていた。ヤホムは
その様子を見ながら、その男がたたいているのは
金属で、何か道具か武器のようなものを作ってい
るのだと、そしてうずたかく積まれた物は金属で
それらの材料だということをとっさに理解した。
でもそうだとしても、どのようにしてこんなにも
大量の金属を手に入れているのか判らなかった。
しばらくその様子を見ていてヤホムが話しかける。
「あそこにある材料はどっから手に入れているの
?」
「出てくるんだよ、土から、どっからでも出てく
る。まとまっていっぱい出てくるときもあるよ」
 ヤホムはその金属の山に眼をやりながら、これ
はきっと、かつてこの島が繁栄していたころに使
われていた機械の残骸に違いない、それが今まで
さびて消滅することなく、土に埋もれていたに違
いないとヤホムは思った。
 小屋を出たヤホムは色いろなことを考えながら
歩き始めた。もしこの村にたくさんの便利な金属
制の道具を作るための鍛冶の技術や、山林の豊富
な木を利用して炭を作る技術があれば、もっと豊
かな生活ができるのではないかと。
 モラクの小屋に戻ったヤホムはさっそく大陸の
リセと連絡を取った。やがてリセから届いた返信
には、鍛冶のやり方や炭の作り方が書いてあった。
それには付記として炭を作るやり方と同じような
方法で土器をそれも良質の土器を作ることができ
るとしるされていた。


 それから数日かけてヤホムは村人に新しい鍛冶
のやり方と土器の作り方、そして木炭の作り方を
伝えた。
 さらにヤホムは野生の牛とヤギを捕獲して家畜
にすることを進めた。牛は農耕に役立てることが
でき、ヤギからは乳を得ることができることを、
そしてそれを温めて発酵させればおいしい食べ物
になることを教えた。
 最後にヤホムは南の地方で栽培されているが、
この地方ではまだ栽培されていない色いろな野菜
の種を配った。それはこの集落ためにとあらかじ
め準備していたのを、今度の旅で持ってきたもの
だった。

 ヤホムにとって、この地方への再訪は、表向き
は親友のようなモラクを訪ねることであったが、
でも本当の狙いとしては、この集落の生活をより
良いものにするために、なんでもやってあげたい
思ったのが、その最大の理由にもなっていたから
だ。そして次に来るときは卵を産む鶏を持ってく
ることを約束した。


 寒さが厳しくなってきた。ヤホムはそれそろ帰
らなければと思うようになった。ヤホムはそれを
モラクに伝えた。

 ヤホムが帰る日、その朝は深い初雪におおわれ
た。
 モラクはヤホムに毛皮の帽子をあげた。

 ヤホムはモラクと再会の約束をして雪上を歩き
だした。
 雪はすべてを覆っていた。広場には雪を固めて
投げ合ったりしながら子供たちが走りまわって遊
んでいた。
 ヤホムが集落全体を見まわせる小高い丘にたど
り着き後ろを振り返ると、そこから田んぼや畑の
上で雪を踏み固めている子供たちの姿が見えた。
よく見るとそれは子供たちが協力して何やら雪の
上に大きな模様や図形を描いているようであった。
矩形のものから渦巻のものまでさまざまであった。
人や動物のような形をしたものもあった。ヤホム
にとってそれらは太古の地上絵にも見えた。
 やわらいだ表情で見ていたヤホムはやがて上空
を見上げるように振り向くと、妻子の住む南の方
へと急ぐように歩み始めた。
 ヤホムはこれからの旅の大変さを忘れるほどの
満足感に満たされていた。なぜならこの地を訪れ
た目的のほとんどが達成されたからであった。


 モラクの集落を出てから八日後、ヤホムは妻の
ヤヨイと五歳の娘リルカのもとにたどり着いた。

 南北に伸びたこの島の特徴を示すかのように、
ヤホムたちの住む南方の地は、モラクたちの住む
北方よりもだいぶ暖かった。それで季節はもう冬
であったが、まだ雪は降ってないようだった。ヤ
ホムたちの住む家はモラクたちが住む家とはそれ
ほど変わらなく、集落の在り方も、その周辺にあ
る山林や田畑や、散在する他の集落の在り方もほ
とんど変わらなかった。ただ違いといえば、離れ
た集落どうしを結ぶ道は少し広く、どの集落から
でも半日がかりで行けるような町があった。そこ
には分業化されたさまざまな職業の人たちがたく
さん住んでいた。
 旅の疲れもとれ、再開された家族との生活が落
ち着きを取り戻したころ、ヤホムはモラクたちと
生活を共にしながらも、どうしても不思議に感じ
ていたことをヤヨイに問うことにした。
 ヤホムが火焚きのそばにいるヤヨイに話しかけ
る。
「ここにはカンリという人はいるの?」
「いるよ」
「どこに?」
「町はずれの大きな建物に、みんなからはミヤデ
ンと呼ばれている建物に」
「何をやっているの?」
「何って、春とか、夏とか、秋とかに村に来て、
色んな収穫物を取りに来るの」
「ひとりで」
「いや大勢で、みんなも手伝うけどね」
「収穫物を持っていかれて、みんなは納得してい
るの?」「うん、そうね、昔からの決まりごとみ
たいだから」
「だれが決めたんだろう?」
「わからない」
「なぜみんなは不満を感じないんだろう、カンリ
びとって何かやってくれているの?」
「これはとってもいいことだからって、みんなの
名前や年を記録しているみたい、それからたまに、
これはみんなの役に立つことだからって、道を作
ったりするの」
「でも実際に道を作るのは村人なんだろう」
「まあ、そうだけどね。それから悪いことをする
人を捕まえたりする。そして裁いて、もう二度と
悪いことをしないように狭いところに閉じ込めた
り、ほんとに悪い人はその村に住めないようにど
っか遠くに連れていくみたい」
「ジュシという人はいるの?」
「いる、あっちこっちに、色は、黄色とか、赤と
か、黒とか、白とかって色いろ違うんだけど、み
んなおそろいの服を着てね。子どもたちを集めて
モジとか色いろなことを教えてくれているのよ。
他にジュシと似ているキョウシとよぎれている人
もいる」
「カンリとジュシとそのキョウシとかいう人はど
っちが偉いの?」
「どっちかしら?カンリにもジョウカンリとゲカ
ンリがあって、キョウシにも、ダイキョウシとか、
チュウキョウシとか、ショウキョウシとか、ジュ
シにも似たようなものがあって、他にもキョウシ
ュとかあって、私にはよく判んない、でも普段私
たちが接する人たちは、その服の色で偉いか偉く
ないかの区別があるみたいよ。私にもよく判らな
いけど」 
「それでなんだけど、ここでは、みんなと見た目
がなんか違う人、大陸では障害者というんだけど、
耳とか眼とか指とかが不自由な人を全く見かけな
いんだけど、どうしてなんだろう? 北の方には
そんな人がたくさんいたんだけど」
「私にも詳しいことは判らないんだけど、もしそ
ういう人が生まれたら、黄色い服を着たキョウシ
たちが来て、そういう子どもたちだけを集めて育
ててくれる、ダイホンブといわれる場所にに連れ
て行くんだって、そこはたくさんのキョウシたち
が集まって修行をしているところでもあって、そ
ういう子供たちがテンゴクに行けるようにって、
お祈りしてくれる場所でもあるんだそうですよ」
「そういう子供たちは親の元には戻ってこれる
の?」
「いや、判らない、私はまだ、そういう子供たち
が戻ってきたっていう話は聞いたことがないから」
「大切に育てられているっていうことかな」
「きっとそうなんでしょうね」


 ヤホムの住む南の地は雪が降ることなく春を迎
えた。
 野に草が萌え、山の木々が芽吹き始めたころ、
村から村へとある噂が伝え渡った。それは昼と夜
の長さが同じ日の月から、次に同じ形の月になる
日に、ハナ祭り呼ばれる祭りがホンブと呼ばれる
建物で開催されるということだった。そしてその
前に町の大通りからホンブまで、ダイホンブから
の来訪者を出迎えるための行列がおこなわれると
いうことだった。

 当日ヤホムたちは町に出かけた。
 町の大通りは周囲の村々から集まった人たちで
あふれかえっていた。
 その時刻になり大通りの端がざわつきだした。
やがて人びとの群れを二つに引き裂くようにして
行列の先頭が見えだしてきた。
 二人の人間に惹かれた二頭の動物が見えてきた。
その動物は馬とも牛ともつかない、ヤホムにとっ
ては初めて見るものだった。それらは西暦最後の
年におこった核戦争によってばらまかれた放射能
の影響を受けながらも、この島で独自に進化した
ものに違いなかった。その動物は大きな箱のよう
なものを引いていた。その箱には屋根があり周り
は薄く透き通る布で囲まれていた。そして下には
四つの車輪がついていた。箱は木製であったが車
輪は木製にもゴム製のようにも見えた。
 ヤホムはこれはもうほとんど大陸で車と呼ばれ
ている乗り物と同じものであると思った。その薄
い布を通して車内に複数の人影が見えた。そのよ
うな車が二台続いたあとに数十人の人間が従うよ
うに歩いている。そしてそのあとには荷物を積ん
だ車が数人の人間に引かれている。行列の半分以
上はみな薄地のしかも光沢があり黄色 赤 黒 白と
はっきりとした色合いの布で作られた服を身に付
けていた。その他の人たちの服装は様ざまであっ
たが、履物だけはみな同じようなものだった。で
もそれらもやはり村人たちとははっきりと違う材
質のものだった。服や車や履物の材質からして、
それらはこの島で生産されてたものではなく、大
陸からの密入者によってもたらされたに違いない
とヤホムは思った。この行列のを見ている人たち
の様子からしてヤホムはこの行列は何か特別な印
象を彼らに与えたにちがいないと思った。リルカ
を肩車をしながら行列を見ているヤホムは傍らの
ヤヨイに話しかける。
「こんな行列毎年やってるの?」
「いいえ、初めて、なんかすごいね。きれいで華
やかで、みんエライの人に見えるね」
 行列の後を追うように人びとはホンブと呼ばれ
る建物に向かって歩いた。
 その道すがらヤホムは町でときおり見かけた不
思議なことをヤヨイに訊ねた。
「ときおり見かけるんだけど、行列ではなくて周
囲の大人たちにばかり眼を配っている子供がいる
んだけど、少しも子供らしさを感じないんだけど、
あれは?」
「あれは親がいない子供たちなのよ」
「、、、、、」
 モラクの村にはそのような子供たちはまったく
いなかった、でもたくさんの形が異なる人たちは
いる。ここにはそんな形の異なる人は全くいない
が、親のいない子供たちはたくさんいる。そのこ
とにヤホムは不思議な気がした。

 ホンブの広場はあふれるほどの人たちででいっ
ぱいになった。
 広場の北側には人の背丈を二倍にしたような講
壇がもうけられていた。しばらくすると不規則な
太鼓の音や、音色の違う鐘の音が響き渡った。そ
の瞬間それまでだらだらしていた人たちの表情が
みんな同じような引き締まったものに変わった。
それが広場の表情ともなった。
 やがてその講壇は、そこに集まった聴衆とはか
なり違った身なりのでいっぱいになった。そして
広場のざわつきが収まったころ、青い服に紫のマ
ントを羽織った男が誰よりも前に出てきておもむ
ろに語り始めた。
「本日は、われらが大教祖、アサラ様の誕生日の
お祝いに集まってくれてどうもありがとう。何度
も話しますが、アサラ様は、その昔、この世界で
二番目に、ちなみに最初にグダツをされた方は、
その昔のさらにその昔にブッダというお方なので
すが、アサラ様は二番目にグダツをされて、神様
から永遠の命を授けられたとても尊崇されるべき
方なのです。なぜならアサラ様以降、その後だれ
もグダツに成功された人はいないからです。そん
なアサラ様は私たち愚人にとてもありがたい教え
を残してくれました、、、、」
 それまでヤホムは、青い服の男の話を漫然と聞
いていたが、講壇の端の方にモラクの村で見たサ
ラムの姿を発見して少し注意を注ぐようになった。
「、、、、私たちはその教えをもとにこの国をよ
り良いものに、、、、皆さんの生活がより良いも
のになるように、、、、生きているあいだは悩み
ごとや苦しいことがないような、、、、そして死
んだあとは決して地獄に落ちることがないように
、、、、だれもが永遠の命をえて天国に行けるよ
うな、、、、、かなり前になりますが、それは百
数十年前になりますが、その頃は、アサラ様の尊
い教えをである私たちの言葉に誰一人として耳を
傾けるものがなかったようです、、、、でも今は
この国のすべての人に聞き入れられるようになり
ました、、、、そして私たちの言うことに皆さん
が従ってくれるようになりました。そのおかげで
しょう、このクニは秩序あるクニになりまとまり
のあるクニになりました、、、、、でも北の地方
には不穏な動きがあるようです。アサラ様の教え
に背く者たちがいるようです。伝え聞くところに
よると彼らはやたらと生き物を殺したり、複数の
女をめとったりする野蛮な人たちのようです、、
、、、そろそろここで皆さんに紹介します。いま
この最前列にいる若い者たちは、アサラ様の教え
を守り、そしてこのクニの平和と、みなさんの幸
福に役立つことを願いながら、これから最も過酷
といわれるグダツの修行に入る者たちです。飲食
を断つもの、眠らないもの、雷雨のもとに立つも
のなど、生死をかけた修行に入る者たちです、、
、、、最後に紹介します。これから皆さんの先頭
に立って皆さんを幸福に導く者、オウ様を紹介し
ます。そしてこれからはこのクニはオウのクニ、
オウクニとなります。ちなみに私の隣におります
うら若き乙女は王様の愛娘で、アサラ様の教えの
もとに、コメの豊作と皆さんの安寧を願い、雷雨
のときには山の頂に立ち続ける修行を行います、
、、、、」


 その帰り、珍しくもヤヨイがヤホムに訊ねた。
「クニってなに?」
 その言葉は大陸ではすでに死語になっていたの
でヤホムは戸惑う。
「クニね、国っていうのは、そこに住むすべての
人がみなが同じような考え持っている広い場所の
こと」
それはヤホムの苦しまぎれの答えだった。

 ヤホムはヤヨイの両親の農業や家畜の世話を手
伝いながら生活の糧を得ていた。大陸の生活に比
べて決して楽なものではなかったが、家族として
の生活には幸せを感じていて不満はなかった。だ
が心の奥底では、いざとなったらヤヨイとリルカ
を連れて大陸に逃れればいいと思っていた。


 ヤホムの住むこの地の生業はほとんど稲作に変
わりつつあった。狩猟や採取それに鶏ヤギなどの
家畜の飼育もおこなわれていたが、それらはかな
り副業に近いものだった。そのためいまだに村の
男たちによって開墾がおこなわれており、水田を
保持するための水路もかなり行き届いたものにな
ったいた。それらの作業はホンブの建物のカンリ
の掛け声の下で行われていた。収穫されたコメは、
モラクたちの村と同じように、カンリの建物の倉
庫に集めら、その後は定期的に必要なだけ村人に
配られるようになっていた。 人によってはその
配られたコメを上手に節約して蓄えておき、後で
それをカンリの建物で薬や珍しい衣類や飾り物と
交換することができた。管理の建物ではこの地方
のすべての人の名前と年齢とその動向が記録され
ていた。


 夏の始まり、ヤホムの村にはある噂が広まった。
北に住む蛮人が、カンリを殺してカンリの住む建
物を焼き払ったというのである。そのことを南の
地方のほとんどの人びとは、人の心を持たない蛮
人の謀反と考えるようになった。やがてその考え
は、頭に角の生えたオニビトによる我らがオウク
ニへの攻撃と変わっていった。そしてその鬼びと
を成敗するための武器を持った人間がほうぼうの
村から集められた。そして夏の終わりに彼らは鬼
びとの成敗のため北に向かった。隊列を組んで行
進する彼らの様子を見た者の話によると、その数
は数えきれないほどだったという。


 その秋の終わりに、成敗軍はその謀反の首謀者
とされる鬼びと捕縛して帰ってきた。

 ヤホムはその成敗軍がその鬼びとをダイホンブ
に連れていくために町を通ると聞きつけた。ヤホ
ムは急ぐようにして町にでかけた。そして通りで
行列が通るのを待った。
 通りにはその謀反者の顔を見ようと、たくさん
の人が集まっていた。やがてその行列がやってき
た。先頭からしばらくしてそれらしき人間の姿が
見えてきた。その様子からして捕虜とは判るのだ
が、でもそれま紛れもなく人間だった。両手は縛
られてはいたが、足には歩きやすいように何もつ
けられてはいなかった。だがどういうわけは頭に
は破れてて隙間だらけのカゴがかぶせられていた。
その隙間からのぞくそのオニビトの顔にヤホムは
愕然とした。なんとなく予感していたこととはい
え、その衝撃のあまり気が失いそうになった。そ
の男はあのモラクだったからだ。


 本格的な冬を前にしてヤホムが帰ったあと、そ
の寒さに耐え忍ぶように過ごしていたモラクたち
の村にも、約束されたかのように春はやってきた。

 春になって村人がまず動き出すのは、不足がち
になった食料の補充のための、それぞれの家族単
位で行われる山菜などの野山での採取である。そ
して大人の男たちだけによって行われる狩りや雑
木林の伐採である。

 伐採作業が行われることになった。これは男な
らだれでも参加できるような狩りと違ってとくに
屈強な男たちだけによって行われることになって
いたのだったが、モラクはいつもよりその男たち
の集りが悪いことに気が付いた。でもモラクは少
しだけ不思議な気がしただけで大きな疑問へと発
展してはいかなかった。
 斧や鉞をたモラクたちは目的地へと向かった。
 やがて目的の雑木林につくとみんなそれぞれに
手際よく伐採を始めた。やがてある程度はかどっ
たころ手を休めてモラクの所に集まって休憩をと
るようになった。サクというこの作業に初めて参
加する若い男がみんなに訴えかけるように話し始
めた。
「みんなが来るもんだと思っていたけど、来ない
人もいるんだね」
「うん、そうだな、どうしてだろう?」
「ヨンサとスンジが来ないのは何となくわかるけ
ど、ほかの人が来ないのは」
「だって、やつらはカンリの家ばっかりに出は入
りしてるじゃないか」
「米を配ったり色いろ仕事を任せられているみた
いだな」「でもそれは言い訳にはならない、これ
は村全体のみんなのための仕事だから」
「やつらはあの白い米汁を飲みたいだけなんだよ」
「やつら変ったよな、米を配るたびにだんだん偉
そうになっているんだよ。ちゃんと並べとか、邪
魔だからどけとか、怒鳴ったりするんだよな、そ
れでだな、この前年取った誰だか頭を下げていた
けど、なんでオレたちが作った米をもらうのに頭
を下げなければならないんだ」
「そうだそうだ」
「そんでも今日来てないのはヨンサとスンジがだ
けではないよな、他にも何人かいるよ」
「そうだよな」
「、、、、」

 モラクはみんなの話を聞きながらなんとなく村
が変わってきたような気がしたが、なぜなのかは、
その理由は判らなかった。

 それからしばらくして今年最初の狩りがおこな
われることになった。それはこの村のすべての人
にとって待ち焦がれたものである。過酷な冬を経
て、春のまばゆい陽光のもとで萌ゆる若草や木々
の若葉に囲まれて、山を走りまわりながら獲物を
狩り、そしてそれを広場に集まった村人たちに配
るときの賑わいは祭りのような活気と喜びを村全
体にもたらしてくれるからである。だが去年より
も男たちの集りが悪かった。それでもモラクたち
は狩りに出かけた。狩りは人数が少なくなってい
ても順調に進んだ。そして昼頃作戦の打ち合わせ
を兼ねた休憩に入った。みんなでの打ち合わせが
済んだころ、狩りのとき常に先頭に立って走りま
わるムサが不満そうに語気を強めながら話始めた。
「このあいだ面白くないことがあったんだよ。ど
うしても納得できなくて腹が立ってしょうがなか
ったよ。オレとサクがカンリの建物に行ったんだ
よ。いつものようにな、天気が良かったからな、
何となくな、子どもたちがいるからな、何やって
んだろうかななんて思ってさ、のんびりとぶらぶ
らって歩いて行ったんだよ。そしたら見たことも
ないような男が二人出てきて、勝手に入ってくん
なっていうんだよ。なに訳の判らないことを言っ
てんだと思って奴らを押しのけて歩いていると、
さらに五六人の男が手に長い棒を持って現れて、
その棒の先をでオレたちをに向けてつっつくよう
にして帰れっていうんだよ、何するんだよって思
って前に進もうとするんだけど、やつら本気で突
っつくんだよ。もうそれで仕方なく出てきたんだ
けど、本当に腹が立ったよ。なんでオレたちはあ
そこに入ってはいけないんだ。みんなのため、こ
の村のためということで、みんなで木を切って力
を合わせて建てたんじゃないのか、あれはみんな
のものこの村のものじゃないのか。いま思い返す
だけでもほんとに腹がたつよ」
 本来ならムサの言葉に同調するかのように不満
の声が上がってもよさそうなものだったが、他の
者たちはなぜかみんなうつむいて聞いていた。そ
の様子にモラクは何とも言えないものを感じてい
たが、なぜみんながそのような態度をとるのかは
っきりとした原因は判らなかった。でも何かが今
この村で変わっているような気がした。

 それから五日後、モラクは自分の畑に向かって
るいるとミウマの家族に出会った。彼らは普段と
は違い家族みんなで畑仕事をしているようだった。
 モラクはミウマに声をかける。
「よう精が出ますね」
「やあ、どうも」
「きょうは家族そろって」
「爺も婆もまだまだやれるって」
「それに二人の娘さんも」
「ああ、今日はなんだか調子がいいっていうもん
でね」
「じゃあハカが行って何よりだね」
「いやあ、ハカが行かなくたっていいんだ、二
人がこんないい日に外に出て楽しそうにしてい
るだけでいいんだ、さあ、ミルにマル、モラク
アニィに挨拶して」
するとミルとマルの二人は恥ずかしそうにモラ
クの方に顔をむけるだけだったが、モラクにと
ってはそれで十分で
「ハラッこんにちは」
と返した。
 別れ際モラクはミウマに言う。
「いつでも何でもいいから話してな」
「はあ、わるいね、ありがたい」
「それじゃあ、ミル、マル、またね」

 その日の夕方、モラクが畑仕事をやめて家に
向かって歩いているとサクが走って現れた。そ
して息を切らしながら話し出した。
「ムサとクラが捕まった、カンリに、いまカン
リの建物に閉じ込められている、悪さしたんだ
って、建物を壊して米をもっていこうとしたん
だって、ものを盗むという、とっても悪いこと
をしようとしたんだって」
 それを聞いてモラクは頭を抱えた。本当は何
が起こっているか正確につかめなかったからだ。
 そのときこの村で最長老とされるトマラがや
ってきて話し始めた。
「ムサとクラはオレたちが作ったものはオレた
ちのものだといって、暗くなってから忍び込ん
で、倉庫の扉をこじ開けて、こっそりと米を持
ち出そうとしたみたいだ。そのときのもの音を
聞きつけたにカンリの建物の者が大勢現れてム
サとクラを押さえ込んで、シカやイノシシを捕
らえたときのように縄でしばりあげたようだ。
それで今はカンリの建物のどっかの部屋に閉じ
込められいるみたいだ」
「獲物を縛るようにされるほど、ムサとクラは
何か悪いことをやったんだろうか?」
「そうなんだよ、それで、今その帰り道なんだ
けど、行ってきたんだよカンリの建物に、それ
でカンリに会って言ったんだよ。なにもそんな
に悪いことをしていないんだから、今すぐにで
も放してけろってね。でも奴らは聞かない、大
事な建物を壊したり、ものを盗もうとするのは、
とっても悪いことだ、地獄にも落ちるような悪
いことだ、絶対に許すことのできないハンザイ
だっていうんだよ」
「ハンザイ? 自分たちが作ったものを自分たち
のものにすることがどうして悪いことなんだろ
う?よく判らない。まあ、みんなの物をだれに
も断らずに自分だけの物するのはあまりいいこ
とではないような気がするけどね。壊れたとこ
ろは直せばいいじゃないか、それもオレたちみ
んなで作ったものではないか」「とにかく早い
うちにまた行って二人を放すように言ってみる
よ」

 忙しい春の農作業の合間に行われたトマラの
再三にわたる懇願もカンリには通用しなかった。
 やがてある噂が、春先の小鳥たちの鳴き声の
ようにあっという間に村内に広まり、モラクも
いち早くそれを聞きつけた。その内容は、米小
屋を囲むように、カンリの建物とつながった木
の柵が、カンリの建物の壁と同じような長い丸
太で作られ、そしてそこに出は入りするための
門がもうけられ、その門も厚い板で頑丈に作ら
れているということだった。

 次の日、村の男たちはこれからのことを話し
合うためにモラクの小屋に集まった。
 何か物言いたげな男たちのざわつきが静まっ
たころサクがみんなに話しかけるように言った。
「いつ作ったんだろう」
「ちょっと前だってな」
「あっというまだったな」
「なんか見たこともない奴いっぱい来てたよ」
「あんなもの作られると入りずらいな、今まで
自由に出入りしてたのに」
「もうだいぶ前から出来なくなっていたよ」
「こどもたちはどうするんだ」
「あそこに入るときは深く頭を下げるんだって、
そして教えを受けるときはみんなでそろって手
を地面について頭を下げるんだって」
「そんだら、これからはオレたちもあそこに入
るときは頭を下げなけれならんのか」
「そうしろというなら、そうしなければいけな
いのかな」
「だったら米もらうときもそうするのか」
「オレたちのものをもらうのに何で頭を下げる
んだ」
「ヨンサとスンジに頭を下げるのはオレは何と
なくやだな」
「いやいや、みんなちょっとまてよ。今日みん
なが集まったのは、ムサとクラをどうするかだ
ろう。トマラ爺が何度も頼んでるみたいだけど
頑として受け付けないみたいなんだ」
「そんなに悪いことをしたんなら、仕方がない
ような気もするしな」
「オレはそんなに悪いことをしたとは思ってな
い、もともと米はオレたちのものだろう」
「そもそもあれが悪いことだって誰が決めたん
だ。オレたちではないよな。奴らが勝手に決め
たことだよな。そんなことにオレたちが従うこ
とはないよな」
「二人がやったことはハンザイっていうみたい
なんだ」
「助け出すか」
「どうやって?」
「夜に見つからないように忍び込んで」
「もし見つかったら?」
「もう無理やり」
「やっつけるしかないよ」
「、、、、、」
「なあ、みんなもう少し様子見ようか」
 そのモラクの最後の言葉にみんなの動揺も収
まったようだった。

 米が配給される日、村人は朝からカンリの家
の閉じられた門の前に集まっていた。
 太陽がかなり高く上ったころ、ようやくその
頑丈な門が人がやっと通れるくらいに開けられ
ると、いつもと違うカンリが出てきて話し出し
た。
「今度からは名前と家族の人数を言ってから入
るように、それから今日に限らずこれからいい
つでも我らがトリデに入るときはここにいる門
番に名前を言って許可をもらうように」そのと
き誰かが低い声でつぶやいた。「トリデ?ここ
はトリデっていうのか、門番ってなんだ?」そ
のときにさらに数名の男たちが出てきた。そし
て門の前に並んだ。男たちはみんな木の長い棒
を持っていた。村人たちはみなこわばった表情
をしてカンリの言うことに従った。モラクもそ
うすることに疑問を抱きながらも従った。米小
屋の前にはヨンサとスンジが立っていた。そこ
にも数名の手に棒を持った男たちが立っていた。
入ってきた村人に向かいヨンサが大声で言った。
「おい、早くきちんと並ぶように。それから名
前と家族の人数を言うように」
最初にコメをもらう村人がどうしたのかいつも
より深く頭を下げた。そしてそれに続く者もみ
んな頭を深く下げるようになった。モラクもみ
んなに連れらるようになんとなくそうした。で
も今日突然始まりそして訳もなく深く頭を下げ
る行為が村人たちに押し付けられたような気が
してわだかまりとして残り続けた。
 最長老のトマラの再三の要請にもかかわらず
ムサとクラは解放されることはなかった。

 後日村人たちは再びモラクの小屋に集まりム
サとクラをどうするかについて話し合った。で
も結論は出なかった。

 やがて、ムサとクラの解放交渉に行っていた
最長老のトマラが門番に打ち据えられたという
噂が流れた。そしてそのあとを追うように、米
の配給日以外は、そして子どもたち以外は、村
人のだれであってもトリデ内には立ち入ること
を禁止するということが伝えられた。
 それを聞いた村の男たちは時を置かずモラク
の小屋に集まった。
 集まった男たちはみな興奮していて何かを言
いたげな表情だった。唐突に誰かが語気強く話
し始めた。
「なんか変だ」
「うん、変だ」
「村は変わったな」
「うん、変わった」
「あいつらが来る前はこんなんじゃなかった、
みんなで村を良くしようといってたのに、どこ
がよくなったんだよ」
「子どもたちも変わったな」
「うん、変わった、みんなで集まって遊ばなく
なったな、仕事も手伝わなくなったしな」
「みんなトリデに行ったきりだよ」
「トリデ?」
「うん、トリデ、塩を売って歩く人に聞いたん
だけど、あういう建物は、南の方ではトリデっ
ていうみたいだ、悪い奴らの攻撃から身を守る
ためあるみたいだ」
「ふうん、悪いやつらね」
「それで、あそこで何やってんだろう?」
「何やってんだかさっぱりわからねえ」
「ムサとクラ、そろそろ出してやんないとな、
狭いところに閉じこめられて、何されてるかわ
かんないぞ」
「オレだったら頭がおかしくなっちまうな」
「向こうが出さないというなら、こっちだ助け
てやるしかないな」
「どうして助ける?」
「そりゃあ無理やりだべ、やつらが無理やり閉
じ込めているんだから、こっちも無理やりやる
しかないだろう」
「そりゃあそうだな」
「まずは、暗くなったら、あの頑丈な門をマサ
カリで壊して、それから二人が閉じ込められて
いる部屋の扉を壊して、ムサとクラと助け出す
んだよ」
「カンリの奴らが邪魔したら、邪魔させない
ようにやっつけるさ、やつらみたいに木の棒
かなんかでな、ちょうどいいのがあるよ、狩
りに使うやつ、獲物のとどめを刺すときに使
うやつでいいよ、そんなのをみんなで持って
いって、やつらを脅してに邪魔をさせないよ
うにするんだよ、そうすればきっとうまくい
くよ」
「うん、うまくいく、うまくいく」
「それならついでに、米小屋から米を持って
来ようよ、もともとあれはオレたちが作った
ものだから、オレたちのものだからだれも文
句は言えないさ」
「今まではさ、どうも奴らに腹が立っていた
んだよ、偉そうにして、怒鳴ったりしてさ」
「これからはもう何も言わせない」
「それでいつにしよう」
「なるべく早い方がいい、なんでなら、今日
も来てないけど、ヨンサとスンジ、あいつら
信用できない、オレたちの計画をばらすかも
しれないから」
「夜がいい、昼間は門のところに人が棒をも
って立っているから」
「うん、そうだな、でもできるだけ暗い夜に
しよう」

 その言葉を最後にみんな押し黙ってしまっ
た。それは男たちの決意の固さを示している
かのようだった。

 翌日の夜は暗かった。そしてモラクたちの
計画はただちに決行されることになった。

村の男たちはトリデの見える森に集まった。
その手にはみんな、マサカリや獲物をしとめ
るヤリや先のとがった木の棒などを持ってい
た。やがて男たちは静かに門の前に進むと勢
いよく扉を壊してトリデ内になだれ込んだ。
ほどなくトリデ内は激しい破壊音や怒号が飛
び交い、狂気と殺気に支配された大混乱に陥
った。だがそれも束の間すぐに村の男たちの
激しい息づかいだけがひびき渡るような異様
な静けさを取り戻した。モラクたちはみなカ
ンリたちが逃げ去ったことを悟った。やがて
どこからか炎が上がった。モラクたちは急い
でムサとクラが閉じ込められている部屋の扉
を壊して彼らを救出したのち、米倉庫も破壊
して米を運び出し始めた。モラクたちは奪い
返した米を背負いながらそれぞれの小屋に帰
っていった。その背後では、炎をたかだかと
夜空にあげながらトリデが燃え盛っていた。
だがだれも晴れ晴れとした表情を見せる者は
いなかった。

 その後村は、だれもトリデやカンリたちの
話をするものはなく、平穏な日々が続いてい
た。だがそれは表向きの話で、決起に参加し
て男たちはみな、まだ何も解決していない、
きっと何かが起こる、このままではすむわけ
はないと不安な気持ちで毎日を過ごしていた。

 そしてその不安の予想は当たった。夏の始
まりのころ、深夜モラクの村にたいまつを手
にかざした百数十人の男たちが現れた。男た
ちはみな全身を鎧でおおい、それぞれの手に
は人間を殺傷するに十分なほどの長い刃物を
持っていた。その男たちは村の端から村人の
小屋を包囲して、そこに住む大人の男を縄で
縛って捕まえ始めた。そのときの不穏な物音
はたちまち村内にひびきわたり、それを聞き
つけたほかの男たちは何が起こっているかを
察して近くの森に逃げた。やがて逃げた男た
ちはモラクのもとに集まった。それぞれの家
から逃げるとき武器らしきものを持って出て
くるものもあったがほとんどは手ぶらであっ
た。そして彼らとどのようにして戦うかを話
し合った。ある者は木を切って更なる武器を
作って戦おうと言った。だがこれを聞いて、
逃げるときに、現れた男たちのその人数や、
彼らの身に付けている鎧や手に持っている鋭
い武器を見た者が、こん棒などでは到底太刀
打ちできるものではないというと、他のもの
はみな黙って下を向いてしまった。そのうち
に村の方から火の手が上がった。モラクたち
はこれは彼らが仕返しとして小屋を焼いてい
るに違いないと誰もが悟った。 モラクたち
は何ら解決の方法を見いだせないまま森に潜
み続けた。そして毎日のように火の手が村の
方から上がっていた。
 そんなときヨンサとスンジがモラクたちの
が潜む森にやってきた。それは向こう側の言
い分を伝えるものだった。その内容は、もし
首謀者を差し出せば、他のことは罪に問うこ
となくすべてのことを許すというものだった。
そしてヨンサとスンジは、もし出向くときは
絶対に武器などは持ってこないようにとも付
け加えた。
 ヨンサとスンジが帰った後モラクはみんな
と話し合おうとしたのだったが、みんな押し
黙ったままだった。そんな様子を見ながら、
モラクはどう見ても首謀者は自分である自分
しかいないということに気付いた。

 その日の夕方、モラクたちはカンリのもと
に出向いた。
 そして武装して待ち受けるカンリたちのも
とに近づくと、モラクだけが前に歩み出て、
自分がみんなのまとめ役であることを告げた。
すると数名の武装した男たちが進み出てきて
モラクを縄でしばった。
 やがてカンリが現れ、これからモラクをミ
ヤコというところにに連れていき裁きを受け
させると述べると、武装者たちがモラクを引
き立てるように連れて行った。


 ヤホムの住む南方の町の通りではモラクを
引き連れる武装者たちの行列が通っている。
それを見ていた人びとの間に様々なうわさが
飛び交った。ある者は囚人がカゴをかぶせら
れているのは怖ろしい鬼の顔を見せないため
だと言い、またある者はカゴの破れた隙間か
ら角を見たといい、それを聞く者は皆驚いた
ように眼を見張った。ヤホムは長く立ち話を
続ける男たちに耳を傾けた。
「これからミヤコに連れていき裁きを受けさ
せるみたいだ」
「人を殺したっていうからな」
「それもカンリをな」
「それじゃあ決まりだな」
「うん、そうだな」
「それだけじゃない、
トリデに火を放ったり、米蔵を壊して米を盗
んだみたいなんだな」
「それじゃますます決
まりだな、死罪だな、トリデに火を放ったっ
てことは、謀反みたいなもんだからな、謀反
なら死罪に決まっているからな」


 落胆の思いで家に帰ったヤホムはヤヨイに
訊ねた。
「ミヤコってどこにあるの?」
「ここから西に三日ほど行ったところ。私は
まだ行ったことがないんだけど、人に聞くと
ころによると、そこにはここよりもたくさん
の人たちがそれも様々な仕事をする住んでい
て、町ももここよりも大きくてにぎやかで華
やかななところだそうよ。それからダイホン
ブと呼ばれる大きな建物があって、そこには
たくさんのカンリや青や赤やいろいろな服を
着たジュシやキョウシ、それにダイカンリと
かダイキョウシとかダイキョウシュとかって
呼ばれるとても偉い人たちがたくさん住んで
いるみたいよ、そうそう住む建物は違うみた
いだけど、そこにはオウ様と呼ばれる人も住
んで居るみたいよ」

 数日後ヤホムはミヤコへと旅立った。どう
しても捕らわれたモラクのことが心配になり
居てもたってもいられなかったからだ。
 三日後ヤホムはミヤコについた。
 その背後に岩石の露出する険しい山並みを
いだいたミヤコの町はさすがに大きかった。
大陸に育ちや現代の大都市の風景に見慣れた
ヤホムではあったが、初めて見るミヤコの町
にヤホムはこれほどまでに発展していたのか
と少し圧倒される思いであった。
 ヤホムは少し町を散策することにした。街
を歩く人たちの服装を見ているとかなり大陸
の影響を受けている気がした。それは秘かな
がら大規模に大陸との交易がおこなわれてい
ることを意味しており、またその仲介を果た
している者が、自分と同じように密入者とし
て、この島に相当数入り込んでいることを意
味していた。ヤヨイたちの住む地方の町に比
べてほとんど子供たちの姿は見かけなかった
が、用事もなさそうにぶらぶらしている大人
たちの姿がよく眼についた。

 ヤホムは道すがら歩いている人に訊ねなが
らダイホンブへと向かった。ダイホンブは町
の北側に位置しておりその険しい山並みのふ
もとにあった。
 ダイホンブは木と土壁でできていたが、そ
の重厚さと威圧感は人びとに畏敬の念を抱か
せるに十分な大きさと広さを持っていた。ヤ
ホムはさらに人に訊ねながら、オウ様の住む
建物へと歩を進めた。それはダイホンブの北
側の山道を少し上ったところにあった。オウ
様の住む建物はダイホンブほど大きくはなか
ったが少し豪奢な感じがした。
 ほどなくしてヤホムは帰りの山道を下り人
影の多い通りに出た。そして地面に座り込ん
で何やら話し込んでいる男たちに訊ねた。
「みんなはオウ様を知っている」
「もちろん知ってるよ」
「この町で知らない人はいないよ。毎日のよ
うにみんなで話題にするくらいだから」
「どんな人?」
「どんな人って、いい人だよ、なあ」
「ひとじゃないな、人を超えた人、ダイキョ
ウシュ様ほどじゃないけど、とっても立派な
人」
「これをくれるんだよ」
といって、その男は懐から何かをとりだすと、
その手を広げて持っているものをヤホムに見
せた。それは丸く平たい金属だった。ヤホム
は記憶をたどりながら考えた。そしてそれは
大昔に使われていたオカネだということが判
った。
「それはオカネだね」
「オカネっていうのか。オウ様はこれをくれ
るんだよ。オウ様の命令でキュウデンとか道
とか水路とかを作るのを手伝うと、これをみ
んなにくれるんだよ、これはいいもんだよ、
これを持っていくと何かに交換してくれるん
だよ、食べ物とか着るものとか」
「ガッコウとかも作って、そこに子どもたち
を集めていろいろなことを教えてくれるんだ
よ」
「ついでに身寄りのないのいない子供たちも
面倒見てくれるんだよ、ありがたいっていう
か、とにかくオウ様って偉い人だね」
 ヤホムはさらに訊ねた。
「この間、ザイニンが連れてこられたけどそ
の人どこに連れていかれたんだろうね」
「ああ、蛮人ね、角が生えているっていう鬼
ね」
「砦に火をつけて管理を殺したっていう謀反
人ね、やつダイホンブのどこかじゃない、ケ
モノのように頑丈なオリにでも閉じ込められ
ているんじゃないか」
「どうなるんだろうね」
とヤホムがたずねると
「決まってるじゃない、死罪だよ、みんなか
ら慕われ尊敬されているオウ様が治めている
このクニにたてついたんだから」
「ところであんたはどこから来たの?どう見
てもこの辺の人のような感じしないね」
「ああ、私はここから東の方に三日ほど行っ
たところから来たものです」
「やっぱりねそうか、東のザイゴから来たの
か」
「それならいいけど、でもあんまり根掘り葉掘
り聞かない方がいいと思うよ。海の向こうの遠
いクニからきて、このクニの様子をうかがって
宝物を盗もうとする悪人に疑われるよ。つい最
近も二人の盗人が捕まったみたいだ。すぐに死
罪に決まったみたいだけど」
 ヤホムがたずねる。
「それで悪いことをした人の裁きはどこで行わ
れるのかな」
「ダイホンブで」
「みんなも見ることはできるんですか?」
「もちろんできるよ。ダイホンブの西門が開か
れるから、そこからはいって」
「その日はいつ判るの?」
「前の日に町のみんなに知らされるから、たち
まち町の噂になるから、そのことを知らないな
い人なんてどこにもいないくらいによ」


 彼らと別れた後、ヤホムはそのまま町の周辺
へと足を伸ばした。
 平らなところは水田、傾斜地は畑、そしてそ
の周りを森と雑木林が取り囲んでいる風景は、
この島の他のどの地方とも、それほど変わって
いなかったが、それぞれの民家が散在している
様子は少し趣が違っていた。もうほとんど稲の
刈り取りは済んでいた。
 ヤホムがひときわ大きな民家の前を通りかか
ると、大勢の人たちの集まりが眼に入ってきた。
ヤホムは立ち寄ることにした。村人たちの前に
立って何やら話している男がいた。その身なり
からしてダイホンブから派遣されたカンリに違
いなかった。ヤホムは耳を傾けた。
「、、、、皆さんの大変な頑張りで今年も大豊
作となりました。それで今年は皆さん取り分は
指六本ということになります。それから皆さん
にお願いがあります。もし余裕があれば皆さん
にはどんどん開墾していただき、できれば今あ
る畑を田んぼにしていただくことを大いに進め
たいと思います。でも今から話すことはお勧め
ではなく皆さんがぜひともやらなければならな
いことです。もし皆さんが新しく開墾するとき
は、それを私のところに届けなければならない
ということです。それからこれは最も大事なこ
となのですが、もし土を掘っていてそこから何
か見たことがないものとか、金目のものとか、
そんな物が出てきたらすぐにそれを私のところ
に届け出てください。もし自分のものにしたら
みなさんは罰せられます。それらはもともとこ
のクニ、オウクニにあったものですから、オウ
クニのもの、つまり皆さんのものなのですから
勝手に自分だけのものにすることはできないか
らです。その行為はとっても悪いことなのです
から、、、、」
 ヤホムはみんなから少し離れたところにいる
男に近づき少し小声で訊ねた。
「指六本ってどういうこと」
 男はヤホムにいぶかしそうに眼をむけたあと、
両手を広げ指十本を示すと、それを六本にして
示しながら言った。「これがオレたちの取り分」
 ヤホムはとっさに指四本を示しながら言った。
「少し多くないか」「うん、でもお世話になっ
ているから、それに昔からの決まりみたいだか
ら、その昔に、なぜかこの村の周りから生き物
がいなくなって食うものがなくて大変だったこ
ろ、あの人たちの先祖がこの村を通りかかり、
そのときに米作りを教えてくれたらしいんだよ。
いまだって町の方から男たちが来て水路を作っ
たりしてくれるからね。ちょっと前まではオレ
たちがみんなで作っていたんだけどね」


       第三部に続く




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