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    夢の始まり(最終章)



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          狩宇無梨





   ラクル
「私たち夫婦は生きるためには本当に何が
必要か、とにく必要でないものには眼もく
れず、ただひたすらそれだけを求めて働
いてきました。でもそれだけで十分に楽し
く幸せでした。ときにはあまりの幸せに、
もしかしたら私たち夫婦は特別なもの、な
にかに選ばれた特別な男女かも知れないと
思うほどでした」
   イサム
「ミヨンさんとはどのようにして知り合っ
たのですか?」
   ラクル
「どのようにですか、とてもむずかしいで
すね。ええ、まあ、とにかくこれから話す
ことはおとぎ話と思って聞いてください。
はるか、はるか大昔のほとんどの人々が農
を営みながら生活をしていたころです。当
時私は高名な尊師に従い修行者として旅を
していました。そして訳あって人里離れた
森で身寄りもなく清貧な暮らしを続けてい
るミヨンに出会いました。私たちはとても
親しくなりました。でも私は尊師の最後の
旅に付き従わなくてはならなくなりました。
そして旅に出る朝に私は使いのものに、ミ
ヨン宛の伝言を託しました。『生まれかわ
ったら結婚しよう』と。その日から途方も
ない歳月が過ぎました。そして今この時代
でようやく巡り合えたのです。それはよう
やく許されてということなのでしょうか、
それまでは何度かその機会はあったような
のです、何度も生まれ変わったのですから、
でもそれはなぜか叶わなかったみたいです、
何らかの事情でそれはふさわしくないとみ
られたためのなのでしょうか、そうですか、
そうですね、なぜそのときに結婚を申し込
まなかったということですが、それは私は
そのとき尊師の最後の旅に付き添うことが
私の最大の使命と考えていましたから、そ
れにミヨンはそのとき私よりも二十歳以上
も年上でしたから」
   イサム
「まさにおとぎ話ですね、現実に起こって
いることとはとても思えませんから」
   ラクル
「いいえ、かまいませんよ、私にとっても
とても不思議なことですから、私もときお
りこれは夢なのかなと思うときもあります、
たしかに夢なのですが」

 家に戻ってきた二人はなおも話し続ける。

   イサム
「最後の世界大戦が終わってから、すでに
何万年もたつから、もう世界は平和になっ
て、みんな幸せに暮らしているんだろうと
思いがちだが、そうでもないんだ。私はこ
うして世界を旅しているんだが、いまだに
犯罪やトラブルや多くの人を巻き込んだ紛
争は地球上のいたるところで起こっている。
なぜなんだろうと考えさせられる。それか
ら都市というものは決して不滅ではないと
いうことが判ってきた。というのも結構の
数の都市が今でも衰退している。それが紛
争の遠因でもあるのだが、人々がどんなに
知恵を絞って再興をはかろうとしても、衰
退を止めることはできていないんだ。それ
で今では廃墟寸前の都市はいくらでもある
んだよね。人間が殺しあう戦争もなくなり、
今ではすべての人々が幸せになることが沢
山の国際機関の理想として掲げられ、それ
が全世界の人たちの願いであり目的である
のに、なぜそうなんだろうと、とても考え
させられるんだよ。
 現代は前の世界大戦からだいぶ時間がた
っていて、それなりに平和を保っているみ
たいだけれど、でも、どの大戦のときでも
そうだったが、終戦になるといつも、これ
で世界はもう二度と戦争を起こすことなく、
誰もが幸せに暮らせるような"永遠の平和"
が訪れるだろうと思っていた。
とくに"第四紀元(破局)"に起きた最も悲惨
といわれる前の大戦が終わったときには、
もうこれで完全に紛争の種はなくなったの
だから、間違いなく世界には永遠の平和が
訪れるだろうと、すべてのものが祈るよう
な気持ちで思ったみたいだ。でもどうもそ
のような"永遠の平和"にはまだなってはい
ないみたいだ。
これから世界がより良き平和へと向かって
いくのか、それともまた世界大戦へと向か
うのか、私にはよく判らない。というのも
過去のいくつかの大戦ときでも、その大戦
が終わっても平和が続くことはなく、再び
大戦が起こってる、それは人々が平和が続
くことへの努力を怠ったわけでもないのに、
そうなったんだからね。そもそもなぜ人間
は人類を滅亡の危機に陥れるような世界大
戦の愚行に走ったのだろうかということに
なるのだが、
まず最初の大戦とき、"西暦(混乱)"頃に起
こった世界大戦だが、その原因は地球を二
分した体制の違いだった。
その大戦が終わったとき誰もが永久の平和
が来ると思っていた。でも来なかった。
なぜなら新たな問題が表面化した。それは
人種と民族の違いだった。そのために再び
世界大戦がはじまり、そしてそれらの問題
が解決されるかのような形で戦争は終わっ
た。その大戦が終わったときも誰もが永久
の平和が来ると思っていた。でも来なかっ
た。そしてその後また新たな問題が起こり
再び大戦になった。それは宗教の違いだっ
た。そしてやがてその問題が解決されるか
のようにその大戦も終了した。
そして現在。何もかも解決したかのように
見えるが、先ほど言ったようにいたるとこ
ろで紛争やもめごとが起こっている。もち
ろん過去の大戦から教訓を得て、もう二度
と世界大戦が起こらないように創設された
沢山の国際機関の監視によって戦争が起こ
らないようになっているが、でも、そもそ
もなぜそういう人間同士のトラブルや争い
ごとが減らないのか、私は旅を続けながら
ずっと考えていたんですよ、そうしたら最
近ようやくその理由が判ってきたというか。
この"第七紀元(希望)"という現代というのは、
過去の幾度の世界大戦での悲惨な結果から
たくさんの教訓を学んで、人類はようやく
地球が最も隆盛を極めていた"西暦(混乱)"
のころのような繁栄を取り戻して来ている
ので、あとはすべての人間が長年追い求め
てきた夢"永遠の平和"と"すべての人が幸せ
になる"という夢を実現するだけだというこ
とになったのだが、でも現在ちっともその
方向には進んでいないような気もする。
そもそも戦争なんていうのは大昔から行わ
れいていたことで、でもそれが人類を滅亡
の危機に陥れるようなことにはなっていな
かった。なぜならその頃の戦争というもの
は、結果的にはそうなったのにすぎないが、
決して人間を殺すことが目的ではなく、自
分たちのものにしたい土地から邪魔者であ
る先住者を追い出して、そこを自分たちで
領有したいがために起こったもので、もし
そこから邪魔者がいなくなれば、または先
住者が奴隷になることを選択すれば、戦争
は起こらないらないわけで、もし先住者が
侵略者に屈したくないと思ったり、それに
もし先住者がそこを離れてどこかへ逃げる
場所がないならば、やむを得ず戦わざるを得
なくなり、お互いに殺しあわなければなら
なくなるのである。要するに殺し合いで勝
ったほうが相手を排除できるのである。
 つまり大昔の人たちには常に次のような
三つの選択肢、戦うか、逃げるか、服従す
るかの選択肢があったので、その頃の戦争
というのは、敵対者をこの地球から完全に
排除しようとしてを相手を皆殺しにしよう
とする大量殺戮の必要はないので、人類を
滅亡の危機に陥れるような大戦争に決して
なることはなく、地域的な戦いにとどまっ
ていたのである。
だから考えようによっては大戦争というの
は、人間に逃げ場が亡くなったから、つま
り地球上いたるところに人間が住むように
なったから起こったと言えるかもしれない
ですね。裏を返せば、もしかすると、現代
そのような戦争が起こらないのは、人間の
叡智とか人道主義の勝利とかいうよりも、
かつて世界大戦が起こった時のように人間
の数が地球上に満ちるほど多くなく、何か
あったらいつでも逃げる場所があるからか
もしれないね。
今は再び大戦争が起こるような気配はない
けど、でも小さな集団同士のトラブルはい
っぱいあるよ、どうも人間からは闘争心は
なくならないみたいだよ。それに集団とも
なると、どうしても武器を集めて戦いたく
なるみたいだよ。もちろん地球監視局は、
すぐそのような動きを察知して未然に防い
でいるけどね。そういう集団っていうか、
そういう集団に属する人間に共通している
心理っていうのは、みんな似ているんだよ
ね。もしいざ戦いということになったら、
はっきりと勝ち負けが付かなくとも、少な
くともに負けたくはない、そのためには少
しでも相手を上まわるような武器を準備し
ていたい、そうしないと安心はできないか
ら。でもそこでさらに思う、もしできるな
ら絶対に勝てるほどの武器を持ちたい、そ
うすれば確実に安心できるだろうと。でも
それで、心から安心できるかというと、そ
うではない、人間が本当に心から安心でき
るのは、それは相手を殴っても、相手は決
して殴り返さない、いや殴り返せないとい
う状況をつくることだと思っている、それ
が彼らにとっては究極の安全保障と思って
いるのである」
   ラクル
「まだ紛争の火種は残っていると?」
   イサム
「いや残っていたというより、新しく生ま
れてきたというか、目立ち始めてきたとい
うか、それは人間の本質にかかわることな
ので、もともと潜伏していたといってもい
いのかもしれない。世界大戦が終わると、
例のごとく生き残った人々は集まり、そし
て都市ができ、やがて地球上にできたその
ようなたくさんの都市同士の協力によって
世界は再び繁栄するようになった。そして
都市に住む人たちは人類の長年の夢"永遠の
平和"と"すべての人が幸せになる"という夢
を究極の善としてその実現に情熱を傾けた。
当初はその理想通りに進んでいた。だがや
がて人々は"なんかおかしい、なんか社会が
ぎくしゃくしている"と感じるようになった。
その最大の原因は人々が目指した理想にあっ
たのです。平和は良いとしても、すべての人
が幸せになるという理想に問題があったのです。
その理想を実現するためには、たくさんの規則
や約束事が必要となりました。なぜなら、色ん
な個人差のある人々がみんな同じように幸せに
なるためには、様々な配慮が必要だったからです。
でもその行き過ぎた規則は人間が本来持ってい
る自由や人間性を抑圧するようにしか働きま
せんでした。やがてそのうちに規則によって
自由を奪われたと感じるようになった人間は、
今では当たり前になっていますが、都市を離
れて、もともとそこに住んでいた人たちと合
流したり、自分で新しく開拓したり、あなた
のようにね、大昔のような生活をするように
なりました。やがてそのような傾向は時代と
ともにどんどん高まっていきました。そして
それ以前と比べて都市もかなり多様化しより
流動的になっていきました。でもその結果が、
現在あちこちで起こっている問題、古い都市
は衰えその半面新しい都市が起こっていると
いうこと。そりゃあそうだろうね。何か新し
いことをやろうとしたとき、何か面倒な規制
があったとしたら、そんなもので縛られたく
ないと自由な人間ならだれも考えますよ。そ
もそも、それはすでに太古の地球で、たくさ
んの文明の盛衰ということで、行われていた
ことでもあるからね。どうやらそれは人類が
たどりついた最高の知恵の現われのようだね。
つまり歳月とともに、何らかの理由で行き詰
った、その行き詰まりというのは、ほとんど
がその都市が発展してきた根拠にもなってい
たものだが、それが今では発展どころが、存
続さえも阻害するようになっているため、そ
こでその弊害を除去するために、多くの法律
で人々の行動を縛ったり管理したりして、何
とか存続しようと試みるのであるが、本来人
間は自由である。誰もがそんな規則に縛られ
ないで自由に活動したいと思っている、その
ような思いが、老いていく都市を維持するた
めの規則や管理よりも、人間の本質である自
由が、自由に活動できることが最終的には勝
利を収めることになるのである。
 だから現代あちこちで起こっている紛争や
軋轢というのは、そういう都市が新興の都市
をライバル視するあまり、これ以上衰亡した
くないという焦りや足掻きから生じているか
もしれませんね。でもその解決策はもうすで
に出来ているので、それほど心配のないこと
かもしれない。
 私は最近、自分が感じたことや考えたこと
は必ずしも正しいとは限らないと思うように
なってきている。でも私たち人間は相変わら
ず自分が感じたこと考えたことはいつでも正
しいと思っている。もしかしたらそこら辺に、
いまもって人間同士が憎しみ相争う根本原因
があるのかもしれない。そう考えると、私た
ち人間は最終的には、人間の本質であるその
絶対的自由と、物質存在としての自然の合理
性に任せたほうがいいような気がしている。
もしかしたらそれが人類社会を進化発展させ
る最も合理的な要因かもしれない。
 自然の合理性といえば、今ふと思うことが
あるんだ。大戦によって平和になったという
けど、その本当に理由は戦争によって人間の
数が減ったからではないかとおもんだよ。こ
んな例もあるよ、大昔人間が飢餓で苦しんで
いたとき、周囲のものはそれに手を差し伸べ
たことがあったが、でもその共同体を救った
本当の理由は飢餓そのものだったのですよ。
つまり食べ物がなければ人間は増えることは
できないという自然の合理性が。
 このように食べるものがなければ人間の数
は増えないというのは、その意味では究極の
合理性なのかもしれない。だから私たちは都
市が衰退するは衰退するままに任せて、人類
社会を陰から操っている自然の合理性に身を
任せることが、私たちにとっては最高の善な
のかもしれない。まあそれでも小さな紛争は
なくなることはないと思いますが、でも人類
を滅亡の危機にさらすような大戦争が起こる
ことはこれからはないような気がします」
  ラクル
「そうだといいのですが、とにかく戦争という
ことなると個人は全くの無力ですからね。どん
なに反戦の思いを持っていても何の役にも立ち
ませんからね。私なんかそのこと身にしみて感
じていますからね」
  イサム
「えっ、どんな経験を?」
  ラクル
「ちょっとね、昔っていうか」
  イサム
「戦争の厄介なところは、そのときになると
だれもそれを悪いことだと思わなくなるとこ
ですからね。むしろそれが絶対的に正しいこ
とのようになってしまうというか、正当化さ
れた人殺しというか、本来人殺しというのは
よくないことされていて、悪い人が起こせば
それは犯罪とされるが、戦争はそれとは全く
逆で、後で検証してみると、それはみんない
い人同士の殺し合いということになるみたい
ですよ。ちょっと余談になるけど、大昔にス
ポーツは世界を平和にするといわれたことが
あるけど、それは迷妄に過ぎなかったようで
す。その当時戦争はそれなりの理由で行われ
たようだが、それが長引けば当然資金も武器
も兵士も失われて、戦うことそれ自体に飽き
てくる。できれば休止したいとも思うように
なる。そうなればその理由としてスポーツを
利用したくなるのも当然であろう。だからそ
れはあくまでも戦争の休戦に利用しただけな
のである。その休んでいる間に戦力を増強し
て、今度はやっつけてやろうと、戦意も高ま
るだろうから、再び戦うだけである。だから
実際にはどんなに平和の祭典としてスポーツ
大会が開かれても、その後に戦争がなくなる
ことはなかったみたいですね。ところでほか
に家族は?」
   ラクル
「いますよ、子供が三人、みんな独立して
普通に元気にやってますよ」
   イサム
「それはよかったですね。でも大変だった
でしょう、いつの時代でも子供の教育は
大変だといいますから」
   ラクル
「いや、大変と思ったことはないですね。
みんな自由にさせていました。遊びたいと
き遊び、勉強したいときは勉強、仕事の手
伝いをしたいときは仕事という感じで、
そもそも私たち夫婦には家の仕事で忙し
かったですからそんなにかまっている暇
はなかったですから」
   イサム
「それは最善だと思います。もう言葉から
何かを学ぶ時代は終わったと思います。私
はこれまで子供の教育で悩む親たちを見て
いて思ったことがあるんですよ。もし我が
子に将来より良い生活をさせたいとおもう
なら、特別な教師をつけるほうがいいと、
もし我が子を将来社会の指導者になるよう
人物に育てたいなら特別な教師を複数付け
るほうがいいと、もし我が子を将来歴史に
名を残すように人物に育てたい思うなら本
人がやりたいように自由放任で育てたほう
がいいとね。なんかお子さんたちはみんな
そのように育っているみたいですね」
   ラクル
「いいえ、私たち夫婦は子供たちが普通に
生きていってくれれば、それだけで十分な
んです」
   イサム
「なんか今までの話では喧嘩もないような、
ものすごく夫婦円満のような気がしますが」
   ラクル
「そうですね夫婦喧嘩をしたっていう記憶
は全くないですね」
   イサム
「イライラして当たったことも」
   ラクル
「うまくいかないで苦しんでイライラした
ことはあったと思うが、それで当たったこ
とはないと思います。たとえイライラして
も決してそれを顔に出さないようにしてい
ましたから、それにもしまかり間違って当
たったとしたら、ミヨンはつらく悲しい思
いをするでしょうから、そんな悲しい表情
を見るのは、私にとっては自分のつらさよ
りも百倍つらく感じるでしょうね」
   イサム
「まあ、ようするに幸せだったということ
ですね」
   ラクル
「ええ、私たちはとにかく幸せにならなけ
ればならなかったんです。それが私たちに
与えられた使命のようにね。なぜならその
ために気が遠くなるような年月をかけて準
備してきたんですから、まるでお伽噺のよ
うに、覚めることのない夢のように、それ
が今でもずっと続いているんです。幸せと
なってね。でも私たちの幸せというのはそ
んなに大それたものではないんです。小さ
くて、ささやかで、ごくありふれた、穏や
かな日差しのようなものなんですよ。
この幸せというのは、もう少しで永遠に手
が届きそうなくらいの長い時間をかけて
やっと手にしたものですから、私たちに
とっては、それは永遠の幸せを与えられ
たようなものです」
   イサム
「ラクルの生き方を見ていると、昔流行
っていた宗教のようなものを感じますね。
今は廃れていますが」
   ラクル
「それほど大げさなものではないと思い
ますが。たしかに似てはいますけどね。
とくに色んな宗教のもととなった人たち
の考えにはね。彼らは最初どんなこと
を話して、どんな生き方をしていたかを
見ると、なるほどと思うことがいっぱい
あるんですよね。それが僕の頭のどこか
に残っていて、何かしら影響していると
は思いますが、でもそれでもって、自分
が宗教的だとも全く思いません。そもそ
も宗教というのは、大勢の人たちが集ま
って集団で何かをやることですから、で
も僕の場合は、僕の家族のためだけのも
のですから。それに昔流行っていた宗教
というのは、それを始めたとされる人た
ちは他の人々に、より良い生き方や考え
方を教え諭しているのに、その人たちが
亡くなったのち、その弟子たちによって
実際に行われたことは、その教えが当初
目指していたもの
"誰もが幸せでよりよい人生を送るためには"
とか
"争いごとがなく皆が平和に暮らすためには"
とか、そういうこととは全く違うものに、
例えば、教祖の教えに対する解釈の違いで
弟子たちが言い争いになって分裂したり、
ほかの異なる宗教とは激しく対立するあま
りその政治的な戦争を背後から操ったり支
えたりして、戦争による人殺しを正当化し
たり、はては大量殺戮をもたらした地球最
後の世界大戦の遠因にもなったりしていま
すからね」
   ラクル
「どうして教祖とされる人たちが広めたこ
とと全く違う内容になってしまうんでしょ
うね?」
   イサム
「まあ、簡単に言えば、これはいい教えだ
から、できるだけ多くの人に伝えようと思
ったからなんでしょうが、そしてそれが
どんどん大きく発展していくにしたがって
変質していったんでしょうね。昔流行って
いた宗教には、というか生き残っていった
宗教には様々な共通点があるんですよ。
が、悪いことをすれば地獄に落ちるとか、
信者から小銭を巻き上げるシステムが確立
しているとか、人殺しを正当化するとか、
自分たちの言うことを聞かなければ地獄に
落ちると言って脅かすとか、時の政治権力
を欲しがらないまでも、その権力に限りな
く寄り添うとかね、このようにやっていれ
ばほとんどの宗教は生き残り、より多くの
信者を獲得して発展していったみたいだね。
逆にこういうことができなかった宗教は歴
史の闇にうずもれていったみたいだね。
もちろん今でも世界には、数えきれないくら
いの小さな宗教集団はあるよ、でもそれら
が、昔のように自分たちの教えが絶対に正
しいんだとか言って、ほかの宗教を攻撃し
て滅ぼそうとしたり、自分たちの教義を無
理強いしながら、まるで世界を征服するか
のように、その勢力を拡大していっては
人々の生活に大きな影響力を持っていたよ
うな大宗教になってやろうなど、という野
心を持っているようには見えないけどね。
でもそれも長い年月を経て、ようやく人間
の多様化した生き方が認められるようにな
り、沢山の色んな宗教が存在するようにな
ったおかげなんだろうね」
   ラクル
「たしか昔の偉い哲学者が、宗教の影響力
を弱めるのは色んな種類の宗教がたくさん
存在するだといっていたのを思い出すよ」
   イサム
「まあ、そういうことなんでしょうが、
それはそれとして、話は変わりますが
私の旅の目的は昔の級友達や、辺境に
住む色んな人たちに会い、地球そのもの
を知ることでしたが、でも本当の目的は、
希望を、自分の希望、社会の希望、地球
の希望を探し求めることだったようなよ
うな気がします。でも今、ラクルのはな
しを聞いていて、何となく真の目的が見
つかったような気がしています。それで
これからはどんな気持ちで旅を続けてい
けばいいのか、どんな気持ちで人々と接
して行けばいいのかも判ったような気が
します」
  ラクル
「そうですよね、他の級友達に会ってる
みたいなんですが、今、みんなははどう
しているんですか?」
   イサム
「みんなそれなりに元気です。ええと、
そういえば、太平洋の北のほうに浮かぶ島、
地図上ではシミっていうか捨てられた雑巾
のようにみえる島、現在は完全立ち入り
禁止地域(注5) となっている島のこと知っ
ているよね」
   ラクル
「そういえばあの頃学校で聞いたことがある」
   イサム
「なんでそうなったから知っているよね」
   ラクル
「うん、たしか、ヤホンと呼ばれていた
その島の国は、その頃地球の覇権争いを
していたメリカとチナという二大国の核
戦争に巻き込まれたんだよね、それで、
そのヤホン国は、ちょうどその二つの国
の間に位置していたから、両国のほとん
どの核爆弾は、そのヤホン国の上空や地
上で爆発したため、もう二度と人間が住
めないくらいの膨大な放射能被害を受け
たんだよね」
   イサム
「そうなんだ、それで完全立ち入り禁止
地域に指定されて、永久に人間が立ち入
ることができない区域となったんだけど、
でも今では人が住んでいて、というか、
かろうじて核戦争で生き残った人たちが
命をつないでいて、今までその子孫が住
んでいるみたいなんだ。それにね秘かな
がら島の外から多くの人たちが出入りし
ているみたいなんだ。以前科学技術者に
なったカラムから聞いた話だと、歴史の
勉強をしたいって言っていたマシルは地
球の歴史を変えようとして古代のヤホン
国に行ったみたいなんだ。でもその後ど
うなったかわからないけどね。それから
精神科学者になりたいと言っていたセキ
ルも行っているみたいだ。なんかそこの
文化もそこに住んでいる人間も変わって
いて、非常に興味がわく研究対象みたい
なんだ。まあ、もちろん昔からそのヤホ
ン国は世界から見て特異みたいだったけ
どね」
   ラクル
「そこにはどのくらいの人間が住んでい
たの?」
   イサム
「数千万人ぐらい」
   ラクル
「いつ頃の出来事なの?」
   イサム
「正確には判らないが、たしかケフェウス
座のY星であるエライが北極星として輝い
ていたころだから、西暦四千年のころだろ
う。そのヤホン国は、核兵器による最初の
世界大戦で民族もろとも犠牲になった国と
いわれているようです」
   ラクル
「でも現在そのことを歴史の大惨事として
はあまり語られていませんよね。もしかし
たらその人間の愚かさで引き起こされた大
惨事に良心の痛みや疚しさを感じたり、で
きるだけそのことに触れたくないというか、
それは人間の歴史の汚点となるので隠して
おきたい考えた後世の人はその大惨事を人
間の歴史から抹消するために、そこを完全
立ち入り禁止地域にしたんじゃないです?」
   イサム
「どうだろう、当時の人たちはそこまで考
えていたかな、科学的にそこにはもう人が
住めないというのが本当の理由だったかも
しれないな。そもそも、そこにどれだけ多
くの人間が住んでいようと、どれほど文化
が特異であろうと、そんな太平洋上の小さ
なシミのような国なんて、たとえ核戦争に
よって滅びてしまったとしても、そんなに
重要なことではない、地球全体の歴史から
見ると、痛くもかゆくもないこと、ほとん
ど無視できること、それよりもむしろ、そ
の程度の犠牲で地球全体が救うことができ
るなら仕方がないことだと、その当時の人
たちは考えたことはあり得ることである。
それで、その後助かった人間たちはその出
来事をあまり話題にしないようにしたのも、
ものすごく合理的なような気がする。だか
ら今では、その出来事が、歴史から完全に
消し去られたみたいに、歴史学者にしか判
らないことになっているんだよ」

 翌日イサムはラクルに別れを告げ再び
旅人となった。


 その秋、冬支度も済んだラクルとミヨン
は家でくつろいでいた。
 ラクルがミヨンに話しかける。
   ラクル
「今朝久しぶりに夢から覚めました。
とても苦しく悲しい夢でした。でも
なぜかそれほど絶望的なものではあ
りませんでした。
 僕は十七歳の青年でした。僕は涙ぐ
む母と二つ年下の妹と別れて家を出ま
した。肩には銃がかかっていました。
そうです僕は志願兵として戦地に赴こ
うとしていたのです。僕がその若さで
志願兵となった表向きの理由は、我が
国に侵略してきた隣国を追い払うこと
でありましたが、本当の理由は二年前
にその戦争に徴兵され、その後行方が
判らなくなっている父を捜しあて、そ
の安否を心配する母を安心させること
でした。それに奨励金も出るので、父
の借金を返すことができるというのも
隠されていた理由でした。
 僕は銃の打ち方だけを教わり戦線に
派遣されました。兵士のほとんどが大
人で、みな荒々しく体も強健でした。
最初僕はそんなガサツな雰囲気になじ
めませんでしたが、侵略者たちの数々
の略奪や残虐な行為を聞かされるにし
たがって、次第に戦意も高まり、そん
な仲間と寝起きを共にすることに何の
抵抗も感じることが亡くなりました。
ある日、僕たちは、周囲の諸国からの
援軍も得て、自分たちが優勢であるこ
とを知った我が軍は攻勢に出ました。
すると敵軍はみるみる後退し僕たちは
敵国の奥深くまで進攻しました。そし
てある街を包囲して火を放ち、抵抗す
るものは容赦なく殺しては、手当たり
次第に略奪を始めました。僕も仲間と
同じように行動しました。
そもそも二年前に、なぜそれまで兄弟
のように仲が良かった隣国同士に戦争
が起きたかというと、それまでずっと
独裁者のような政治を行ってきて評判
の悪くなっていた我が国の大統領が国
民の眼をそらすために隣国に難癖をつ
けて戦いを挑んだようです。最初は隣
国を押し込んでいたようなのですが、
すぐに押し返され、それを今度は敵国
の侵略と宣伝しては国民の憎しみと戦
意をあおり戦争を継続したのです。
そもそもこの二か国は、国としては別
れていますが、国の発展度合いも、
それに民族も宗教も言語も全く同じ人
たちなのです。それどころかほとんど
の人たちは、その家族や親類が両国で
暮らしているのです。それなのに愚か
な大統領が自分の人気とりのために戦
争を起こしたというわけなのです。
だから僕は最初、なぜそんな身内同士
で殺しあわなければならないのか、
その戦いにどんな意味があるのかと思
うと、志願兵になることをためらいま
した。本当に悩みました。誰に相談し
ても賛成する者はいませんでした。
でも僕は志願兵になることを決断した
のでした。
 攻略した街で、僕はできるだけ
上官と年上の兵士に従うようにして
いました。なぜなら少しでもためら
っていると、
『奴らに仕返しをするんだよ』
『奴らとおんなじことをするんだよ』
と怒鳴られるので、
とにかく何も考えずに、他の兵士が
やるように同じことをしました。
まず住宅に火を放ちました。
抵抗するものは容赦なく射殺しました。
高価なものを選んで略奪しました。
それから、それから、やがてその街
が廃墟同然になると、そこを離れて
陣営に戻るというのが日課のように
なっていました。そんなある日、僕
は仲間の兵士たちに、僕の行方が判
らなくなった父の名前を出して、父
を知らないか訊ねました、でもみん
な戸惑ったような顔をするだけで、
何にも答えてくれませんでした。
やがてそのときは突然やってきました。
全軍ができるだけ速く本国に撤退す
るというのです。その本当の理由も
聞かされずに、僕たちは急いで車に
分乗しました。そして来た道を本国
へと向かってを走り続けました。
全軍なのでその退路には何千台もの
軍用車が連なっていました。
だが数時間もすると、突然前方に火柱
が上がり、数台の車が爆音とともに
粉々に吹き飛びました。そしてその
火柱と爆裂音は車の縦列するいたる
所でで起こり、次から次へと車が吹
き飛び炎上していきました。最初の
攻撃によって破壊を免れた車は道を
外れて進もうとしますが、次なる砲
撃によって吹き飛ばされてしまうか、
銃撃によって粉々にされてしまいま
した。そしてすべての車が前にも後
ろにも進めなくなりました。砲撃と
銃撃はその激しさを増していき、前
も後ろも燃え盛る炎に包まれ、僕た
ちの退路は完全に断たれました。
それでも攻撃から逃れようとする者
は車を捨てて走り出すのですが、
止むことのない銃撃を受けてみんな
倒れていきました。撤退をする僕た
ちは、その当時世界の覇権を握り最
強の軍事力を持っていた国の攻撃を
受けたのです。その国は敵国の見方
をして撤退する僕たちを待ち伏せて
いたのです。どうやら最初の攻撃は
戦闘機によるものでした。道を外れ
て逃げようとする車の破壊は戦車に
砲撃によるものでした。そして走っ
て逃げようとする人間への攻撃は戦
車や装甲車の重火器によるの攻撃で
した。攻撃は容赦のないものでした、
敵は僕たちの殲滅を狙っていたよう
でした。周りはすぐに炎の海となり
ました。もう逃れようもありません
でした。そして凄まじい破壊音と共
に粉々に砕けた窓ガラスが車内に飛
び散りました。僕は反射的に顔を覆
った。そして気が付いたように周囲
を見ると、僕以外は銃弾で射抜かれ
たのか、もう少しも動かなくなって
いました。すると僕は腰のあたりに
激し痛みを感じました。僕も打たれ
ていたのです。よく見ると下半身は
血に染まっていました。やがて僕た
ちの車も激しく燃えだし始めました。
髪の毛や肌が焦げる匂いを感じまし
た。僕はこの状況では自分はもう助
かるまいと思っていたのですが、
半開きになった車のドアを押して外
に出ました。でも足に力が入らなく
地面に打ち付けられるように倒れて
しまいました。脚も射抜かれていた
ようです。僕は燃え盛る車から這い
ながら離れていき、飛び散った車の
残骸に背を持たせかけました。
ますます勢いを増していく火は火炎
となり風のように僕に吹き付けるよ
うになりました。その度に息が苦し
くなり、衣服や肌がチリチリと音を
あげて焦げていきました。もうそこ
には、全身に押し寄せる断末魔の苦
痛しかありませんでした。そして何
度目かの火炎を浴びたときでした。
意識がもうろうとして半ば気を失い
かけていた僕の頬を、その揺れ動く
火炎が撫でたとき、僕は何かの、誰
かの声が聞いたのです。
『エサウ、エサウ』
と、エサウとは僕の名前です。
誰かが僕の名前を読んでいたのです。
次の火炎のとき、僕を耳を傾けました。
すると、
『エサウ、決して偽ってはならぬ』
という声をはっきりと聞き取ること
ができました。そのとき僕は
これまでの自分の人生を振り返って
決して正直ではなかったことに気付
きました。
 次の火炎のとき僕を耳を傾けました。
すると、
『エサウ、決して欺いてはならぬ』
という声が聞こえました。
そのとき僕はこれまでの人生を振り返って
何度か人を欺いたことがあることに気付
きました。
 次の火炎のとき僕を耳を傾けました。
すると、
『エサウ、決して妬んではならぬ』
という声が聞こえました。
そのとき僕はこれまでの人生を振り返って
何度か人を妬んだことがあることに気付
きました。
 次の火炎のとき僕を耳を傾けました。
すると、
『エサウ、決して羨んではならぬ』
という声が聞こえました。
そのとき僕はこれまでの人生を振り返って
何度か人を羨んだことがあることに気付
きました。
 次の火炎のとき僕を耳を傾けました。
すると、
『エサウ、決して盗んではならぬ』
という声が聞こえました。
そのとき僕は人生を振り返るまでもなく、
とっさについ先日までまで人の物を盗ん
でいたことに気が付きました。
 次の火炎のとき僕を耳を傾けました。
すると、
『エサウ、決して貪ってはならぬ』
という声が聞こえました。
そのとき僕は人生を振り返るまでもなく、
とっさについ今日まで兵士仲間と略奪して
ものを貪っていたことに気が付きました。
 次の火炎のとき僕を耳を傾けました。
すると、
『エサウ、決して虐げてはならぬ』
という声が聞こえました。
そのとき僕は人生を振り返るまでもなく、
とっさについ先日まで僕より弱そうな仲間
の兵士を虐げていたことに気が付きました。
 次の火炎のとき僕を耳を傾けました。
すると、
『エサウ、決して蹂躙してはならぬ』
という声が聞こえました。
そのとき僕は人生を振り返るまでもなく、
とっさについ先日まで捕虜を手荒に扱って
いたことに気が付きました。
 次の火炎のとき僕を耳を傾けました。
すると、
『エサウ、決して辱めてはならぬ』
という声が聞こえました。
そのとき僕はとっさにその意味を理解しま
した。ひたすら略奪と破壊を目的としてい
た僕たちは、侵攻した街のその建物にはい
ると。カギがかけられているドアをけ破り、
押し入ると、そこにいた女たちを仲間の兵
士がどこかへ連れ出しました。そしてある
上官が二人の女を僕のところに連れてきて、
少女のように若い女を僕に渡しました。
その妹と同じくらいの若い少女は、僕に
対してとても怯えていました。ものすごく
僕が怖く見えたのでしょうか、でも僕は
そのとき戦場で敵を殺しているときと同
じようにような気持で、その上官と行動
を共にしました。
 次の火炎のとき僕を耳を傾けました。
すると、
『エサウ、決して殺してはならぬ』
という声が聞こえました。
そのとき僕は今日までたくさんの敵兵を
価値のないもの憎むべきものとして殺し
てきたことに気が付きました。でも僕は
そのときほんとうは、自分に危害を加え
る猛獣に対しているかのような気持ちで
銃を撃ち続けていましたが、決して憎ん
でいませんでした。ときおり武器を捨て
降伏する者がいました。よく見ると彼ら
はみんな故郷にいる隣人や親せきの人た
ちのような表情をしていました。でも僕
は上官の命令に従って、その無抵抗な彼
らに向かって引き金を引き続けました。
そのときの体に響く銃の振動音はそれほ
ど不快なものではありませんでした。
激しさを増す火炎の勢いで衣服を煙を上げ、
皮膚が焼けただれるのを感じました。
そして僕は激しい全身の痛みを感じなが
ら、人間として決して犯してはならない罪
を犯した罰として、その言葉を主が、
僕の肉体だけではなく、僕の魂までも滅
ぼそうとしているのだと思い、これが本
当の滅びだと、これが永遠の滅びだと、
薄れゆく意識のもとで感じていました。
だがそのとき再び声が聞こえてきました。
『エサウ、もう責めるのはやめなさい。
これは誰のせいでもない。エサウ、恐れ
るでない、これは終わりであり、始まり
である。己をもつものはすべて滅びなけ
ればならない。エサウ、恐れるでない、
さあ、身をゆだねなさい、永遠に入るの
です』
と。
そして僕はその言葉を最後に意識が失い
かけました。すると風のように火炎が僕
を襲いました。そして焼け焦げた僕の上
着をはだけると、折りたたんだであった
紙切れを空に舞いあげました。それは僕
が胸元に大事にしまっていた故郷の母か
らの手紙でした。そして僕は完全に意識
が亡くなりました。それはこのような内
容の手紙でした。
『エサウ、愛しいエサウ、私の大切なエ
サウお元気ですか、お体を大切にしてい
ますか。母もミシャもおかげで元気です。
でもエサウのことを思うと何も手が付か
なくなることがあります。どうしている
のかと心配のあまり夜も眠れなくなるこ
とがあります。
エサウが出立して十日後に政府から奨励
金が送られてきました。
突然エサウがお父さんをを捜しに行って
くるといって家を出たとき、まさかそれ
が志願兵になるためだとは夢にも思いま
せんでした。戦局は常に我が国に有利だ
と村では噂されていましたが、エサウが
本当は志願兵になっていると、村人から
聞いたときは気を失うくらい驚き絶望し
ました。まだ子供だと思っていたエサウ
が家族のことを、そんなにも真剣に考え
ていたのかと思うと、心からの感謝の気
持ちが胸からあふれ出しました。でもそ
のあととても悲しくなり、とめどなく涙
が流れました。
昨日教主様があわてた様子で家にやって
きました。そしてエサウが志願兵となっ
たのは本当かとたずねました。私はそれ
は本当ですと答えると、教主様は思わず
天を仰ぐと、気を失ったかのようにその
場に足元から崩れ落ちました。すぐに意
識を取り戻しましたが、その表情は生気
を失い目には絶望の色が浮かんでいまし
た。教主様はやっとの思いで歩みを進め
ながら独り言のように言いました。
"なんということだろう、私たちはあと
千年も待たなければならないなんて"
と。その言葉にどんな意味があったので
しょうか。お父さん見つかりましたか、
できるだけ早く元気であるという手紙を
くださいね。
先日戦場で片足を失った人が勇者として
村人に迎えられました。それでもいい
です、エサウ、どんな形でもいいです
から生きてかえってきてください、
絶対に生きて帰ってきてください、
早く帰ってきて愛しいエサウをこの
両手で抱きしめさせてください。
愛しいエサウ、私の大切なエサウ
       母より』
これが手紙の内容です
。 そして夢は砂漠の満天の星空のもと、
焼かれずに残った母からの手紙を
絵のように映して終わりました。
その手紙は風に救われ、風に運ばれ、
風に開かれ、そして太陽に読まれ、
星に読まれ、砂漠の砂に読まれたのです」
  ミヨン
「私も今朝夢から覚めました。
夢はとても寂しく悲しいものでした。
私は五歳ぐらいの小さな女の子でした。
私は母を手伝い日干しレンガ造りの仕事
をしていました。私は上手だったので
しょうか、大きな男たちが褒めるので
私は楽しく手伝っていました。その日
私は母に連れられ多くの女性たちと
いっしょに部屋に鍵をかけて隠れて
いました。そこには言葉がうまく話せ
ない私の姉や、私のように速く走れな
い他所の姉さんたちもいました。
やがて外が騒がしくなると、その部屋
のドアは破られ、多くの大きな男たち
がなだれ込んできました。私は母に促
されるままに戸棚の小さな隙間に急い
で身を隠しました。どのくらいの時間
がたったのでしょうか、静かになった
のでそっと目を上げて部屋の様子を見
ました。そこでは多くの女性たちが床
に顔を伏せて横たわっていました。
みんな生きているようでしたが、
でもほとんどの人は泣いていました。
その夜私は母の胸に抱かれて極北の星
を見ていました。」
  ラクル
「この兄弟のように仲が良かった隣国
同士の戦争は、その原因が判らない最
も愚かな戦争の例として、たびたび歴
史の教科書に取り上げられることがあ
りましたね。たしかポラリス(こぐま
座α星)が極北の星として輝いていた
西暦2100年ごろの出来事でしたね」


    «天命の章»

 ラクルとミヨンはその老境に親しむように
なっていた。
 その秋の日、二人はその年に収穫した最良
の果物と穀物を森の祭壇に供えた。そして
これまでどのような困難があっても二人で
協力して乗り越えてこられたことに感謝を捧げ、
これからもどんな困難が待ち受けていようとも
それらを乗り越えていけることを願いながら静
かに祈りをささげた。

 祈りを終えたラクルが穏やかな笑みでミヨン
に話しかける。
  ラクル
「これですべての準備が整ったという感じだね。
二人に課せられていた使命も果たせそうだしね」
   ミヨン
「それは私たちが幸せになるってことよね。それ
に私たちが生まれてきてよかったと思うことよね」
   ラクル
「そう、私たちの最大の使命は、前世の夢に現れ
た沢山の人たち、生まれつきの無器用な性格のた
めに自ら死を選んだもの、無知のために大罪を犯
して罰せられたもの、純真なために濡れ衣を着せ
られ大衆の犠牲となって処刑されたもの、突然訳
もなく非業の最期を遂げたもの、そして夢には現
れなかったが、最期までその生命を全うできなか
った沢山の生き物たちのためにも、私たちにはそ
んな彼らの願いや思いを背負わされていたみたい
ですから、私たちはまずは幸せにならなければな
らなかったのです」
   ミヨン
「それに生まれてきてほんとによかったと感じる
こともね」
   ラクル
「そうなんだ。人間は幸せになるために生まれて
きているんだからね。そうすることによって人間
はようやく永遠の幸福、永遠の安らぎが得られる
ことなんだよね。でも僕の場合簡単にはそうはな
らなかった。なぜなら僕にはそれなりの理由があ
ったからね。人間にとって最も大切な愛を、それ
も無垢な愛をないがしろにして、その人間を傷つ
け悲しませたという大罪を犯したからね。そんな
無限の罪を犯して永劫の罰を課せられている僕が
幸せになるにはこんなにも時間がかかったという
は当然なのかもしれないね。愛に対する罪ってこ
んなにも大きかったんだね」
   ミヨン
「でも私はそんなに長かったとは思っていないわ。
過ぎ去った時間なんて、それが宇宙を作り変える
ぐらい長くても、今私たちが瞬きをする時間とそ
んなに変りないわ」
   ラクル
「そう言ってくれるととてもありがたいよ。
ありがとう。でもだから僕は、愛に対して
大罪を犯した僕は、どんなものにでも全力
で愛を注ぐように心がけていました。もち
ろんミヨンにもね。僕は全力でミヨンを愛
してきた。あのとき母が僕を愛してくれた
ように、いやそれ以上の愛でね」
   ミヨン
「これでお母さんに会えるね」
   ラクル
「うん、そのときはミヨンもいっしょに行こう」

 やがて天は神(自然)に生きたラクルとミヨン
を招きいれた。そしてアルフィルク(ケフェウ
ス座 β星)をその何度目かの極北の星として役割
を与えようとしていた。


     おしまい


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