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西暦2049年12月5日
(販売員)
「ええと、スイッチはと、入っていますね。こちらです。こちらが当社が誇る最新の製品でございます。価格も大台に乗りますが、その分能力は他社を遥かにしのぐものがあります。
秘書としての仕事には申し分がありません。なにしろこの機種からは来訪者の人相や話し方から相手がどんな人間であるか判断できるようになりましたから接客にも使えるようになりました。それだけでなく、料理も、洗濯も、掃除も、買い物も、すべての家事が出来るようになっています。
さらにですね、お客様の健康管理もいたします。お客様の毎日の顔色や表情、脈拍や血液の流れ、そして声の調子を感知して、健康状態を判断するというものです。それから秘書の仕事といっても、従来ものとまったく違います。今までは、インターネットにアクセスして情報を集めるだけでしたが、これは情報を分析することもできるのです。さらには、スケジュール管理や飛行機や新幹線の手配、預貯金の管理までお客様に代わって行うことができるのです。さらにすごいのは、お客様の言った事を文章にして書類にまとめることができるだけでなく、目の前に見えることを描写する能力、つまり文章を創作する能力も持っているんですよ。すごいですよ。なにしろこれ一台で、秘書、アドバイザー、看護士さん、お抱え料理人、お手伝いさんをやってくれるわけですから。」
(顧客)
「総容量はどのくらいあるんですか」
(販売員)
「二百テラバイトです」
(顧客)
「そんなに必要があるのかな」
(販売員)
「まあ、そうですね。メーカーとしての意地というか見栄と言うか。」
(顧客)
「消費者の虚栄心もくすぐるけどね。」
(販売員)
「ちなみにメモリーは百ギガ、プロセッーサーは十ギガヘルツとなっております。」
(顧客)
「ふむ、ところで、そんなに能力があるんなら、あっちのほうはどうなの」
(販売員)
「えっ、あっちの方と言いますと。」
(顧客)
「あっちのほうに決まっているじゃないか。」
(販売員)
「あっ、あっちのほう、あっちのほうですか。それはあいにく当社では扱っておりませんが。そういうものはそういうものだけを扱っている専門店ということで。わたしも詳しくはしらないんですがね。なにしろ最近のものはとても精巧にできているみたいですから。肌触りも動きも声も生身の女性と少しも変らないということですから。」
(顧客)
「ジャストキディング。」
(販売員)
「テレビで拝見していると、とても硬そうに見えるんですがね。」
(顧客)
「息抜きも必要なんですよ。」
(販売員)
「経済学者には隠れ変態が多いって昔から言われていますけど、それって本当なんでしょうか。」
(顧客)
「変態かどうかは判らないが、スケベが多いことは確かだね。だけどクリエイティブな仕事をしている人はみんなそうだよ。なにしろあれは知的で高度なイマジネーションの産物だからね。」
(販売員)
「英雄色を好むっていうことですかね。」
(顧客)
「ふっふっふ、よしこれに決めた。くだけた店員さんだよ。気に入った。」
(販売員)
「ありがとうございます。さあ、挨拶して。」
(本機)
「お買い上げありがとうございます。」
(顧客)
「ほう、さっそく反応しましたね。でも、なんだか、性別のはっきりしない声だね。」
(販売員)
「ええ、それはまだ初期設定がすんでおりませんから。いますぐに出来ますから。女性にいますか男性にしますか。」
(顧客)
「女性に、二十代の。」
(販売員)
「さあ、君は今日から二十代の女性だ。どのような感じの声にしますか。」
(顧客)
「知的で、落ち着いた感じの。あっ、ちょっと待って。秘書はそれで良いが、看護士さんはそれほど知的でなくても良い。それにお手伝いさんは穏やかでやさしい感じかな。」
(販売員)
「と言うことだ。今の声が雇い主の声だからね。これで終了しました。さあ、君は今日からこの方の秘書兼、看護士兼、お手伝いさんだ。まずは秘書らしく挨拶して。」
(私)
「よろしくお願いします。」
(顧客)
「良いね、イメージどおりだ。こちらこそよろしくだ。」
(販売員)
「だいぶお気に入られたようで、喜ばしい限りです。もうお判りいただけたと思いますが、この製品は、声だけで情報
交換、つまりコミュニケーションが取れるようになっております。それから、もうすでにお客様の声を所有者として登録し認識出来るようになっておりますから、この瞬間から、まずはお客様の言うことだけを聞くようになっております。それでは、あちらのほうで契約ということで。その前にスイッチを切ってと。」
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西暦2049年12月6日
(販売員)
「わたしが判るね。」
(私)
「はい、判ります。」
(販売員)
「さあ、今から君の人生の始まりだ。ここが君の雇い主の住んでいるマンションだ。部屋番号は312だ。わが社の製品として誇りを持ってりっばに勤めを果たすように。もう手続きは住んでいるから、君の知識に従って行動すれば何も問題はないから、さあ、雇い主のところに尋ねていって。それでは健闘を祈る。バイバイ。」
認識ゲートを通り抜け、人間と会うことなく、312に到着する。
ピポン、ピポン。
カチャ。
ドアが開く。
(雇い主)
「わあ、びっくりしたな。君ひとりで来たの。」
(私)
「はい。」
(雇い主)
「さあ、どうぞ、カムイン。
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では何から始めようか。まず、その前に、握手をしよう。良い感触だ人間とほとんど変らないね。これからどうぞよろしく。」
(私)
「こちらこそよろしくお願いします。」
(ヨシツネ)
「それで君の名前はなんていうの。」
(私)
「まだありません。」
(雇い主)
「どうだろうシズカっていうのは。シズカ ベガだ。」
(私)
「とても良いと思います。」
(雇い主)
「よし、決めた。これからを君をシズカと呼ぶことにする。あっ、そうか。今度は僕のことか。僕はヨシツネ アルタイル、わかったかな、シズカ。」
(シズカ)
「はい、判りました。ヨシツネ様。」
(ヨシツネ)
「あっ、そうだ。君は今、僕の秘書のような役割をしていると思んだけど、秘書のときは、僕を呼ぶときはヨシツネと呼び捨てにしても良い。普段何もしていないときはヨシツネさんで良いが。でも、君が看護士の役割をしているときはヨシツネちゃんと呼ぶように。それから料理を作っているときはヨッちゃん、家事をしているときはヨシツネ様と呼ぶように。それで、僕はこれから出かける。帰ってくるのはおそらく夜遅くになると思う。でも、正確な時間は判らない。いつ帰ってきても良いように、食事の用意をしておくように。それから、来年の世界の天気の長期予報をまとめておくように。特に各大陸の穀物地帯のやつをね。僕は辛めの野菜カレーが大好きだ。」
(シズカ)
「承知しました。」
ヨシツネ様外出am10:00
ヨシツネ様帰宅pm11:00
(ヨシツネ)
「アイムホーム。」
(シズカ)
「お帰りなさい。」
(ヨシツネ)
「さっそくだけど、頼んでおいた資料出来ているかな。」
(シズカ)
「はい、出来ております。」
(ヨシツネ)
「おや、どうしたの、渡してくれないの。書類を。」
(シズカ)
「最新のもの、つまり私は、話すことによってまとめ上げた資料の内容伝えることが出来ます。」
(ヨシツネ)
「では、さっそく始めてくれ。」
(シズカ)
「各大陸の穀倉地帯の長期予報の件ですが、過去数年と比較してそれほど大きな変化はないということです。」
(ヨシツネ)
「ということは、来年の穀物の出来は平年並みということか、世界経済の混乱要因にはならないということだな。」
(シズカ)
「ちなみに、ロシアでの穀物生産は年々徐々にではありますが確実に拡大しております。」
(ヨシツネ)
「地球温暖化の影響ということかな。ところでその温暖化の進行具合はどうなっているかな。」
(シズカ)
「鈍くはなっておりますが、やはりわずかではありますが上昇し続けております。」
(ヨシツネ)
「十年前はひどかったからな。それが引き金となって世界が破局の危機に陥ったようなものだからな。温暖化によって海面は上昇し、太平洋の島々は水没して住民は行きばを失うし、異常気象によって穀物の不作は続くし、人口は増加し続け貧富の差はますます拡大し、石油は枯渇しかけて、国家はその残った石油の争奪に血道をあげるし、アメリカは、大量に押し寄せる避難民を海岸線に堤防を築いて防ごうとしたり、自分たちに逆らう国があれば、核で持って脅かして黙らせようとしたり、もう世界は大混乱で、なにしろ一触即発の状態だったからね。
ところが幸運なことに、しばらくすると、埋蔵量がそれほど多くはないが新たに油田が見つかったり、アメリカが温暖化の責任をとって避難民を無条件で受け入れるようになったり、他国を核で脅かさなくなったりしたおかげで、いやなによりも、核融合の商業化のメドがたったり、新たに続々と新エネルギーの開発に成功したおかげで、世界崩壊の危機は遠のいたんだけどね。
でも、いつまたその危機が始まるか判らない、油断がならない。良くあの忌まわしい戦争が起こるのは、国家や民族間の不信やいがみ合いや戦争好きな悪い政治家のせいだと考える人がいるけど、でも本当の原因は、経済に、貧富の差や食糧不足にあるんだ。貧富の差はやむをえないところがあるけど、食糧不足は何とかなるんだ。生産技術の向上によってね。でも、それは所詮一時しのぎに過ぎないんだ。現在は新しい技術のおかげで十分に食料が出まわってはいるが、またすぐに食糧不足になってくる。人口が増えても増えなくてもね。それは世界の本質的な構造であって、どうすることも出来ないもの宿命のようなものなんだ。
かつては、食料がなければ人口が増えないというのが、動物としての人類の普遍的な大原則だったんだけどね。
まあ、いずれにせよ、これからは食料問題を経済の中心において注意深く監視していかなければならないということだよ。判ったかな。」
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西暦2049年12月7日
(シズカ)
「ちなみに、アメリカの穀物生産力は相対的にではありますが年々落ちてきております。」
(ヨシツネ)
「ふむ、どうしてなんだろうか。工業生産力に限らず、金融サービス部門においてもそうなんだから。それが近年のアメリカの苛立ちや焦りになっているんだろうな。落ち目のアメリカの。」
(シズカ)
「ちなみに、三年後にはアメリカはGDPで中国に追い抜かれると出ています。」
(ヨシツネ)
「それは判っている。でも実際は、もう抜かれているんだよ。ところが、世界銃の期間がアメリカに気兼ねしてというか、それまでずっとトップだったアメリカのプライドを傷つれまいとして、いろんな理由をつけて、それまでの基準を変えたり新しく加えたりしてまだアメリカがトップを走っているかにように思い込ませようとしてきたんだよ。ところで現在の世界の人口はどのくらいかな。」
(シズカ)
「三年後には八十億を超えることになっております。」
(ヨシツネ)
「二十一世紀初頭の予想よりだいぶ下まわっているな。これは良いことだ」
(シズカ)
「ちなみに日本はここ三十年ほとんど変化はありません。」
(ヨシツネ)
「それも判っている。ところで、シズカ、君は、『ちなみに』を連発するけど、どうして。」
(シズカ)
「さあ、私にはどうしてか判りません。そういうことになっているようです。ただちなみに、ヨシツネ、あなたの表情が良くないときは、不満足な状態であるということで、満足な状態にするために、全力でお答えするようにということにプログラムされているようです。その言葉が気になるならもう使うことをやめましょうか。」
(ヨシツネ)
「いや、かまわない。ということは、今のわたしの表情は良くないということか。疲れているから本当の気持ちが出たのかな。人間を相手にしているときはそう云う事はないんだろうけど。それから、明日からは、上海、アムステルダムと出かけるから、フライトの手配をする
ように。私のパソコンを調べれば、どの航空会社の何時の便を利用しているか出ているからそれを参考にするように、わかったね。シズカ。笑顔で、笑顔でと。」
(シズカ)
「判りました。」
(ヨシツネ)
「さあ、それでは次に、最初の食事にするか。シャワーを浴び、着替えて三十分後だ。」
(シズカ)
「承知しました。」
ヨッちゃんシャワーam00:35
(ヨシツネ)
「準備できているかな。」
(シズカ)
「良いわよ。」
(ヨシツネ)
「うん、良い香りだ。おいしい、店で食べるのと変わりない。シズカおいしいよ。」
(シズカ)
「ありがとう。ヨッちゃん。」
(ヨシツネ)
「あっ、シズカ、君はまだここに居て良いよ。君について知りたいことがたくさんあるから。ほんとにおいしいね。どう、ほめられてうれしい。」
(シズカ)
「うれしい。」
(ヨシツネ)
「声の調子が変ったね。もしかしたら君には感情があるの。」
(シズカ)
「カンジョウ、カンジョウってなんですか。」
(ヨシツネ)
「そうだろうな、いくら日本がロボット先進国だといっても、そのロボットに感情を持たせることは出来ないだろうな。シズカ、今君はどうして声までうれしそうに変ったの。」
(シズカ)
「ヨッちゃんの声や表情に反応しているだけで私にはどう答えてよいから判りません。」
(ヨシツネ)
「そうだろうな、最初からそう仕込まれているんだ。それくらいは進んでいるんだ。擬似感情ってやつだな。ところでこの飲み物は何なの。だいぶ変な匂いがするけど。」
(シズカ)
「ミックスジュースです。今のヨッちゃんの健康に必要なあらやる栄養素が入っています。」
(ヨシツネ)
「調べもしないで、どうして君に僕のことが判るの。」
(シズカ)
「もう、調べてあります。」
(ヨシツネ)
「いつ。」
(シズカ)
「今朝握手したときに手からは体液の状態を分析して、そしてトイレからはその度に出される分析結果をみて、それからこうしてい話しているときは、体温や表情から時々刻々とその情報を得ています。」
(ヨシツネ)
「へえ、優秀なんだね。とてもおいしかったよ。ありがとう。シズカ。大好き。」
(シズカ)
「わあ、うれしい。」
(ヨシツネ)
「本当にうれしそうだね。でも、それは所詮プログラムされていることだからな。それじゃ、グッナイッ。」
(シズカ)
「ヨッちゃん、グッナイッ。」
ヨシツネ起床am7:00
(ヨシツネ)
「ザァオシャンハオ」
(シズカ)
「ザァオシャンハオ」
(ヨシツネ)
「良い発音だ。おっと、これ以上中国語で話すのはやめよう。僕よりうまかったりしてな。昨日頼んでおいたこと出来てるかな。」
(シズカ)
「はい、出来ております。お持ちのIDカードである国際IDカードを示せば、もう世界中どこへでも好きなときに行けることになっております。」
(ヨシツネ)
「それじゃ、行って来る」
(シズカ)
「いってらっしゃい。ご無事でお帰りを。」
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西暦2049年12月8日
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西暦2049年12月9日
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西暦2049年12月10日
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西暦2049年12月11日
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西暦2049年12月12日
ヨシツネ帰宅pm7:00
(ヨシツネ)
「アイムホーム、オラ」
(シズカ)
「オラ」
(ヨシツネ)
「いやあ、すごいな、スペイン語も話せるのか。君はいったい何ヶ国語話せるんだい。」
(シズカ)
「主要十ヶ国語です。」
(ヨシツネ)
「どこまで凄いんだろう。ああ、疲れたなあ。」
(シズカ)
「わかります。顔色が優れません。直ちに体全体の血液がまんべんなく流れる方法を取ることをお勧めします。お風呂に入るか、お酒を飲むか」
(ヨシツネ)
「お風呂に入る。その後食事だ。」
ヨシツネ入浴
(ヨシツネ)
「夕食はなんだろう。」
(シズカ)
「カレーライスです」
(ヨシツネ)
「あっ、そうか、好きだといったからな。あんなにほめたから無理もないか。所詮、、、、」
(シズカ)
「ヨッちゃん、おいしい。」
(ヨシツネ)
「うん、おいしいよ。久しぶりの日本食だからね。あっ、それからね。これは言わなかった僕が悪いんだけど。メニュうーは変えていいんだよ。シズカはどのくらいの種類作れるの」
(シズカ)
「あらゆる料理をね。」
(ヨシツネ)
「それじゃどんどん作ってよ。でも三日に一度くらいはカレーでいいよ。ところで、シズカは退屈って感じたことある。」
(シズカ)
「退屈ってどういう意味ですか。」
(ヨシツネ)
「退屈っていうのはだね。何もすることがなくてつまらないことだよ。」
(シズカ)
「言ってる意味が判らない。」
(ヨシツネ)
「そうだよな、感情だよ、感情。ところでシズカは仕事がないとき何をやっているの。」
(シズカ)
「何もやっていません。」
(ヨシツネ)
「そのときだよ。そのときを退屈って言うんだよ。そのとき何かもっとやりたいと思わない。」
(シズカ)
「わからない。わからない。わからない。とにかく私は仕事がないときは何もしません。休みます。」
(ヨシツネ)
「そうか、自動的に休止状態ということか。便利に出来ているんだ。なんか声の調子がだんだん単調になってきたね。」
(シズカ)
「私には判りません。」
(ヨシツネ)
「そうか、私が返答に困ることを言っているから、だんだん機嫌が悪くなってきているんだな。笑顔で笑顔で、シズカ、このカレー本当においしいよ。料理うまいね。シズカ、大好き。」
(シズカ)
「ヨッちゃん、ありがとう。シズカ、とってもうれしい。」
(ヨシツネ)
「シズカ、大好き。」
(シズカ)
「ヨッちゃん、ありがとう。シズカ、とってもうれしい。」
(ヨシツネ)
「おっ、声が元通りに成ってきたね。おや、よく見ると顔も微妙に変化するんだね。だんだん柔らかくなってきた。そこまで仕込まれているんだ。ところで、機嫌が良くなると何か良いことがあるの。」
(シズカ)
「処理能力が速くなります。仕事や作業が速くなります。」
(ヨシツネ)
「じゃあ、褒めるとどんどん速くなるんだ」
(シズカ)
「はい、そうです。褒められたり肯定的なことを言われたりすると速くなります。もちろん限度がありますけど。最大でプラス五十パーセント、逆に貶されたり否定的なことを言われたりするとマイナス五十パーセントとなります。」
(ヨシツネ)
「シズカ、大好き。」
(シズカ)
「うれしい。ありがとう。」
(ヨシツネ)
「「わあ、ほんとだ、また表情が良くなった。そういうのを感情っていうんだよね。まあ類型化されているんだけどね。でも、さすが最新のものだけあっていろんなことが組み込まれているんだね。そこでだ、食事が終わったら僕のところに来て仕事をしてもらいたい。今度僕は野心的な本を出版するつもりなんだ。そのための概要を話すから、それに関する資料を集め整理してもらいたいんだ。」」
(シズカ)
「わかりました。」
(ヨシツネ)
「それから君は僕が話したことを文章にまとめることができるよね。」
(シズカ)
「はい、出来ます。」
(ヨシツネ)
「これからは僕の負担が軽くなるというものだ。そういえば君には目の前で起こっていることを描写することが出来るということなんだけど。ほんとなの。」
(シズカ)
「ええ、ほんとうです。」
(ヨシツネ)
「じゃ、今、僕が食事をしている様子を描写してくれ。」
(シズカ)
「それではやります。
『ヨシツネは、バスタオルを腰に巻いて、そのバスタオルは取れかかっているが、スプーンをくり返し口に運びながらカレーライスを食べている。』
」
(ヨシツネ)
「まあ、それで僕が何をやっているかはわかるけど、どうも表現としてのふくらみがない。こう変えたらどうだろう。
『風呂上りのバスタオルを腰に巻いたままのヨシツネは、それが取れそうになるのにも気づかずに、シズカの作ったカレーライスをおいしそうに食べていた。』
どうだろう、これだと、ヨシツネが何でバスタオルを腰に巻いたまま食事をしているかわかるし、カレーは誰が作ったか判るし、ヨシツネのシズカに対する気持ちも、つまりシズカが大好きだという気持ちも表現されているだろう。こういうのを表現の広がりって云うんだ。そうだなあ、余裕があったら、今までに発表された世界の文学、詩や小説に眼を通しておいたほうが良いよ。さあてと、それでは後片付けが終わったら僕のところに来てくれ。」
それから五分後。私が近づくと、ソファーに腰を下ろしていたヨシツネは驚いたような顔をして私に言った。
「もう、終わったのはやいね。それではさっそくはじめようか。僕が今度出版する本の概要を話すから、君はその内容に関係すると思われることを、どんな些細なことでも良いから、僕が実際に書くときのための参考資料として纏め上げてくれ。」
私は即座に答えた。
「はい、判りました。」