ж ж ж ж ж ж ж 失われた地平線 はだい悠 地平線の灌木のシルエットを濃く浮かび上がら せながらサバンナは、昨夜の不穏な喧騒を忘れた かのように静かに静かに朝を迎えている。 私は今オスのライオンとして生きている。今と 言ったのは、かつては人間として生きていたから だ。これは妄想でもなければ作り話でもない、紛 れもなく厳然たる事実だ。 保護区の監視員によると、私の名前はサムセブ ン、年齢は四歳らしく、父ライオンのことは全く 判らないが、母ライオンは生きていて名前はニマ、 姉ライオンも数頭いるが、離れて暮らしているの で今はどうしているのかは知ることはできない。 オス同士、五頭でいつも行動を共にしている。 その内二頭は兄弟でサムシックスとサムファイブ と呼ばれている。他の二頭は、この厳しいサバン ナで生き残るために、協力して狩りをしたり、他 の群れやハイエナなどの敵対勢力を排撃したりし ながら、友情をはぐくんできたハグレオスたちで ある。 私が人間として生きていたころの記憶はある。 普通に両親もいて兄弟もいた。でもなぜか取り立 てて言うほどの思い出はない。 それは豊かで平和な日本で生活しながら、苦労 らしい苦労もすることなく、そのうえ穏やかな性 格ためか、何か心に傷を残すように他人とのトラ ブルもなく、あまりにも平凡に生きていたという ことなのだろう。 二十二歳の春、特別に優秀でもなかった私は何 も考えずに、周りの誰もが知らないような企業に 就職した。 それは生きていくためには、とりあえず必要な ことと考えたからだった。だから、その会社の発 展のために頑張ろうとかという気持ちは少しもな く、ましてや出世してやろうなどという意欲は少 しもなかった。 それでもどうにか二年ほど勤めていたあるとき、 私は社長の国外出張に同行することになる。 そこはK国だった。K国は民主主義とは正反対 の世襲制による軍事独裁国家である。そして経済 の発展が長期間にわたって停滞しているため、国 民の生活は餓死者が出るほどの困窮ぶりで毎年の ように国際社会から食糧援助を受けている最貧国 だった。だが核兵器を保有しているので大国アメ リカや隣国を恫喝しながら何とか国家として生き 延びることができていた。核武装と、そしてアメ リカに反感を抱く中国やロシアをあたかも後ろ盾 かのようにちらつかせながら強気に出るK国に対 して、当初アメリカは決して怯むことはなかった。 そのため核戦争の危機はその前夜にまで至ること がしばしばだった。だが世界の破局を恐れたアメ リカの妥協によってその危機はとりあえず回避さ れていた。 その見せかけの和平が続いていたころ、K国は、 周辺国よりはるかに見劣りする自国の経済を発展 させようとして、国際社会からの食量援助だけで はなく、工場の誘致やそしてインフラの整備のた めの投資を友好国だけではなく敵対国からも積極 的に受け入れるようになっていった。 そこに私の会社が名乗り出たということだった。 私はそのとき、他の会社が二の足を踏んでいると いうのに、なぜ内の会社が先頭を切って工場の誘 致に踏み切ったのかわからなかった。会社の内情 に疎かった私は、それはたぶんそれによって利益 を上げ会社を発展させようとする社長の英断だと 単純に考えていた。 私たちは友好国の人間と差別されることなく厚 いもてなしを受けながら、あたかも日本の代表で あるかのように歓迎された。三日にわたって私た ちは美しい街並みや名所などに案内され観光を楽 しんだ。そして最後の夜私たちは美しい若い女性 たちが接待する酒席に招待された。 地平線に太陽が顔を見せるとサバンナはその表 情をはっきりと見せ始める。それに合わせたかの ように、仲間のオスライオンたちが互いに近づき 寄り添っては、頬や頭をこすり合わせながら挨拶 をする。みんな穏やかな表情をしている。昨夜の 縄張り争いに関わらなかったせいでもあるが、私 たちは日頃から兄弟以上に信頼しあい友情の固い きずなで結ばれているからである。 私たちは仲間同士で争うようなことは決してな い。協力して狩りをして獲物も平等に分け合う。 というのも、たとえ百獣の王のライオンであって も群れを離れた若いオスが単独で生きていくのは かなり大変だということを身にしみて感じている からである。私以外のライオンにとっては、それ は厳しい生存競争のもとで生き延びるための野生 の本能的な知恵の発現なのだろうが、だが私は元 は人間だったからそんなことは知識として知って いた。 保護区の監視員がそう呼ぶようになったサムフ ァイブとサムシックスは兄弟だが、アドXとアド Yは違う。彼ら二匹はともに、私たち兄弟三匹が、 私たちの群れを乗っ取った新しい雄ライオンの殺 戮の恐怖から逃れるために、このサバンナをさ迷 い始めてから二年後に出会ったのである。 あるとき私たち三匹は、ハイエナの群れから執 拗な攻撃を受けているアドXを発見した。母ライ オンの居る群れを離れた当時、私たちはまだ体が 小さかったので、それまでは他の捕食動物には関 わらないように、むしろ逃げ隠れるようにして生 きてきたのだが、そのとき私はうまく連携してハ イエナを攻撃すれば、ハイエナどもを蹴散らすこ とができるような気がした。それには自分たちの 体がだいぶ大きくなっていることに気付いていた せいもあったのだったが。いきなり現れた三匹の オスライオンの奇襲にハイエナの群れは混乱に陥 ると、あっという間に散り散りになった。私たち にとってそれは初めての勝利だった。私たちは自 分たちの勇気を感じながら力強く大地を踏みしめ た。そのとき私たちの表情は威厳と誇りに満ちて いたにちがいない。私たちは生きる自信を得た。 そしてアドXは私たちの仲間になった。 アドYの場合は、相手はリカオンの群れだった。 リカオンはハイエナよりも賢く俊敏だったので戦 略が必要だった。私たちはまず囲まれているアド Yの周りにできるだけ等間隔に陣取るようにした。 それは攻撃にも守りにもバランスの良い陣形であ り、それができたのも私の表情や仕草からみんな が私の指示を読み取るようになっていたからだ。 そして私たちは闇雲な攻撃や無駄追いはできるだ け避けた。それはまずは追い払うことが目的だっ たからだ。というのもリカオンを殺害する必要は なく、私たちが手強いということを思い知らせれ ばそれで十分だったからだ。やがて数度の威嚇だ けでリカオンは退散していった。そしてアドYも 仲間になった。その日から私たちはこのサバンナ で恐れるものは何もなくなっていった。 人間として生きていたころ私は友情というもの がどういうものかよく判らなかった。会話する人 間はいたが、お互い個人的なことには深入りしな かった。それにそういう人間との付き合いもせい ぜい続いても半年ぐらいと短く、季節ごと、また は学年ごとに変わってしまうというような感じだ った。それでも生きていることに窮屈さや孤独な どはほとんど感じていなかった。だが今は違う、 ここサバンナではたとえ百獣の王であるライオン であっても、単独では、他の捕食者の攻撃を受け たりして野垂れ死にしてしまうだろう。生き延び るためには絶対的に仲間が必要である。私たちは みんなそのことを本能的に感じ取っているのだ。 私たち仲間は、共同で狩りをして、その血まみれ の肉を貪る。生きていくための狩り、そして生き ていくための捕食は、私たちにとっては最大の幸 福だ。それを共にするのだから私たちの絆が深ま るのは当然だ。おそらく私たちの友情は死ぬまで 続くだろう。 私はK国での二日めの夜に、私の元を訪ねてき た現地の青年ことを思い出さざるを得ない。 私が社長とK国に行ったのは、他の国の者たち と同じように現地に工場を誘致したりしてK国の 経済を活性化するためだった。そのため私たち各 国訪問者は、その歓迎の意を込めてだろう、K国 内のあらゆるメディアを通じて"大領導様に招かれ た栄誉ある経済協力団"として、大々的に宣伝され ていた。 その青年は私たちの歓迎会に地方の代表として 招かれていたようだった。私たちは何かの手違い があったのか三流のホテルに宿泊させられていた。 その二日目の夜更けに、私が廊下を歩いていると きに通りがかったとある部屋のドアがいきなり開 けられ、私は中から出てきたその青年に腕をつか まれ、ひきずられるようにして部屋に入った。 その青年はこわばった笑みを浮かべながら突然 の無礼を詫びたあと、私に席を進めながら自分も 席に腰を掛けると、少し節目がちに話し始めた。 「名前はMKです、本名はちょっと言えない。少 し話をしたいと思いました。ずっとこの機会をう かがっていました」 その日本語には少したどたどしいものがあった が、理解するには問題がなかった。 「日本を話せるんですか、上手ですね」 「いえ、まだまだです。でも通じるのが判ってと てもうれしいです。祖母に習いました」 「そうなんですか」 「じつは、どうしても聞きたいことがあって、単 刀直入に聞きます。あなたは、あなたがたは、な んのために私たちの国に来たんですか?」 そう言う青年の表情は少し厳しいものに変わっ ていた。私は答えた。 「私たちはあなたの国に協力して、あなたの国の 経済が発展するのを助けるためにやってきました」 「なんて美しい言葉、なんて嬉しい言葉なんでし ょう。そうなんです。私たちは知っています。あ なたの国はこの地球上で最も経済が発展して最も 豊かな国であることを。そんな国から協力しても らえるのはとてもうれしいことです。でもこんな ことも知っています。老若男女みんな知っていま す。日本は百年前私たちの国を侵略して、私たち 人民の自由を奪い強制的に働かせたということを。 あのときも確かさっきのような美しい言葉を言っ てたようです。私たちの生活をよくするといって 多くの資本家がやってきて工場を建て、私たちの 曾祖父さんや曾祖母さん親たちを働かせました。 でも結果的には資本家がもうけるために、彼らを 安い賃金で働かせて搾取したことになるのです。 当時と今とはどう違うのでしょうか?」 「ええ、たしかに資本家の最大の目的はもうける ことですが、でもそこで働く人だってそれなりに 賃金をもらってますから、それでよりよい生活が できるようになるわけで、そういう人がいっぱい 増えれば、あなたの国だって豊かになり、よりい っそう発展するわけですから。それに今は昔と違 って、不満や賃金のことは会社に役所に訴えるこ とができる時代ですから」 「うん、たしかにそうなんでしょう。でもやっぱ り納得ができないんですよ。資本家に搾取される ということが」 「でも、何度も言うようですが、それで社会が豊 かになり、みんながよりよい生活ができるように なるのは、それはそれで良いことでは」 「たしかに私たちはあなたの言うように貧しいん でしょう。私たちは、ほんとうは知っているんで すよ。あなたの国は我が国とは比較にならないく らいに発展して豊かであるということを。誰もが 車を所有していつでも行きたいところに遊びに行 けるとか、ご飯は金箔に巻いたりして食べるとか、 わが国では絶対に見られないような太った人が、 たくさんいるくらいに食べたいだけ食べられると か、こんな話も聞いたことがあります。日本では の十倍も二十倍も食べる人がちやほやされている とか。そうそうあなたは我が国で太った人を見た ことがないでしょう」 「、、ええ、、、、」 「まあ、そこまで豊かになれとは、でも、もう少 しぐらいは改善しても、、、、そのために私たち も自分たちなりに日々努力してますからね。それ なのにかつての敵国の資本家の力を借りるという のは、、、そうなんですよ。とてもむずかしいで すね、というのは、私はそれほどでもないんです が、かつてわが祖国を侵略して我が人民を苦しめ た日本が、経済大国になり、私たちよりも豊かな 生活をしているということが、どうしても納得で きない、許せないという人たちが我が国にはたく さんいるんですよ。これが私たちの心の奥底にあ る思いなんですよ。だから将来、いつの日か自力 で経済発展した我が国が、そのあいだに何かでつ まづいて日本が経済的に落ちぶれ、私たちよりも 貧困になったときには、私たちは"ざまあみろ日 本は罰に当たった"と秘かに思いながら日本が犯 した過去の過ちを許し同情するようになるでしょ うね。それも心の底からの優越と復讐に喜びに浸 りながら」 「、、、、、」 「でも、そんな敵愾心を持ちながらも、心の内で は、今の豊かな日本をうらやましいとも思ってい るのですよ。あこがれているのですよ。これも本 音です。我が国も努力して、かんばっていけばい つの日か、日本に追いつくでしょう。そして絶対 に追い越すんですよ。我々には、我が国を滅ぼそ うとする帝国主義者たちの企みはねのけながら、 どんな苦難を乗り越えてきた歴史がありますから ね、そうなればもう周りの国から劣等民族だなん て思われなくなりますよね、そうでょう」 「いや、だれもそんなことは思っていませんよ。 あなたの国が貧しいのは、いや発展していないの は、民族として劣っているとかそういうことでは ないのですよ。日本の過去の植民地政策のせいも あるかもしれませんが、建国後の指導者の間違っ た政策とか方針とか判断とか、今ここではっきり とは言えないのですが、いろいろとあるんですよ。 たしかに私たちは豊かかもしれないが、だからと いって、決してあなたがたを見下したり侮ったり していもせんよ。本気で手助けしたいと思ってい るんですよ。だから決して搾取だなんて思わない でください。でもまずその前に、いろいろな問題 を解決して、たくさんの障害を乗り越えていかな ければならないんですよ。そのためにはもう少し 時間がかかるということですよ。余談になります が、日本が豊かで生活レベルが高いといっても、 決していいことばかりとは限りませんよ。食べ物 には不自由しないといっても、食べ物を食べ過ぎ て太って病気になって早死にしたり、だれもが車 を持っていきたいところに行けるといっても、そ のために事故で死ぬ人は毎年何万人もいたり、給 料は高いが無理やり仕事をさせられて病気になっ たり自殺したりする人がたくさんいるんですよ。 そこまでいかなくてもみんなストレスというもの を苦しめられて大変なんですよ」 「ストレスというのは何ですか?」 「ええ、仕事とか人間関係でたまってくるもので、 それが大きくなると体とか精神に影響を与えて、 生きている気がしなくなるものなんですよ」 「疲労のようなものですか?」 「そうだとも言い切れなくて、でもそもそもの原 因は疲労なんだろうけど」 「私たちも大変だけど、日本人も大変なんですね」 「いや、労働者はどこの国でもみんな同じような ものですよ」 「でも働きすぎて自殺するなんで考えられないで すね、ときどき突然行方が判らなくなる人はたま にいるけど、でもどんなに疲れていてもよく眠れ ば元気になるから。そうだ、日本では交通事故を 起こしても絶対に相手に謝らない、たとえ自分の ほうに過失があったとしても、みんなそうするっ て聞いたことがあるんですけど」 「残念ながら、それはたしかにそうです。とにか く今の日本には謙譲の美徳なんてものはありませ んから。なにがなんでも人より自分を強く出して いかないと存在しないものとして扱われますから」 「、、、、ところで外を散歩しながら話しません ?」 「えっ、ええ」 私たち二人は外に出て、街灯もない真っ暗道を 歩いた。そして川の土手のようなところに腰をか けて再び話し始めた。 「さっき私が話したことはどうでもいいことです 。もう忘れましょう。私は日本語を話します。で も周囲の人は私が日本語を話すこと誰も知りませ ん。そのことが知れるととても都合が悪いようで す。なぜ私が特別な教育を受けてない私が日本語 を話せるのか判りますか」 「それは御祖母さんに教わったからではないです か」 「もちろんそれもあります、きっかけはそうでし たから、でも本気で学ぼうとしたのは別の理由が ありました。そのために私は祖母からだけではな く役所の資料館とか図書館に行ったりして勉強し ました。他の人には何をしているか判らないよう にこっそりとですが、それでその理由なんですが 、、、知っていますか、ケンジ、ミヤザワ、童話 や詩を書く人です。雨にも負けず、、、、」 「知っています、それほど詳しくはないんですが、 でもほとんどの日本人はその詩を知っています。 私もその詩だけは知っています」 「ああよかった、とてもほっとしています。なん か全身が熱くなるような、全身から喜びがあふれ てい来るような気持ちです。そうです、思い起こ せばあのときです。数年前のある日、私は祖母が 大事そうにしている数冊の本に気付きました。こ れは何かとたずねると。これは日本の本だといい ました。おどろく私を見ながら祖母は言いました 。本当は自分は日本人で、その本は祖母の生まれ 育った故郷出身の詩人で宮沢賢治という人の本で あることをあかしました。そして後日、祖母は自 分は数十年前、祖父と結婚して祖父の祖国にある この国にやってきたことあかしながら、私にその "雨にも負けず"という詩の意味を解説してくれま した。それを聞いて私は感動しました。何かもの すごく私を引き付けるものがあったのでしょう。 そして私は日本語を学ぶことを決意しました。私 は宮沢賢治という人をもっともっと詳しく知りた いと思ったからです。それからというものは私は 暇を見つけては祖母につきっきりで日本語の習得 に励みました。祖母は言葉の意味だけではなく、 その正確な発音や話し方まで、私に自分の話すよ うに話しなさいと言って時間をかけて丁寧に教え てくれました。そのおかげなのです、今こうして 話すことができるのはすべて祖母のおかげなので す。祖母は私に日本語を教えているときいつも笑 顔で楽しそうでした。それまで祖母はときおり 『いつになったら理想の国になるんだろう』と悲 しそうに暗い表情で言うことがありました。そん な祖母を見るのがとてもつらかった私は、祖母が 笑顔になるならと思い喜んで学びました」 「おばあさんってすばらしい方ですね。日本では 先生かなんかやっていたんでしょうか?」 「よく判らないです。宮沢賢治さんのこと以外は あまりも話しませんから、でも祖父が亡くなる前 に、ボソボソ言ったことがあります。"理想の国家 の建設するという夢のためにわざわざ来てくれた のに、なんか申し訳ないことしたな"とかなんか 。賢治さんの雨にも負けずもいいんですが、永訣 の朝もいいです。病気で亡くなった妹を詠んだ詩 です。私はこの詩を初めて読んだ時、体が震えま した。いや魂が震えました。涙がとめどなくあふ れてきたのです。私にも妹がいます。いやいまし た。ミナといいます。でも三年前病気で亡くなり ました。妹は小さいころから思うように言葉を話 せませんでした。体もどことなくひ弱で周囲の助 けを必要としていました。妹はとくに私を慕って くれました。妹はいつも苦しそうな表情をしてい て生きることがとても辛そうでした。でもときお り見せる笑顔は太陽のようでした。私はその笑顔 を見るために、妹が望むことは何でもしてあげま した。妹は病気になりました。私は妹を背負って 病院に連れていきました。でも今の医療では治せ ないといわれました。息を引き取る前に妹は苦し そうにして私に頼み言いました。『喉が渇いたか ら雪をとってきて』と。私は急いで外に出て雪を とってきて妹に食べさせました。信じられないこ とですが、これは賢治さんの詩に書かれているこ ととまったく同じなのです。私はこの詩を読んだ とき誰にも見つからないように物置の陰で夜暗く なるまで泣いていました。そういえば近所の人た ちも妹の死も悲しんで涙ぐむ人もいました。妹は そんなに近所の人たちのために役に立っていたわ けではないのですが。いまこうやって話している だけで涙が出そうです」 「、、、、、」 私は今ここから車で半日ほどかかる農村の農業 合作社で働いています。理由は判らないが本日の 歓迎式典に私が選ばれました。最大の目的は、近 い未来に我が国が日本を凌ぐほどの経済大国にな るときため、その主役となるに違いない若い人た ちに見聞を広めて人材を育成しようということの ようです。でも正直言って、私は経済大国という ようなことにはあまり興味がありません。たしか に生活がよくなるのはいいことですが、でも私は 今の生活にそれほど不自由や不満は感じていませ ん。もし私たちの国が日本のように豊かだったら、 妹の病気を治せたかもしれいと思うことはありま す。でも私は決してこの国の医療の遅れを恨んで はいません。私たち家族は、私たちにできること を全力で妹にやってあげました。妹はたしかに苦 しみましたが、でも生まれてこなければよかった などとは決して思ってないはずです。幸せだった はずです、私はそう信じています。私は妹が幸せ と思えるなら、私も満足なのです。それで私は幸 せなのです。私には我が国が経済大国になれば私 たちの生活がどうなるのは想像できません。たぶ ん日本のように誰でもが車をもって好きな時に好 きなところに遊びに行けるようになったり、食べ たいものを食べたいだけ食べれるようになるんで しょうが、でもそれが人間の幸せとはどうしても 結びつかないのです。わずかな傾斜地の畑で大根 を栽培していた祖母は、毎年のように冬近くにな ると、それで干し大根を作って近所の人たちに配 っていました。祖母はそのときの小屋いっぱいに ぶら下がった干し大根を見るのが最高の幸せとよ く言ってました。ものすごく判ります。そうです、 いま私にはこれが私の幸せだと思うことがありま す。とても些細なことなんですが。いま私は農場 でたくさんの人たちと協力しながら農作物を栽培 しています。十代のころの私は、いつも腹を立て たりイライラしたりしていました。なぜなら作業 をさぼったり怠けたりズル休みをする作業員がが けっこうたくさんいたからです。それから季節の 始まりにやって来て偉そうに指図する指導員の存 在にも、それが正しいことなら我慢もできるので すが間違ったことを言っていると思うときには "何にも知らないくせに"と本当に腹をたてたりし ていました。それから普段の生活でも思うように いかなかったり、やりきれないことがたくさんあ りました。さらに平気で嘘をつくような人間に出 会ったり、誰だれは人のものを盗むらしいなどと いう噂を耳にすると、もう真面目にやるのは馬鹿 らしい、なんで自分だけ悩んだり苦しい思いをし なければならなのかと投げやりな気持ちになると きもありました。でも実際にはそれを行動に移し たことはありません。少しは表情には出ていたか もしれませんが、でも、それが原因で仲間と衝突 するようなことはありませんでしたけど。自分で も不思議なくらいなんですが、前の夜まではそう 思っていても次の日の朝になると、そんなことも 忘れているみたいで、いつものように仲間に接し ていました。やがて二十歳を過ぎた頃でしょうか、 以前のように腹を立てたりイライラしたりしなく なりました。あきらめでしょうか、そういう人は そういう人、私は私なんだと思うようになったよ うです。というのも夕方になり作業も終わるとき 昼間のイライラを忘れたかのように満足感でいっ ぱいになり、さらに満足そうな仲間たちの笑顔を 見ては満ち足りた気持ちになるようになっていた ようです。そんなとき私は私は賢治さんの"雨に も負けず"を知りました。私は心臓が止まるくら い感動しました。それには私と同じような気持 ちの人がこの地球上には居るんだという驚きと 共感、それからこれまでの私は正しかったんだと いう喜びと自信、でもその反面こんな人が、我が 国を侵略して人民たちを苦しめている日本に、ほ んとうにいるのだろうかという疑問と不可思議さ が入り混じったものでした。でも私は、その日か らは、私は今まで通りでいいんだ、今まで通りに みんな接していればいいんだ、これが私の幸せな んだと思うようになりました、、、、」 「、、、、、」 「私は祖母が持っていた賢治さんの本を全部読み ました。隅々まで何度も何度も繰り返して読みま した。そしてはっきりと判りました。我が人民を 蹂躙してもなんとも思わないような鬼のような日 本人とは違う道徳的に素晴らしい人間であること がわかりました。だから祖母が、まずは自分のこ とよりも、身近で苦しんでいる弱い人たちの役に 立つこと、そしてそういう人たちが幸せになるこ とだけを考えて行動しようとする賢治さんに惹か れていったのも無理はないと感じました。でもそ の反面どうしても納得ができないというか判らな いことがありました。宮沢賢治さんというのは、 日本が我が国を侵略して植民地にしていたころに 生きていた人ですよね。それなのに賢治さんの本 のどこを読んでも、日本がそういう非人道的なこ とをしていたことへの反省とか批判の記述がみら れないのです。日本はあの頃は他の国へも戦争を 仕掛けたりしていますよ。そのことに関して賢治 さんはいったいどんな考えを持っていたんでしょ うか、身の周りの小さな世界のことだけを考えて いたので、世界のことなどには興味がなかったの でしょうか?」 「いや、それは違うと思いますよ、その逆だと思 います。何も言ってないからといって賢治さんが 何も考えていなかったというの間違いだと思いま す。あのようなどんなに正しいことを言っても周 りの人たちが聞き入れてくれない時代というもの は、どうしても黙示的な表現にならざるを得ない のです。私はあの詩からこのように賢治さんの思 いを読み取っています。人間というものは他の国 の人々を苦しめたり殺したりしなくても、自分た ちの身の周りの苦しんでいる人たちが少しでも楽 になれるようにと手助けをしたりすることだけで も人間は十分に幸せになれるということ、そうい う小さな世界こそ本当の幸せがあるということを 伝えたかったのだと思います。あえて何も言わな いことで日本がやっていたことを無言の抗議とし て批判していたのだとおもいます」 「賢治さんを知って、私はそれまで自分の思って いたことやってきたことが決して間違ってはいな いんだということが判って、ほんとうに自信が持 てるようになりました。このままでいいんだ、今 のままでも十分に幸せになれるんだという思いが だんだん強くなっていきました。そんなときに我 が国の将来の経済発展のためだということで、私 は招待されたようなのですが、正直言ってなぜ私 なのかという理由が判りません。なぜなら私はこ のまま死ぬまで皆と力を合わせて農業合作社で働 いてもいいと思っていますから。私は今のままで も仲間のみんなが幸せならそれで満足なのです。 これ以上の幸せはないと思っていますから。なに せ私には賢治さんの言葉ついていますから、私は どんなことが起こっても"いつも静かに笑ってい る"ことができますから。ええ、たぶんおそらく、 私が地方の代表団に選ばれたのは、きっと誰かが 推薦したからなのでしょう、というのも私はこれ まで、たびたび班長にならないかと言われてまし た。でも私はその都度断ってきました。というの も役所の農業指導員から指示されて。それを仲間 に命令したりするのは私の性分には合わないと思 っていました。それに陰で仲間から誹謗されたり、 農業のことは何にも知らない指導員に叱責された りすることに私が耐えられるかどうかわからなか ったからです。そして過去には自殺したり突然行 方が判らなくなった班長がいたことを知っていた ので、その役割を引き受けることはできなかった のです。でも内心は迷っています。今度要請され たらどうしようかって、何となく仲間のためを思 えばやっぱり引き受けたほうがいいのかな、でも 今のままでも充分ではないかと思ったりしてます。 私は今もって興味がわかないのです。我が国が経 済発展して、日本のようになっても、どういうの が幸せなのか、その幸せの姿が思い浮かんでこな いのです。私たちが本当に幸せになるならどんな ことにも協力します。でもあなたの話を聞いてい ても、その幸せの景色がちっとも頭に浮かんでこ ないのですよ。なんか大変そうなことしか伝わっ てこなくて、それで正直に今の気持ちを言うと、 ちょっと前までは、とにかくみんなのため家族の ため祖国のためと、そんなことばかりを考えて頑 張ってきました。でも今はみんなと同じようなこ とを考えてり思ったり、助け合いながら仕事がで きることだけで幸せていうか、それだけで十分こ れ以上望むものは何もないと思うようになってき ています。じつは私があなたに無理やり話しかけ たのは、我が国よりはるかに発展して生活が豊に なったという日本の様子を聞きたかったからなん ですよ。どうしよう、どう思いますか?あなたは 私が班長を引き受けることに賛成ですか?」 「、、、、まずあなたには仲間を大切に思う気持 ちがあります、それに皆を引っ張っていく能力も あります、でも、、、、、」 と言いよどむと私はそのまま何も言えなくなって しまった。というのも、たとえあの青年が班長を なることを引き受けても断っても青年の未来に暗 澹としたものを感じたからだった。 太陽に高くなっている。 気温が急速に上がってきている。 仲間のライオンたちは朝の挨拶を終わらせてか らは皆それぞれにお気に入りの木陰で眠りに入っ ている。おそらく何か特別のことがない限り夕方 までだらだらと眠っているだろう。 その後しばらく二人の沈黙が続いたが、青年は 少しそわそわしながらふたたび話し始めた。 「もう夜も遅いのでホテルに帰ったほうがいいか な、でも、うん、そうなんだ。私が本当に話した かったのはこういうことじゃなかったんだ。たし かに妹が亡くなったということはとても悲しいこ とでした。でも最近胸がドキドキするような嬉し いこともありました。今も継続しています。だか らもうさっきまで話したことはもう忘れてもらっ てもいいくらいに、あんなことはほんとうはどう でもいいというか、それから祖国とか、民族の誇 りとか、大首領様とか、大領導様とか、神様とか、 私が今悩んでいることに比べたらみんなどうでも いいことですよ。そもそも神様だって、もし神様 がいるなら、我が国を蹂躙して苦しめた日本が我 が国より発展するのを許すはずがないでしょう。 じつは、もう何か月も私の頭から離れない、もの すごく気になっていることがあるんですよ。夜も 眠れないくらいね。あれはたしか今年の六月の初 めだった。山の木は緑の葉で萌えさかっていた。 野原の花も咲き乱れていた。そんなある日同じ行 政区内のいくつかの合作社で働く男女の若者たち だけが集まって、徒歩でも行ける有名な公園で食 事会をやったんですよ。そのときはみんなで持ち 寄った料理を食べたり、流行りの歌を歌ったり、 度胸のある男は女性を民族の踊りに誘ったりしま した。私はそこまでやる勇気はなく全体から見れ ば目立たない存在でしたが、そのうちに他の女性 たちとは比べものにならないくらいの美しい女性 にがいることに気が付きました。もし目が合った ら恥ずかしいと感じるくらい美しい女性でした。 だから私はずっと盗み見るようにちらっと見るだ けでした。彼女はとても柔和で慎み深く、私には 他の女性たちとは比較にならないくらいの魅力的 な女性に感じました。それを何度か続けているう ちにあるとき、それはまさに偶然なのでしょうが、 彼女と目が合いました。そのとき私は初めて彼女 を凝視しました。それも二秒ほど、彼女のほうも 私を見ているので、それはまさに見つめあうよう な感じでした。それは私たちの意志というよりも、 わたしたちは魔法にかけられたように、何かの力 が働いてお互いにそうせざるを得なかったような 感じでした。わずか二秒ほどの時間でしたが夢を 見ているような心地よさでした。でも、やはり彼 女の美しさに魅了されたからでしょうか、積極的 に彼女に話しかける男たちがいました。私にもそ うした勇気があったらなあと、とてもうらやまし く思いました。でもそれよりもあの男が、役所か ら視察に来た、かなり身なりのきちんとした若い 男が彼女に親しそうに話しかけ、彼女もそれに応 えるかのように笑顔を話していたときには、うら やましさとかいうものではなく怒りにも似た感情 に襲われ、なぜか理由のない不安に襲われ真っ暗 な気持ちになりました。でもそんな私はというと 、彼女に自然に近づくにはどうすればいいのかな どと考えているばかりで、実際に話しかけること はどうしてもできませんでした。結局その日はそ れだけでした。最後まで彼女とは話をすることは できませんでした。それからは昼は作業の手が止 まるくらいに、夜には夢に出てくらいに、彼女こ とが頭から離れなくなりました。そのうちに彼女 についての噂がつぎつぎと耳に入ってくるように なりました。最初はこの村を離れて都会に就職す るらしいというものでした。次は彼女はあの六月 の食事会に現れた男の紹介で首都の政府関係の仕 事に就くようだということでした。そして最後の 噂は、彼女は新しい仕事のため冬前までには村を 離れるということでした。それを聞いて私は、や っぱりあの軽薄そうな男の仕業かと思い殺したい ほどの激しい怒りを覚えました。私は本当に迷っ ています。私はどうしたらいいんでしょう。彼女 に会って、この村に残ってくれ、この村に残って 私と結婚してくれ、絶対に幸せにするからと、い うべきだろうか、でも、彼女にとって村を離れる ことは良いことなのかしれない、あんなに美しい のだから、こんな田舎にうずもれているのはもっ たいない、都会に出て国のために働くのは彼女に とってはふさわしいことかもしれない、生活だっ てきっとよくなるだろう。そのほうが彼女にとっ てほんとうに幸せなのかもしれない、それにもし 私が告白したりすれば彼女はその板挟みで辛い思 いをするかもしれない、もちろんそれは私のこと が少しでも気にかかればの話だが。私には本当に 迷っている。あの男さえ現れなければ、なんて余 計なことをしやがるんだ、どうしたらいいんだろ う、もうそろそろ彼女はこの村から去ってしまう、 あなたはどう思いますか、私の思いを彼女に告白 したほうがいいと思いますか?」 「、、、、はっきり言います。告白したほうがい いと思います。勇気をもって、なにも恐れること なく、もし彼女があなたのことを気にかけていな かったら、そのときはそのときです。もしかした らこんなことは人生に二度とないかもしれないで すよ。それくらい重大なことなのです。だから運 を天に任せて、あなたの思いを彼女に告白すべき です。私にとってはそのようなことで苦悶してい るあなたがなぜかとてもうらやましいと思ってい るくらいですから、日本語には青春という美しい 言葉がありますから」 「判りました、力強い応援、ありがとう、やっと 決心がつきました。村に帰ったら絶対に告白しま す」 青年との別れ際、私はなぜか 「泣いたりすることよくあるんですか」 と思いもよらない質問をしてしまった。 すると青年は恥ずかしそうな笑みを浮かべて答 えた。 「ありますよ。そうですか、こんな大人になって も女みたいにめそめそ泣くかってことですね。し ょっちゅうですよ。子供のときからあんまり変わ っていませんよ。子供のときはよくケンカして泣 かせたり泣かされたりしていました。いまは泣く 理由も変わってきていると思うんですが、なんて いうか突然のように訳もなく感情が高ぶってきた りして、つい泣いてしまうんですよ。たぶん今度 も彼女に断られたら絶対になくでしょうね」 今思うと私が最後にあのような質問を青年にした のは、私が青年の素直な感情表現にうらやましさ を感じていたからのような気がしている。という のもそれまで私には物心がつくようになってから の自分が他人と喧嘩したとか泣いたとかいう記憶 がまったくなかったからだった。 保護区の監視員が車でやってきた。カメラを首 からぶら下げている白人の男を乗せている。おそ らく野生動物の研究者かなんかなのだろう。 それはそれとして最近よくあの監視員は私たち の群れの近くで車を止める。何か特別の興味をも って、たとえば他のライオンの群れと私たちの群 れはちょっと違うとかということで観察している に違いない。それはうなずけることだ。なぜなら 人間の知識と知恵を持った私がこの群れを引っ張 っているのだからだ。 風に乗って監視員たちの会話がよく聞こえてく る。 「二年ほど前、奇妙なことがあったんだ、あの木 の根元で、意識を失いかけているひとりの男が発 見されたんだ。、アジア人のようだが、身分をあ かすものも何にもなく、どんなに話しかけてもな んにも答えない、その眼はまるで狂人のように虚 ろで自分からは起き上がることもできない、それ で病院に連れていき入院させたんだ。でもいつま でたったもその症状から回復することができない まま先日亡くなったということなんだ。聞くとこ ろによるとその男はときおり力なくベットの上に うつぶせになり苦しそうにウウッウウっとまるで ライオンの子供みたいに唸っていたことがあった そうだよ。 「見つかるまでよく肉食動物に襲われなかったね」 「死んでたら食べられていたかもしれないけど」 彼らの話の通りなら、これで私はもう二度と人 間としてあの男の体にに戻ることはない。でもそ れでいいのだ。後悔もなければ未練もない。なぜ ならいま人間でいたときの記憶はほとんど薄れて いる。あえて思い返すような楽しい思い出は浮か んでこない。ましてやあのK国の青年のような人 生をかけるような情熱的な恋の思い出もない、そ れに比べたら、いまのライオンの仲間たちと苦楽 を共にしながら友情をはぐくみ、それによって生 まれた固い絆で結ばれた生活のほうが遥かに充実 しておりどんなにか自由でのびのびとしているこ とだろう。それがたとえ人間から見れば血なまぐ さいおぞましいものであってもだ。 たしかあれはK国での三日目の夜だった。私た ちを担当していた政府の役人が事前の連絡もなく 私たちの部屋を訪問した。椅子に座ると隠すよう にして持ってきた酒瓶をテーブルの上に置いた。 たわいない会話で三人の酒盛りが始まった。しば らくするとそれまでご機嫌だった担当者が突如眉 間にシワを寄せながら真剣な面持ちで日本語で話 し始めた。 「遠路はるばる我が国へのご訪問心から感謝して おります」 「こちらこそ御国を挙げての大歓迎深く感謝して おります。」 「多くの日本人が我が国は敵視、いや批判してい るにもかかわらず、あなた方は我が国の発展のた めに力を貸してくれるということで、とてもあり がたいことです。どうでしたか歓迎式典のほうは」 「とても感激しております。あのように暖かくし かも盛大に迎えられたことは日本では考えられな いことです。五十年生きてきて初めの経験です。 式場で万来の拍手、まるで夢を見ているようでし た。こんなにも素晴らして国だなんでまったく思 いもよりませんでした」 「そうでしょう、これが我が国の真の姿なのです よ。我が国民は、礼儀をわきまえた国民なのです。 我が国を敵視する帝国主義国家どもは、我が国の ことを悪魔が支配する国家のように誹謗していま すが、決してそんなことはないので、我が国は礼 儀には礼儀でもって答える歴史上類のない道徳国 家なのです。だからあなた方のように我が国は正 しく評価してくる方々には最大の歓迎の意で迎え るのです」 「私たちもそのように感じております」 「よく我が国のことを悪く言う人がいます、貧し い国だとか、人民を抑圧して苦しめているとか、 たしかに貧しいというのは少しあっているかもし れません、でも人民を抑圧しいてるというのは間 違っています。我が政府は建国以来つねに人民の 幸福のことだけを考えてやってきました。世界に まれにみる卓越した指導者のもとでね、だからそ の批判は当たらないのです。それで今貧しいとい うのも、発展するための時間が足りなかったとい うことでもあるのです。もちろん我が国が発展す るのを快く思っていないような国の妨害のせいで もありますけどね。いずれにせよ我が国の発展は これからなのです。我が人民は世界に類を見ない くらいの誠実で勤勉ですからね。間違いなく発展 します。我が国を正しく評価してくれるあなた方 のような勇気ある人たちの協力がありますからね。 ほんとうにあなたたちの英断には感謝します」 「いいえ、こちらこそ、私たちだってあなたの国 の国民は誠実で勤勉であることが判っているから こそ、絶対にこの計画は成功するだろうと思うか らこそ参加したんですよ。決して英断とかいうも のではなく当然の帰結なのです。間違いなく成功 します。そしてこのことが起爆剤になってますま す発展することはることは間違いないですよ。私 はそう確信しています」 「私もそう信じています。でもいまだに我が国を 滅亡させようとたくらむ国があるからな、もちろ ん我が国はけっして滅びることはない、私たちに は民族の誇りがある、どんな国際法にも優先され る民族の誇りがある、だからたとえどんなに圧力 をかけられようとも、民族の誇り捨てて敵国にひ ざまつくようなことはしない、私たちは民族の誇 りを守るためには、たとえ我が祖国が焦土となっ てもかまわない、私たちには建国以来長い間私た ちを導いてきた大首領様が付いている、大首領様 は常に私たちに勇気と希望を与えてきた、そのご 恩に報いるためには私たちは決して命を惜しまな い、最期までたとえ全土が焼け野原になるとして も玉砕覚悟で戦いぬくだろう、そのためにわが民 族が滅ぶかもしれない、でも民族の魂は永遠です から、まあ、恐らくそういうことにはならないだ ろう、なぜならわが国には核兵器があるのだから、 もちろん我が国は最初に使うことはないですよ。 でも、私たちは決して敵国ひざまついて命乞いを することはないでしょう、当然でしょう、我々に は何にも代えがたい民族の誇りというものがあり ますから、日本人にだってあるはずです。侮辱さ れたり見下されたりして服従を強いられたら、ど の民族だって命をかけて抵抗するはずですから、 若いあなたはもしかしたら我が国の歴史のことは 知らないかもしれませんが、どうして我が国が、 日本人と同じように勤勉で誠実な国民性なのに、 日本のように経済発展しなかったのかわかります か?どこに違いがあるかわかりますか?」 「、、、、いろいろと、、、まあ、大きな違いは 、日本ではみんな自由に考え自由に行動している ことでしょうか」 「はあ、自由、自由だと、我が国に自由はない、 笑いをこらえるのが大変ですよ、我が国を敵視し ているアメリカや日本では、我が国は人民の自由 を奪っている全体主義の国だと言ってますが、そ んなことはない、我が国ではだれでも自由に働き 自由に結婚もしてみんな幸せに暮らしていますよ。 アメリカという国はかつては黒人から自由を奪い 鞭打って働かせていたんですよ、日本だってかつ て我が国を植民地にしていたころ、我が人民を拉 致して強制的に働かせていた国ですよ。そんな国 に我が国には自由がないなんて言われたくないで すよ。たしかに我が国には自由を制限される者た ちがいます。でも彼らは国民の結束を乱す犯罪者 だからなのです。我が国を外国に売り渡そうとす る反逆者なのです。そういうものから自由を奪う のは当然でしょう、それは日本だってアメリカだ って同じことです。我が国はとにかくアメリカか ら敵視されています、アメリカは隙があれば我が 国を侵略して滅ぼそうとしています。そういう国 から我が国を守るためには、国民の結束は必要な のです、そのために少し行き過ぎた個人の自由の 制限があるかもしれませんが、秩序を乱して国民 の結束を妨害して国を混乱させるものは絶対に罰 して国家の誇りや自由を維持することは最優先に されなければならないことなのです。我が国の体 制を批判する人たちはよく個人の自由などという ようなことを言っているようだか、そんなものは 幻想ですよ、そんなものはないのですよ。どんな に個人の自由があっても人間というものは家族が なければ人間らしく生きられない、家族がどんな に自由であっても、それを取りまとめる国家がな ければ家族は家族らしく生きられないからですよ。 そんなことでは国家はまとまりがつかなくなりい ずれ滅びてしますますよ。少し話は戻しますが、 さっき私が、なぜ我が国は日本のように経済発展 しなかったのかと聞きましたね、あなたは若いか ら我が国の本当の歴史を知らないと思いますが、 我が国は百年前日本から侵略を受けました。でも その後建国の父と言われる偉大なるお方が日本軍 を追い払い我が国を樹立しました。でもその後今 度はアメリカから侵略を受けました。でも私たち は民族の誇りをかけて再び追い払いました。そし ていまだに我が国とアメリカは戦争状態にあり、 アメリカはいまだに我が国を蹂躙しようと画策し ています。本来ならあのとき我が国が日本を駆逐 したとき、祖国の経済発展に全力を注げばよかっ たのですが、アメリカの侵略から祖国を守るため には軍事力を増強せざるを得なくなり、日本のよ うに経済が発展することができなかったのですよ、 理解できましたか。それからさっきあなたが我が 国には自由がないようなことを言いましたが、そ れは全くの間違いです。というのも、そもそもわ が国民に自由を与えたのは、日本の侵略から解放 した建国の父である大首領様ですから、そんな国 に自由がないわけないじゃないですか。何度も話 しますが、我が国は日本のような経済大国にいず れなるでしょう。なぜならわが民族は優秀だから です。今までは我が国の繁栄を望まないアメリカ の制裁によりできなかったのですが、これからは 違います。大領導様のおかげでもう対等に渡り合 えるようになったのですから、そして絶対に日本 を追い越し繁栄を極めるでしょう。でも我が国を 侵略して滅ぼそうとする勢力には断固として戦う でしょう。何度も言うようですがそれで祖国が焦 土と化そうとも、我われは民族の誇りをかけて、 死に物狂いで戦うでしょう。たとえ国土から人民 が消えようとも、その民族の魂は永遠ですから。 でもこれでは我々が日本を敵視しているように感 じるかもしれませんが、決してそうではありませ ん、日本政府が我われのことを敵視しているので、 それに対して我々は警戒と批判のこめてこんな言 い方になるのです。我が国のほとんどの人民はこ んなにも経済発展を遂げた日本国民のことを本当 は尊敬していますよ。ですから、あなた方も尊敬 される日本人らしく誠意をもって我が国で経済活 動をやってくれればきっと成功すると思いますよ。 我が人民もみなそう思っています。安心してくだ さい。ところで先ほどのレセプションはどうでし たか?」 「ええ、大変華やかで、美しい娘さんたちに寄り 添っていただきまさに伝説の竜宮に招かれている ような、夢を見ているような気持でした」 「それはよかった。それで今夜ですね、別館のほ うで、あの娘さんたちが、もっとおもてなしをし てあげたいということで、待っているのですよ。 お気づきになりませんでしたか、あの娘さんたち のそれぞれの腕に色様々な絹の布切れが結ばれて いるのに、それが目印になります。その布切れは 部屋のドアノブに結びつけらていて、そのドアの 向こうには、あなた方のお気に入りの娘さんが待 っているということになっているのですよ」 「、、、、、」 「いや、無理とは言いません、まあ退屈だったら ということで、、、、では最後にとても大切をこ とを話したいと思います。それはですね、日本に 帰っても、ここで見聞きしたことはあまり人には 話さないでいただきたいのですが、とくににマス コミなどにはですね。私たちにとって最も大切な ことはこの投資計画がうまくいくということです から、それ以外のことは余計な事でございますか ら、でも、もしもですよ、約束と違うことがあっ たり、契約に違反することがあったり、そうです ね、私たちの願いを無視するような、つまり我が 国の人民を、いわば我が祖国を裏切るようなこと がありましたら、そのときにはそれ相当の制裁を 受けることになるでしょう。わが民族の誇りを傷 つけたりわが民族を裏切ったりするものは同胞な ら当然のこと、たとえそれが国外者であっても万 死に値しますから、なにせ我が祖国への協力者は 日本はもちろん世界のいたるところに潜伏してお りますから。それもすべて我が国が核武装してア メリカに対抗できるに強国なったおかげなのです。 でも日本は何も心配する必要はないですよ。我が 国は決して日本に向けて核ミサイルを発射するこ とはありませんから。もちろん日本が我が国を再 び侵略しなければの話ですがね。いや別に日本が 核武装してもいいですよ。我が国はちっとも恐れ ませんから。でもそれは無理でしょうね。なぜな ら日本が核武装するのを最も恐れるのはこともあ ろうに、現在軍事同盟を結んでいるアメリカです からね。アメリカは日本が核武装するのを心の底 から恐れていますから、もし日本が核ミサイルを 開発しようとしたら今度こそアメリカは日本を永 久に滅ぼす覚悟で全力で阻止するでしょうね。 第二章に続く 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