ж  ж  ж  ж  ж  ж  ж



     失われた地平線



に戻る   

          はだい悠






 翌日私たちは経済局の担当者と契約の書面を交
わした。それから二日間滞在した後私たちはK国
の友好国である隣国へと出国した。後で判るので
あるがそれは脱出に近いものだった。
 そして私たちはその友好国から世界を周遊する
豪華客船に乗った。たしかそのとき私はなぜ飛行
機で今すぐ日本に帰らないのかと、なにげなく社
長に訊ねた。でも社長は無言のまま何も答えなか
った。
 豪華客船の行き先は日本ではなく東南アジアだ
った。そして私はどうしていますぐ日本に帰らな
いのかと、デッキから大海原に目をやっている社
長に再び訊いた。すると
「帰れるわけないだろう、会社はもうないんだか
ら」
と社長は突き放すように答えた。それで私が怪訝
そうな顔をしていると
「倒産だよ、倒産、これまでのことみんな嘘をつ
いたことになるんだよ、結果的にはだましたこと
になるんだよ。いまさら帰れるわけないだろう、
やつらには住所も顔も知られているんだから。お
まえだってそうだよ。ちょっと聞くけど、あの夜
別館に行ったのか?」
「ええ」
と私は海に目をやりながら小声で言うと社長は
「まったく情けない、お前がそういう人間だった
とは」
と吐き捨てるように言うと、私に背を向けてどこ
かに歩いて行ってしまった。それは私が社長を見
た最後だった。
そのうちに社長の姿が船上から消えてしまったの
だから。
 乗務員たちが探してくれたが結局見つからなか
った。結局海に身を投げて自殺ということに落ち
着いた。
 それからは私はとてつもない不安におそわれる
ようになり、もう二度と日本には戻れないような
気持ちになっていた。
 その後は、客船は東南アジアやインドの港に停
泊しながらアフリカ大陸にそってを南下した。
 やがて私はアフリカのとある港で下船した。
 私は旅行者を装い内陸に入った。
 いつしかサバンナの動物保護区についていた。
 都会に生まれ、ほとんど自然に触れることもな
く育った私にとって、サバンナは新鮮というより
も苦痛だった。吹き付ける熱風、経験したことの
ない異様な匂い、都市の環境に守られて育ってき
た私にとって、それは耐え難いものだった。広大
な大地やかすむ地平線を眼にしていると生きる気
力さえも失われるような気がしていた。
 私は白人たちの団体の旅行者に混じった。
 バスは団体旅行者たちにサバンナの風景を楽し
ませるかのように、ゆっくり走ったり止まったり
しながら進み続けた。その間も私の不安は収まる
こともなく続いていた。その日何を食べたかも覚
えてないくらいに緊張も続いていた。そのためか
は病人のように怠く眩暈も感じるほどだった。
 やがてバスは豊かな樹木に囲まれた休憩所のよ
うなところに止まった。安全と判断した監視員に
よって旅行者たちは少しバスから離れることが許
された。
 私は少しよろけながらも歩いては、とある巨木
の日陰に腰を掛けた。そして仰向けになり顔は横
むきに眼を閉じた。しばらくしてゆっくりと眼を
開けると眼にブッシュの茂みが入ってきた。する
とその茂みの奥から私を見つめる二つの眼と合っ
。眼を凝らすとそれは小さなライオンの子供の眼
だった。私は眼をそらす気力もなく見続けた。そ
れは何か外部からの力でお互いに見つめ合わされ
ているという感じだった。その子ライオンの眼は
いじけたような、生きる気力を失ったような、光
のないよわよわしいものだった。その間私は母ラ
イオンと離れたのだろうか、それとも兄弟たちか
らいじめられたのだろうかと思いながらじっと見
続けていた。やがて私は眼をあけながらも意識が
しだいに薄れていくような不思議な気持ちになっ
ていた。そして私は完全に意識を失ってしまった。
 それからどのくらいの時間がたったのだろうか、
私は瞼に弱い光を感じながら意識の眼ざめを覚え
るとゆっくりと瞼を開いた。するとブッシュの枝
の間から死んだように眠る人間の男の姿が見えて
きた。よく見るとそれはどう見ても私自身だった。
私はそのとき意識が朦朧としていたせいもあり、
それがどういうことなのか理解できないでいた。
しばらくすると大勢の人間がやってきた。その足
音に私はなぜか恐怖を感じ思わず身をすくめた。
やがて彼らは死んだように眠っている私の肉体を
運んでいった。その間私はなぜか隠れるようにじ
っと身を伏せていた。そして人間たちの気配が全
く感じられなくなったので、私は腕や足に力を込
めて立ち上がろうとした。だがそのときまず私が
眼にしたのは茶色い毛でおおわれた二本の腕だっ
た。私は激しく動揺しながら自分の体に眼をやっ
た。眼に映ったのは胸も胴も腰も脚もすべて腕の
ように茶色い毛でおおわれた自分の体だっだ。私
は激しく混乱したが、それでもかすかに残ってい
る思考力で、これは先ほどまで目の前にいたあの
いじけた眼をした子ライオンではないかというこ
とに気付いた。そして私は、そんなことは全くあ
り得ないことだろうとは思いながらも、もしかし
たら人間であった私の心と、子ライオンの心が入
れ代わったのではないだろうかと思うようになっ
た。だがその反面これは夢なので夢なのだと自分
に言い聞かせてもいた。そこで私はこの悪夢から
覚めることを願いながら再び眼を閉じた。
 やがて私はなぜか私を不安にさせる匂いを鼻先
に感じながら目覚めた。そして私はゆっくりと腕
動かしながらそれを追うように眼をむけた。私の
眼に映てきたのは先ほどと同じように茶色い毛で
おおわれた子ライオンの前脚だった。私は落胆と
絶望の気持ちに満たされた。でもすぐに絶え間な
くずっと続いている身も凍るような不安な気持ち
がそれを凌ぐようになっていった。私はその不安
の原因である匂いの正体を確かめようとした。私
はブッシュの枝の間から周囲に目を凝らした。す
ると百メートルほど先に、二三頭のハイエナの群
れが眼に入ってきた。その途端私はとてつもない
恐怖に襲われると石のように固まりその場に身を
伏せた。もし奴らに見つかれば八つ裂きにされ食
われることが判っていたからだ。それが人間とし
ての私の知識に基づくものなのか、それとも野生
の動物としての子ライオンの経験に基づく反射的
な反応なのかは今もってよく判らないのだ。でも
どうやら見つからずに済んだようだった。だがこ
れからのことを思うと途方に暮れた。やがて私は
ハイエナの恐怖から逃れたということもあり、ま
た意識がはっきりしてきたということもあり、こ
れからのことを考えることができるようになって
いた。そして私が助かる最善の道ははぐれてしま
った家族の群れにもどってそこの仲間に守っても
らうことだった。私は他の捕食者と出会わないよ
うにできるだけ夜に移動した。しかも身を隠すこ
とができるようにとブッシュからブッシュへと用
心深く行動した。
 三日目の日暮れ前、私はようやくそれらしき群
れを発見した。メスライオンと子ライオンの二十
頭近くの群れだった。そのときまで私は、私と入
れ代わった子ライオンはなぜあのときブッシュに
潜んでいたのだろうかと疑問だった。おそらくあ
の弱々しさからして母ライオンに捨てられたのか、
というのも母ライオンというものは強い子供だけ
を育てるために生育の悪い子供には手をかけなく
なるという、そしてときには見捨てることもある
というからだ。それともあのいじけた眼からして
腕力のある兄弟たちにいじめられて生きる気力も
失い群れから追い出されてしまったのか、そのど
ちらかなのだろうと思っていた。
 遠くから見ただけでは私には判らなかった、そ
れが本当に母や兄弟たちがいる群れなのか、もし
違っていれば私はただちにかみ殺されてしまい兄
弟たちの狩りの練習として八つ裂きにされてしま
うだろう、でも私は群れに入らなければこれ以上
生き延びることはできないことは判っていた。そ
れにもう本当の群れを探す余裕はなかった。私は
意を決して恐る恐るその群れ近づいた。
 近づく私の存在に気付いた群れは、みんな私の
ほうを見た。私はとてつもない不安に襲われた。
でもここで怯んではいけないと自分に言い聞かせ
ながら私は何度も何度も勇気を奮い立たせて歩み
を進めた。あともう少しというところにまで近づ
いたとき、メスライオンが私に近づいて来た。そ
して私の匂いをかぐようにその大きな顔を私に近
づけてきた。私はそれまでの勇気も吹き飛び、恐
怖のあまりへたり込んだ。そのメスライオンは私
の体をなめ始めた。私は母ライオンだ確信した。
それまで私はどれほど不安であったか、というの
も、体は我が子ではあるが、心は違うということ
がバレはしないかということが、もしバレたら、
どれほどの攻撃を受け、かみ殺されてしまうと思
っていたからである。だが母ライオンは行方が判
らなくなっていた本当の我が子と認識したようだ
った。私は母ライオンのなすがままにした。それ
からは他の兄弟たちと同じように乳も飲ませてく
れた。乳を飲みながら私はなぜか母ライオンの匂
いにそれが初めての経験であるにもかかわらずな
つかしさのような感覚にとらわれた。これで私が
母ライオンから育児放棄され見捨てられたのでは
ないことが判った。乳を飲んでいるとき他の兄弟
ライオンは強引に割り込み私を排除しようとした。
彼らはみな私より大きく力が強いので私ははじか
れそうになったが、私は全力で抵抗して母ライオ
ンの乳首を確保した。そのとき私はあの子ライオ
ンが群れから逸れいじけた眼をしてブッシュに潜
んでいたのは、この乱暴な兄弟たちのいじめが原
因ではないのか思うようになった。乳を飲んだ後
何となくよそよそしくしていた兄弟たちだったが、
そのうちの一頭が私の背後から襲い掛かり噛みつ
こうとした。私は驚いて倒れたが、すぐ起き上が
った。だが今度は他の兄弟たちが私に襲い掛かっ
てきた。そしてそれは連鎖したように他の兄弟た
ちに移っていき、私はそのたびに地面に打ち伏せ
られた。そして私ははっきりと確信した。私があ
のブッシュでいじけた眼をしておびえたように潜
んでいたのは、この兄弟たちのいじめが原因なの
だと。おそらく当初あの子ライオンは体も小さく
気も弱いせいもあり兄弟たちの攻勢に身が縮むほ
どの恐怖を感じて何の抵抗も反撃もできなかった
のだろう。それで兄弟たちもますます増長して容
赦ない攻撃に映っていたに違いない。だが私は体
は小さいが気は弱くはない、それにいじめであれ
ば、それに強く出れば相手はそれとなく面食らい
気がそがれることがあるということを知っていた。
そして私は決意した。もし今度攻撃されたら全力
で反撃してやろうと。そのごしばらくして再び攻
撃が始まったとき私は全力で反撃した。そしてそ
れは初めてに違いないが、兄弟を地面に打倒した。
その後も他の兄弟たちからのちょっかいが次から
次へと続いたが、私はそのたびごとに全力で反撃
した。やがて兄弟たちの私への集団攻撃はなくな
った。やがて私は気づいていった。あの子ライオ
ンにとっては恐怖以外の何物でもなかった暴力が、
今の私にとっては遊びなようなもので、これから
動物として成長していくためにはぜひとも必要な
ものであることに。そしてそのような暴力的な接
触を通してこそ初めて相手の思いや感情を知るこ
とができ、ここサバンナで群れを成して生きてい
く捕食動物には絶対的に必要なものであることに。
私は群れになじんでいった。大人のライオンたち
は狩りのできない子ライオンたちのために獲物を
わけ隔てなく与えてくれた。体も他の兄弟に見劣
りしないくらいに大きくなっていった。
 ライオンのメスたちは狩りのときとは全く違う
相貌を見せる。普段はみんな穏やかでやさしく愛
情がきめ細かい。
 この保護区の監視員からニマと呼ばれている私
の母ライオンのやさしさは特別だった。ニマは他
の兄弟たちと違いよく私を寄り添わせてくれた。
私はニマの体温通して底知れぬ愛情ややさしさを
感じると共に、どんな不安な気持ちも和らげさせ
てくれるのを感じていた。そして遠くにハイエナ
などの声が聞こえても、たとえニマが近くにいな
くても彼女の匂いを感じれば決して恐怖を覚える
ことはなかった。
 それからしばらくのあいだは、ときおり姿を見
せる父ライオンに守られながら私たちは平和に暮
らしていた。だがそれも長くは続かなかった。サ
バンナに鳴り響く咆哮とともに突然現れたはぐれ
オスライオンによって父ライオンはあっけなくも
戦いに敗れ群れを追い出されてしまった。他の兄
弟たちはその様子を見てただ怯えるばかりだった
が、私はこの後新しい支配者であるオスライオン
の子殺しが始まることが判っていたので、兄弟た
ちに急いでこの場を離れて私についてくるように
るようにうながすと近くの岩場をめがけて走った。
その岩場には子ライオンは通れるが大人のライオ
ンは狭くて通ることができない隙間があることを
私は知っていたからだ。そしてそのような隙間は
いくつかありそのそれぞれがつながっていたので、
はぐれライオンの攻撃から逃れられると思ったか
らだ。その岩場までくる間に二頭の兄弟が殺され
た。残る三頭で私たちはその隙間に身を潜めた。
はぐれライオンは執拗だった。奴は私たちを群れ
から追い出すことではなく殺すことを目的として
いたからだ。三日目の夜、私たちは外に殺戮者が
いないことを確かめてその岩場を後にした。
 だがそのときの私たちには狩りをするほどの知
恵も能力もなく、またハイエナなどの他の捕食動
物と戦いきる体力もなかった。それで私たちは百
獣の王という誇りを捨て腐肉をあさりながら、そ
してできるだけ他の捕食動物の眼に触れないよう
に隠れるようにして生きていた。やがて何とか協
力して小動物ではあったが狩りに成功するように
なっていった。そして私たちは伸び始めたたてが
みによって、ようやくオスライオンらしい風格が
漂い始めたころ、私たちはようやくシマウマの狩
りにも成功するようになっていた。そのことは、
私たちに生きる自信を生み出していた。そしてそ
の自信はもう他の捕食動物を恐れることのない勇
気へとつながっていた。苦楽を共にしながら必死
で生き延びてきた私たちは固い友情の絆で結ばれ
ているのでもう怖いものなど何もなくなっていた。
その後私たちはハイエナの群れにおそわれている
アドXとアドYを助けだして仲間に入れた。なぜ
私たち五頭は、こうも固い友情の絆で結ばれるよ
うになったのか?その最大の理由は生き延びるた
めに生死をかけて敵対勢力と戦ってきたからに違
いない。だが決してそれだけではない。最初は暴
力的ないじめのように感じていた兄弟同士のじゃ
れあいが友情をはぐくんだことは間違いない。私
はその喧嘩のようなじゃれあいを何度もくり返し
ているうちに、そのときの皮膚を通した交感によ
って多くのことが判るようになっていった。ちょ
っとした表情や、何気ない仕草によって、相手が
どんな思いや気持ちでいるのかが手に取るように
判るようになっていった。だがもちろんそのため
には母ライオンのニマが私をなめたり抱き寄せた
りするときに、肌を通して伝わってくる母親の深
い愛情をかんじることによって、私の心に生まれ
てくる絶対的な安心感がそのような精神の発達に
重要な役割を果たしていたことは間違いないのだ
が。この感覚、このちょっとした表情やしぐさで
相手の感情が理解できるということは、私は人間
でいたときには判らなかった。いや判る人には判
っていたのかもしれない、なぜなら同じ動物なの
だから、そうだとしたら、私には何かが原因でそ
の感覚が育っていなかったのかもしれない、つま
り私の二十余年の人生の間にそのような能力が私
の精神に組み込まれてこなかったということなの
だろうか。たしかに、私には人間の母親になめら
れたり抱きしめられたりという記憶はないだけで
はなく、小さいときに兄弟や友達と取っ組み合い
喧嘩や体を使ったじゃれあいの記憶も全くない。
私が思い出すのは、もめごとやトラブルのときは、
行儀のよい話し合いだけだ。私の周りには常に言
葉による理性的な解決があった。規律も儀礼も人
間関係も常に言葉で表されていた。それだけで問
題なく生きることができていた。それぞれの人間
同士には接触の必要のない競争はあったが、生き
るために深い友情関係は必要なかった。だから豊
かでそしてある意味言葉であふれた理性的な社会
に安住できるまともで常識的な人間にとっては生
きることには特別の苦労も苦悩もなかった。私も
かつては紛れもなくそういうに人間だった。私は
人間でいたとき、野生動物というものは力の強い
ものを弱いものを服従させ、仲間でもちょっとし
たことでも暴力的にいがみ合い、弱い草食動物を
捕獲して生きたままその肉を食らうという残酷の
生き物のように思っていたが、実際はそうではな
かった。人間だって他の動物は殺して食らう、そ
れに追い詰められれば同類の人間だって、それも
組織的に何十万何百万と殺す。捕食動物にとって
もそれは追い詰められたやむにやまれぬ衝動な行
動なのである。それだからなのだろうか、それ以
外のときは穏やかで愛情深く家族思いなのである。
今の私にとって何の不安もない。人間でいたとき
これといって不満はなかったが、どこかしら言葉
にできないような不安はいつも感じていた。だが
いつもそんなものは気のせいだと思うようにして
いた。それはそうだろう、なぜならそんな社会に
ずっと適応して生きてきたのだから。社会には不
満はあったのかもしれないが、少なくとも周囲の
人たちと同じように自分のことだけを考えていれ
ば幸せになれるのだから。社会問題や政治問題が
洪水のようにマスコミから流されていても、それ
らはしょせん抽象的な言葉の出来事に過ぎなかっ
た。
 今の私の周りには言葉にできない愛情や友情が
あふれている。今の私には人間でいたときにはな
かった肌で感じる充実感がある。それを幸せと呼
べはそうなのかもしれない。今の私には人間でい
たときの記憶がどんどん薄れかけていきほとんど
なくなっている。だからもう人間に戻りたいとは
思わない。もちろん監視員の話しによると私の人
間のときの肉体はすでに灰になっているのだから、
もう戻ることはできないのだが。

 真昼のサバンナはとにかく大人しくしているに
限る。
 遠くに陽炎に揺れながら車がやってくるのが見
える。監視員が先日の動物研究者らしき男を連れ
て近くまでやってくる。
 彼らの会話が聞こえてくる。
「何か変わったとは?」
「何もないね、昼間ほとんどがこうして眠ったり
して休んでいるだ、とくに暑い時には、彼らが活
発になるのは涼しくなる夕方からなんだ」
「狩りも?」
「そう、ほとんどはね」
「車からおりても大丈夫かな?」
「たぶん大丈夫さ、あまり離れなければね。いや、
そもそも野生のライオンは人間を襲わないもんだ
よ。近づきすぎたり追い詰めたりしない限りは。
人間だってパーソナルスペースを侵害されたり、
なめられたりすればイラついたり怒ったりするじゃ
ないか、それと変わりないよ。まあ、でもこの群れ
はそれでもほとんど大丈夫だね。この群れは本当に
おとなしいんだよ。他の捕食動物とのいざこざもな
く、普通なら同じ群れ同士でも多少はいがみ合いや
喧嘩はあるんだけどまだ見たこともない、かといっ
て勇猛さが求められる狩りが下手かというとそうで
もない、それにむやみやたらと狩りはしないんだ、
必要なだけ捕食するという、まあ人間で言ったら平
和主義者みたいなもんだろうか、以前には見られな
かったねこんな群れは」
「そういうえば、マサイの長老ががこんなことを言
っていた。かつては人間とライオンの間には、決し
てお互いの領域には踏み込まないという暗黙の了解
というものがあって、それで常に緊張感をもって対
峙していたおかげで、お互いに襲うことも襲われる
こともなかったみたいだったんだけど、最近はどう
も変わってきているみたいなんだ、ライオンが襲う
というようなことではなく、むしろその逆でライオ
ンのほうからなれなれしく近寄ってきているみたい
なんだ。以前のような緊張感がなくなってまったく
妙な気持ちだというんだ。まあ、まだ事故がないか
らいいって言っているんだけど」
「それは観光のせいではないか、観光客が隠れてエ
サを与えているからじゃないかな、それで人間を恐
れなくなって、というか人間を侮るようになってし
まって」
「そうなのか、良いことなのか悪いことなのか」
「最近わかったことなんだけど、どうやらこの群れ
の三頭のサムたちの父親が死んだみたいなんだ。二
年前に戦いに敗れて群れを追い出されたあとは、彼
なりのプライドもあって孤独に放浪していたんだが、
あまり餌にもありつけず、というのも群れ時代メス
たちの狩りに依存していたから、狩りはあまり上手
ではなかったんだ、それに年のせいもあり、いざこ
ざや争いごとに敗れて、年毎に生きる気力も失われ
ていったみたいで、最期はは衰弱して野垂れ死に、
それもハイエナやハゲタカのえさになってね」

 私には父ライオンの記憶が全くない。それに人間
の父親の記憶も今はほとんどない。
 私たちの群れが他の捕食動物と争わないのは、そ
の必要がないからだ。争いごとの最大の原因は食べ
物をめぐるもの、そしてお互いの子殺してある。食
べ物に関しては私たちは狩りがうまく、そして仲間
の連携による圧倒的な力で略奪者を排除できるので、
そのようなもめごとは起こらない。残るはお互いの
子殺しであるが、だれが最初に始めたかはわからな
いがお互いの憎しみと怒りによる怨恨の連鎖は代々
引き継がれているのである。でもこれは主にメスた
ちに間で起こるものであり、私たちオスには全く起
こりえない争いごとである。
 太陽も傾き始めようやく涼しくなってきた。みん
なが集まりだした。お互いの顔の表情や仕草からし
て、そろそろ狩りを始めようかという気持ちが感じ
取られる。
 私たちは休息をとっているから気力も体力も十分
である。
 私たちは夕闇にかすむサバンナをおもむろに歩き
始める。?  簒奪者の殺戮から逃れサバンナをさ迷い始めたこ
ろ、私たちはまだ幼かったので、ほかの捕食動物の
攻撃を避けるためにできるだけ目立たないように生
きるしかなく、それに狩りの経験もなかったので腐
肉をあさるしかなかった。やがて体も少し大きくな
って狩りをするようになった。最初は失敗したが二
度目にはあっさりと成功した。そのとき思ったのは
、それまで狩りになかなか踏み込めなかったのは経
験というより勇気がなかったせいのような気がした。
だがあのとき何よりも私が驚いたのは、まだ狩りの
経験が全くなかった彼らがだいたいの狩りのやり方
を知っていたということである。私は人間のときの
知識としてそれを知っていた。まずみんなで獲物の
周囲を取り囲み、そして誰かが最初に攻撃を加え、
驚いて逃げる方向に待ち伏せしている者が最終的に
は捕らえるという方法である。私は彼らにこうやる
んだよというような指示は与えていない、というか
与えようがない、それよりも彼らは今から狩りをや
ろうという気構えを表情にあらわしたあと、私が表
情や仕草で何も促さないうちに自然とそういう陣形
をとりだしたのである。そしてサムシックスが追わ
れて逃げてきたインパラに襲い掛かり組み倒すやい
な、その首に噛みついて動かなくなるまで離さない
のである。それは窒息させるということを知ってい
るのである。私はそのことを知識として知っていた
が、小さいころから共に行動してきたサムシックス
は、それをいつどこで覚えたのだろうか?他の者に
襲い掛かるということは、小さいころからの兄弟同
士のじゃれあいで覚えたのだろうが、獲物の周囲を
取り囲み、それを待ち伏せて組み伏せ、そして噛み
ついて窒息させるという行為は本能によるものだと
はどうしても思えない。私は推測する。おそらく彼
はかつての群れの母親や、他の群れがそうするのを
見ていて覚えたのだろうと。私はここでさらに推測
を深めていかなければならない。つまり彼らは、人
間が言葉や文字で学ぶとは違って、眼にしたものを
そのまま行動に移すことができるということ、そし
て眼にしたものをそのまま生きるための知恵として
獲得できるということでないのかと。さらに推測を
深めよう、私たち人間というものは、数ミリ程度の
アリの群れが人間にも勝るとも劣らないような高度
な社会生活を営んでいるのを知っている。どのよう
な知識のなせる業かと不思議におもうよりも、それ
はもうただ驚きだけである。何ミリ程度の頭にその
ような高度な知恵が本能のように組み込まれている
とは到底思えない。恐らく解剖してもその仕組みは
判らないだろう。
 推測をさらに深めよう。それはスポーツをやる人
間にとっては、その能力が充分に発揮されていると
みなしてもいいのだが、現代の主流となっている言
葉や文字による教育に依存しているほとんどの人間
にとっては、今やもう機能しなくなってしまってい
るといっても決して言い過ぎではないその能力、他
者がやっていることを見るだけで、そっくりそのま
ま真似することができるという、おそらくすべての
動物に生まれつき備わっているに違いない、その能
力のおかげなのだろう。つまりアリの群れにおいて、
はるか昔に最初に始められたことから次第に進化発
展しながら複雑高度なものとなり、それらが生きる
ために役立つということで代々引き継がれてきたの
だろう。
 この能力こそ生き物の知恵ということなのだろう
か。
 私が人間でいたとき、知恵は言葉によって語られ
たり文字によって表現されたりして盛んに流布され
もてはやされていた。だからといって知恵は言葉を
利用する人間だけに備わってわけではない。地球上
のすべての生き物に備わっていることにだれも異論
をはさまないだろう。ではその知恵はどこに宿って
いるのだろうか、思考にか、言葉にか、それとも、
どうやら今、なんとなくではあるが、その答えが判
ったような気がする。もしかしたら知恵というのは、
生きものとして私たちのそのすべての生命に宿って
いるのではないだろうか」
 人間は逃げた動物を捕まえるときどうするだろ
う。まずは何人かでそれを取り囲んだらその包囲
網をちぢめて捕まえることになるのだが、その場
合だれか指示を出す者が必要となる。その者はき
っと言葉でみんなにこんなふうに指示を出すだろ
う。"みんなで逃げられないように取り囲んだら、
じょじょに包囲網を狭めていって、より近いもの
が取り押さえにかかり、それでもし失敗したら、
ほかの誰かが待ち伏せしていて、その逃げてきた
ところを捕まえるように"と。このように人間は
その知恵を言葉によって表現する。言葉によって
表現されてはじめてその知恵は効力を発揮する。
ライオンになった私も当初は狩りのときは、それ
と同じような知恵の言葉を思い浮かべながら行動
していた。でも他の者たちはそんな知恵の言葉が
ないにもかかわらず私と変わりなく行動できたい
た。ということは彼らにもその狩りをするときに
私と同じような知恵がそなわっていることになる。
彼らはその知恵をいったいいつ身に付けたのだろ
うか。おそらくかつての群れの大人ライオンや他
の捕食動物の行動を見たりして覚えたのだろうが。
だがではその知恵はいったいどこに宿っているの
だろうか。私のように言葉ではないとしたら、彼
らのいったいどこに宿っているということなのだ
ろうか。それはどのように宿っているということ
だろうか。私がライオンになって成長していくそ
の過程で、最初兄弟たちのようにサバンナを駆け
抜けるとき、いつも地面の状態が気になっていた
。少し先に段差があったり、水たまりがあったり
して。そこで私は"段差があるから気を付けなれ
ばならない"とか"水たまりがあるから気を付けな
ければならない"という言葉を思い浮かべながら
走りぬけるようにしていた。だがいつのまにかそ
のように言葉を思い浮かべなくなくても走ること
ができるようになっていた。地面の状態を瞬間的
に直観的に判断して行動できるようになっていた。
そして今ではほとんどの行動において、たとえ連
携が必要な狩りのときでさえ言葉を思い浮かべる
ようなことはしない。ちょっとした視線の向きや
表情の変化だけで十分に意思疎通がはかれる。自
分の行動を後で思い返して言葉で表現することは
できるが、実際に行動するときには言葉はすでに
必要でなくなっている。私の行動のすべては知恵
の発現である。その行動の質は仲間たちと優劣の
差はない。ではその知恵はどこに宿っているのだ
ろうか。人間のように言葉にではないとしたら。
それは私たち生き物の肉体そのものに、私たち生
き物の行動そのものに宿るということなのだろう
か。

 初めて狩りに成功してそのときに食べた新鮮な
肉の味が忘れなれない。それは狩りに成功した達
成感や満足感がそうさせていたのだろうが、おそ
らくそのときまで死肉や腐肉をあさっていたせい
でもあるのだろう。やがて肉食動物の肉がいかに
まずいものかが判るようになり、それ以降は草食
物しか食べなくなった。
 だから私たちライオンがヒョウやハイエナに、
ときにはその子供らに攻撃を加えるのは、彼らを
殺して食べようとするからではない、彼らがライ
オンの子供を捕食するからである。いつどちらが
先に始めたかはわからないが、終わることなくそ
の怨恨の連鎖は続いているのである。

 私たちはいま少し空腹を感じながら太陽が地平
線から登るのを見ている。昨夜狩りの失敗は腹立
たしいものだった。どんな腹いせか気まぐれかは
判らないが、それまで全くと言っていいほど軋轢
のなかったハイエナのやつらが突然のように狩り
の妨害をしたのである。そこで私たちはその落と
し前として、そのハイエナを追い詰め殺した。そ
れまで我われは無益な殺戮は避けていた、という
よりも時には、私たちがとらえた獲物に貪りつく
のを許していたこともあった。つまり食べきれな
いということで彼らに分け与えていたということ
である。だが怒りには勝てなかった。ついに我わ
れも怨恨の連鎖に取り込まれてしまったようだ。

 私たちは珍しくも朝から歩き出した。それは朝
の涼しさもあったが、昨夜の狩りの失敗に懲りて、
もう少し行動範囲を広げてみようという全員の共
通の思いがそうさせているようだった。
 ときおり見上げる空の雲の形や流れる速さから、
みんな季節の移り変わりを感じ取っている。そし
てみんな判っている、ヌーの大群が大移動を始め
るということを。そしてもしその場に居合わせば
いとも簡単に捕獲できるということを。

 私たちが小高い丘を越えると、見知らぬライオ
ンのオスが現れる。威丈だけ構えこちらを見てい
る。おそらく群れのボスかなんかで、群れを乗っ
取られまいと警戒しているのだろう。だがあくま
でも無益な争いを好まない私たちは彼を無視して
次の灌木の丘を目指して歩き続ける。
 遠くに小動物の姿が見える。だが今私たちが目
指すのはヌーの群れである。灌木の丘を降りてし
ばらく行くとまたライオンが現れる。今度は群れ
のようだ。三匹のメスライオンである。私たちは
なんとなく気付く、先頭にいるのは私たちの母ラ
イオンであるニマであることに。でもこれ以上近
づくことはできない。なぜなら彼女が私たちを自
分の子供と認識しているかどうかは判らないのだ
から。それにいつボスライオンが飛び出してくる
かはわかないから。私たちは何事もなかったかの
ように歩みを進める。しばらくして私は振り返る。
すると先ほどのライオンがまだ私たちのことを見
ている。やはりあれは母ライオンなのだろうかと
思いながらも私は前に歩みを進める。しばらくし
て私は再び振り返る。するとまだ先ほどのライオ
ンが私たちのほうをじっと見ている。やっぱりあ
れは私たちの母なのだ、母は私たちのことは決し
て忘れてはいなかったのだ。
 私は思い出す。父ライオンを追い出して新しく
王座に就いたオスライオンの殺戮の脅威からなん
とか脱して、できるだけ遠くへ逃れようと必死で
走りながら、ふと振り向いたその先に、心配そう
にじっと私たちのことを見ている彼女の姿を眼に
たことを。
 私は忘れない。わずかな期間ではあったが彼女
の愛情の深さを。
 人間の心というものはいつも思い描くことや考
え事でいっぱいである。それに比べてライオンの
心は違う。狩りをして獲物を捕食するときの荒々
しい気持ちを除けば、普段休息をとっているとき
のライオンの心には何もない、だからそのとき周
囲の景色が穏やかであれば心は穏やかになり、風
雨になれば心も風雨になる。そして母親の肌を通
して伝わってくる愛情こそが彼女のすべてであり
私の心は無限の愛情に満たされる。人間でいたと
きの母の愛情は最近ではよく思い出せないのに、
彼女の愛情の深さは決して忘れることはできない。
そこには発育も悪く気弱な私を見捨てかけかねた
ということへの後ろめたい気持ちも働いていたか
もしれないが、私が迷子から無事に群れに戻った
ときには、全身で私に愛情を注いでくれた。その
深い愛情は私の体にしみこんで今も私を支えてい
る。私の人間の母もきっと私を抱きかかえてくれ
たに違いない、でも肌を通したぬくもり、そして
そのときに感じたに違いない絶対的な幸福感や安
ど感などははっきりと思い出すことができない。
私が人間の母について思い出すことができるのは、
父親もそうだったが、日常生活のすべて出来事を
言葉で理路整然と解決する姿である。そもそも私
は人間でいたときどのように生きていたのだろう。
私の学校での成績は常に半分より上だった。特殊
な才能に恵まれない平凡な人間にとってそれで十
分だった。というのもそこは社会の大多数の人間
が占めている位置であり、そこに属している限り
は将来の進学や就職が保証されているようなもの
であり、ほとんど不安を感じることはなく、さら
にはそのおかげで両親に心配させることも、両親
からの余計な干渉をうけることがないので、ほと
んど穏やかな生活を続けることができていた。そ
れからおそらくこれが私が友達を必要としなかっ
た最大の理由だろうが、経済発展による社会の豊
かさのおかげなのだろうが、勉強以外の余った時
間を様々な娯楽で紛らすことができるので少しも
寂しさや退屈さを感じなかった。さらには欲しい
ものは何でもすぐ手に入るということで、それほ
どの不満や不自由さを感じることなく生きていく
ことができていた。それにそんな毎日の生活には
関係がないということで、政治的なことはほとん
ど関心がなかった。ましてや世界のそれには。だ
がそれが間違いだった。何も考えずに就職した会
社が世界紛争に最前線にいる国とかかわりを持つ
とは予想だにしなかった。あとで判ったのだが私
たちはK国を訪問した後、まるで逃亡者であるか
のように命からがらそこから逃れてきたのだった。
それはすべて行き当たりばったりの先見性のない
無能な社長のせいに違いないなのだが、かといっ
て他人事のように社長だけを責めることはできな
い、何も考えずにそんな会社を選んだ自分にもそ
の遠因はあるだろう。K国に行く前社長は自分の
会社は倒産間際まで追い詰められていることを判
っていたようだ。それでK国への投資で何とか復
活をはかろうとしていたようだ。だが滞在最後の
日に会社倒産の知らせが入り、それまでの計画が
水泡に帰してしまい、それが結果的にはK国をだ
ましたことになり、とどのつまりK国の担当者を
裏切り恥をかかせたことになり、はてはK国の当
局が絶対に受け受け入れることができない国家的
恥辱を与えてしまったに違いないと感じた社長は
、それに対する報復がどんなものであるかに気付
き日本に帰ることを選ばずにどこか遠くに雲隠れ
することを選択したのだろう。そして飛行機では
なく眼が届きにくい客船を選んだ。だがその船か
ら忽然と消えた。前途を絶望した自殺なのか、そ
れとも、、、、私たちが逃亡者となってしまった
本当の理由ははたしてそれだけだろうか。もしか
してあのことも関係しているのでは。
 あのとき社長が私に向けた苦々しい表情を忘れ
ることはできない。
 列車で隣国に出た私たちは、その国のとある港
から客船に乗った。
 デッキで遠くを見つめる社長に私は尋ねた。
「なぜ日本に帰らないのですか?」
「帰れるわけないだろう、もう会社は倒産したん
だよ」
「、、、、」
「それだけじゃない、われわれは裏切ったんだよ、
彼らを、奴らいってたろう、我が誇りある民族を
裏切ったらどうなるかって」
「、、、、」
「お前、あの夜、行ったみたいだな、別館に」
「、、、、ええ、、、、」
「馬鹿が、まさかお前が誘惑に乗るとは、ほんと
に情けない」
「、、、、」
 あの夜K国の担当者の誘いの言葉に乗った私は、
特別な接待をしてくれる美しい女性たちのいる別
館に行った。
 それぞれのドアノブには色違いの布が結び付け
られていた。それは昼に接待をしてくれた女性た
ちを個別に識別する印だった。私はひときわ記憶
に残っている女性の色を選んだ。ドアが開けられ
ると記憶の女性が昼間と変わらな笑顔で向かい入
れてくれた。女性は奥ゆかしい美しさをたたえて
いた。私をソファに案内したあと、その女性の姿
がしばらく見えなくなった。そのあいだ私は夢見
心地で座っていた。数分後その女性は現れた。だ
が再び現れたその女性の姿を見て私は私の想像力
が凍り付くのを感じた。なぜならその女性は先ほ
どまでのあでやかな衣装とは違って、機能的な体
操着に着替えていたからだ。女性の整った容姿や
しなやかな仕草、そしてあでやかな衣装は私の頭
に魅惑的な女性を形容するあらゆる言葉を渦巻く
ように湧き起らせてたのであったが、その素朴な
姿からはすべての言葉が消え去っていたのである。
私にはそれ以降の具体的な記憶がほとんど残って
いない。あえて言葉で表現すれば、その後そこで
行われたことは、苦痛の伴う単なる物理的行為と
いうことだ。それにかすかだがこんなことを会話
したのを覚えている。
「出身は?」
「北の山のほう」
「どうしてここに居るの?」
「役所の人に祖国のために働いてみないかって誘
われて、初めは断ったんだけど、他の人のような
出稼ぎじゃない、町での特別な仕事で、給料もい
いからって言われて、それでお母さんにミシンを
買ってあげようと思って」


 遠くの大地が薄黒く光っている。
 流れる雲より速く走るヌーの大群が現れた。私
たちは岩場の外で、このときのために集まった他
のライオン群れとともに待っている。空にはハゲ
タカが待っている。少し離れたところにジャッカ
ルやハイエナの姿が見える。不思議とこんなとき
はお互いに争いごとを起こすことを好まないよう
だ。
 彼らの通り道は両側が崖で挟まれた隘路になっ
ている。私たちは彼らがそこを通らなければなら
ないことを知ってた。私たちは近づいてくる彼ら
に悟られないように大きな岩の陰に身をひそめる。
だが彼らは私たちの存在に気付いて歩みを止めて
私たちのほうに注意をむけている。彼らは砂埃を
上げてひしめき合う。私たちはじっとそのときを
待っている。だが捕食されることの恐怖のためか
誰も歩みだすものはいない。彼らの誰もの自分の
生命の危険を感じるから躊躇するのであろう、だ
が私たちは彼らを群れごと捕食しようとしている
のではない、手頃な奴それだけで十分なのである。
なかなか動き出さない、もし彼らが動き出さなか
ったら、彼ら全体が存亡の危機に瀕するだろう。
お前らはなにも恐れることはないのだ、ほんの数
頭犠牲になるだけで群れ全体が救われるのだから
と思いながら私は悠然と立ちはだかる。他の者た
ちも、いずれそのときが来るのを信じてじっと待
っている。そしてついに動きだすものが現れる。
危険を顧みない向こう見ずなものか、それとも群
れ全体を危機から救うために自らその犠牲になろ
うとするものか、その勇気あるものが走り出すと、
他のものがいっせいに続いた。予想通りである。
犠牲になったのはわずか数頭である。残りの何万
頭は無事抜け出せたのである。全体が救われるな
ら彼らにとってその程度の犠牲は痛くもかゆくも
ないだろう。それに数か月もすれば元の数に回復
するのはまちがいないのだから。
 私は人間でいたとき、こんなことがあった。ア
フリカのとある国やK国で飢饉による食糧不足た
めたくさんの餓死者が出たことが、そんなとき国
際社会は大量の食料を送って援助した。ところが
その後そのことが問題となることもなく大量の食
糧援助も必要でなくなっていった。その通りだろ
う、人間の数が減ったのだから、それによって食
料の生産量とそれを食べる人間の数が釣り合うよ
うになったのだから。このサバンナで肉食動物と
草食動物のバランスを保つために機能していると
いう自然の調整作用と似たようなものが、その場
にも機能している違いない。穏やかな毎日が続い
ている。なぜならムーの群れさえ見失わなけりば
もう獲物のために労力を注ぐことはないからだ。


 監視員の車がが例の動物研究者らしき男を乗せ
てやってきた。その後ろからは観光客を乗せたサ
ハリ用のバスがやってくる。
 二人の会話が聞こえてくる。
「ちょうどいいタイミングだ、観光客はライオン
が捕食するところを見たいからね」
「でも獲物が近くにいるのにずいぶんのんびりと
しているね」
「たぶんまだお腹がすいてないのだろう」
「この群れは例の群れだね、大人しいというか、
ライオンには珍しく周囲とはほとんどいざこざを
起こさないというか、ライオンの平和主義者とい
か」
「でも最近それも変わってきているというか、こ
の群れがハイエナを執拗に追い詰めてかみ殺した
っていうのを見たものがいるんだよ。
「何があったんだろう」
「まあ、おそらく謀略だな」
「謀略」
「そう、近くに別のライオンの群れがあってね、
やつらは荒々しくてものすごく戦闘好きなんだ。
しょっちゅうハイエナの群れと戦っていて、最近
では、どうやらハイエナのほうが力をつけてきて、
ライオンの群れのほうが押され気味になっていた
んだ、そこでライオンのほうは策略を考えたんだ。
自分たちの争いにこの穏健なライオンの群れを巻
き込もうと、味方でなくても巻き込みさえすれば、
ハイエナにとっては敵が増えたってことになるか
らね、それで自分たちへの戦闘力は弱められるこ
とになるから、押され気味のライオン側にとって
は優位な立場に戻れるということになるわけなん
だ」
「そんなに賢いものなんだ、ライオンって、人間
みたいだな」
「人間ほどではないけどね、でも予想以上に賢い
な」
「それでどうやったんだ」
「恐らくなんだけど、ハイエナの背後に隠れて物
音をたてたりなんかして狩りの妨害をしたんだろ
うね。そのとき狩りをしているライオンにとって
はハイエナしか見えないから、きっとハイエナが
妨害したと思ったんだろうね。それで」
「これからこの群れはどうなるんだろうね」
「まあ、もう平和主義者ではいられなくなったね、
ハイエナから恨みを買うようになったから。でも
この群れは比較的まとまりがあるっていうか、安
定しているほうなんだよ。オスだけの群れでも、
ボスライオンが支配する群れでも、平和が続くの
はせいぜい二三年なんだよ。病気、喧嘩、不慮の
事故や、ボスライオンの交代による離合集散は人
間が考えているよりも結構頻繁に起こっているん
だ。この群れがほかの群れと違うのはちょっとだ
けまとめ役みたいなものがいるってことかな」
「まとめ役って」
「あれだよ、あのサムセブンだよ」

 私は二人から離れる。そして灌木の木陰に身を
横たえる。たしかにあの夜まで私たちは平和主義
者だった。それまで私たちは必要に迫られた捕食
だけを行っていた。ときには食べきれない獲物を
わざと放棄して分け与えるよぅもにしていたぐら
いで、決して他の捕食者から獲物を横取りするよ
うなことなかった。それにどんな理由があろうと
ハイエナやヒョウの子供を殺したりはしなかった。
だがあの夜、ハイエナがわれわれの狩りを妨害し
たことはどうしても許せなかった。ハイエナにだ
って我われライオンに対して何か恨みや忌々しい
と思う気持ちがあったに違いないが、それによっ
て全身に沸き起こる怒りをどうすることもできな
かった。たとえそれが誤解にもとづくものであっ
たとしても。そして私たちはその張本人を追い詰
め殺した。私にとってそのような激しい怒りの感
情は予想外のものだったのだが。
 私たちの群れが無益な争いごとを起こさずに平
和主義者でいられたのは、はっきり言って私のお
かげである。私の人間時代に身に付けた知恵がそ
うさせたのである。新しいボスライオンによって
私たち兄弟が殺されかかったとき、私の導きによ
って岩場の隙間に隠れてその難から逃れたのも、
その後生き延びるためにはできるだけ他の捕食動
物に見つからないように用心深く行動したのも、
私たちの勢力を拡大することを考えてアドXとア
ドYをハイエナの攻撃から救って仲間に入れたの
も、すべて私が人間でいたときに獲得された知識
や知恵に裏付けらている私の指示表情や仕草によ
って表された私の指示のおかげなのである。
 そもそも私が穏やかな平和主義者でありつづけ
たのは人間として育っていたときの環境が大いに
影響しているにちがいない。子供のとき学校では
周囲とトラブルを起こさないものがよい生徒とさ
れた。そういう価値観は学校だけではなく家庭で
も社会でも広まっていた。だから私は、というよ
りもまわりも生徒もそうだったが、他の生徒と感
情的に深く関わりあうようなつき合いはしなかっ
た。だからもちろん親友と呼べるような友達もで
きることはなく、それは大人になっても変わりは
なかった。というよりもそういう付き合いをしな
くても生きていくことに何の不都合もなかったと
いってもいいのだろう。とにかく学校では周囲と
もめごとを起こさい、先生の言うことはきく、勉
強はできるだけ上にいるような生徒が求められて
いた。私はできるだけそのような生徒になること
に努めた。なぜなら穏やかに過ごすことができる
だけではなくとても楽だったからである。それに
たとえ友情にまつわる情感を味わえなくて、身の
周りにあふれる趣味や娯楽の世界に退屈な時間を
紛らすことができたからである。だがもちろんど
うしても避けて通ることのできない問題があった。
それは生徒間のいじめ問題だった。私は子供のと
きいじめの標的になることはなかった。というの
もイジメられる子供は、なぜイジメられるか、私
は子供ながらに薄々その原因が判っていたからだ。
だから私は、イジメられている生徒を見て、こう
すればイジメられないのにと、常に思っていた。
つまり私はイジメられない方法を知っていたので
ある。いまから思えばそれは陰険で冷たい知恵で
はあるが、それにあるときから私はイジメという
ものは、ちょっとしたことで、いつでもどこでも
誰にでも起こりえることに、そして集団のボスで
ある先生さえしっかりしていたら、いじめはある
定数以上増えることも深刻化することもないこと
に気付いた。それで私は少し知恵を巡らせるだけ
でイジメる経験もイジメられる経験をするこくな
く、ずっと傍観者でいることができた。私が大人
になるまでずっと傍観者でいられたのは母の次の
ような言葉が後押ししていた。
「イジメというのはいつの時代にもあるのよ、子
供だけじゃなく、大人の世界にも、動物なんてイ
ジメだけの世界じゃない。みんなそれに耐えて生
き残っているのよ。とにかくそんなものには打ち
勝って生き残ることが大切なのよ。この世界はい
い人だけじゃないのよ、どうしてもイジメてやろ
うと思う根性の悪い人がたくさんいるのよ。そん
な人にはかかわっちゃダメなのよ。人間には、こ
いつ気に入らないと思ったらとことんまで苦しめ
てやろうとする性根の腐ったような奴がいるのよ、
そんなのに眼をつけられたらそれこそ地獄よ。も
ちろんあなたがイジメられたらお母さんもお父さ
んもあなたことを全力で守るけどね。でも大人を
信じちゃだめよ。もしあなたがいじめられたりい
じめを見たりしてそれを大人に告発すれば解決さ
れるだろうと思ったりしてはダメよ。大人ってい
うのは本当はそんな面倒なことにはかかわりたく
ないと思っているのよ、できればそんなことは大
したことないだとか、なかったことにしたいとみ
んな思っているんだからね。だから、もしあなた
が誰かがいじめられているのを見て、それを告発
しないからと言って何も後ろめたいことはないの
よ。告発することは決して勇気でもなんでもない
から。見て見ぬふりしていたからといって決して
恥じることはないのよ。イジメられる人はつらい
かもしれないけど、結構時間が解決してくれるも
のよ。後でそのことがその人には生きるバネにな
ったりしてね、そういう人こそ立派な人になった
り、立派な仕事を成し遂げたりするようになるの
よ。とにかく今はできるだけかかわらないでいる
ことよ」
 父も他の兄弟たちも同じような考え方だった。
    私はその後ずっとそんな家族の言葉を胸に秘め
て、どのような社会集団においてもできるだけ傍
観者としての立場を崩さず生きてきたが、いつし
かどのような社会集団であれ、そこにしっかりと
した導き手がいないと、その集団はたちまちにし
てカオス状態に陥りどんな犯罪集団にもなりかね
ないということを理解できるようになっていた。
 もしかしたらそんな知識がこの群れをまとめる
のに役立っていたのかもしれない。つまりこんな
にも生存競争の激しいサバンナで生き残っていく
ためには、どうしても群れとしてまとまっている
ことが求められており、そのためにはボスライオ
ンのような暴威は必ずしも必要でなく、日頃から
仲間のことを気にかけたり思いやったり、そして
狩りのときには自ら先頭に立って合図を送ったり
して、集団の核となってみんなを引っ張っていく
存在がどうしても必要ということに気付いた私は
、人間でいたときに獲得した知識を応用するかの
ように、その導き手としての役目をこれまで積極
的に果たしてきていたようだ。だがみんなをまと
めて引っ張っていくというのはそれほど難しいこ
とではなかった。なぜか皆は驚くくらい素直で従
順で、ボスライオンのように暴威は全く必要なか
った。それで喧嘩も内輪もめもなかった。それが
監視員から見れば私たちの群れは大人しい平和主
義者の集まりとなるのだろう。それもこれも皆そ
れぞれの性格に起因するのかもしれない。
 サムシックスは身体能力が高くいつも獲物の仕
留め役をする。でも普段は私に頼り切ることがあ
る。人間でいえば甘えん坊ということなのだろう
か。
 サムファイブはそれほど俊敏性はないが、獲物
を執拗に追い続ける持続力がある。それで狩りの
とき私たちの役目は逃げてくる獲物の道をふさげ
ばいいというだけでだいぶ助けられている。普段
の彼にはそれほど接触を必要としない傾向があり、
もしかしたらそれは誰かに頼らずにも生きていけ
そうな個人力のせいかもしれない。
 アドXはいつまでたっても獲物をしとめること
はできない。少しだけ動作がのろく判断が遅い。
でも狩りのときはそれなりに役目を果たしている
ので必要である。人間で言ったら障碍者というこ
とになり、何かと苦労することになるのだろうが、
ここサバンナでは群れにいる限り全くそんなこと
はない。
 アドYは勇敢で攻撃力がある。でも決して乱暴
で向こう見ずということではない。私に対して必
要以上の敬意を払ってくれる。おそらくハイエナ
の群れから助け出してくれたことへの恩義を感じ
ているからなのだろう。
 なぜこんなにも私が彼らの性格が判り気になる
のだろう。人間でいたとき他人の性格などどうで
もよかったのに。性格だけではない、人間でいた
ときは全くといっていいほどわからなかった他者
の気持ちが今では手に取るように判るのである。
それに相手の気持ちが判るとき、私はその相手の
気持ちと同じような気持ちになるのである。相手
が沈んでいれば自分も沈み、相手が喜んでいれば
自分も喜ぶ、相手がうれしそうにしていれば自分
もうれしくなるというように。みんなは人間のよ
うには言葉を話さない、でも私には彼らのちょっ
とした表情や仕草から彼らが言いたいことや気持
ちが手に取るように判るのである。とくに彼らの
舌の動きや息遣いから漏れてくる音で、彼らの微
妙な思いや感情が、つまり彼らの心というものを
感じ取ることができるのである。人間でいったら
その音はウオッとかワアッとかいう感嘆詞になる
のだろうが、少なくとも私が人間でいたときには
そういう経験をしたことはなかった。


    第三章に続く





  に戻る

 ж ж ж ж ж ж ж ж ж