青い精霊の森から(3部)



に戻る   

          はだい悠



1部 2部 4部 5部 6部 7部 8部 9部

*    *    *




 トキュウの耳にふたたび大人の男の声が入ってきた。
「ところで皆さんの将来の夢は何かな、何になりたいのかな? あなたは?」
「歌手」
「あなたは?」
「ダンサー」
「あなたは?」
「あたしはデザイナー」
「あなたは?」
「あたしはとりあえず海外旅行」
「あなたは?」
「俺は留学」
「あなたは?」
「レーサー」
「あなたは?」
「おれはディージェイ」
次々と話される若者たちの答えを聞きながらトキュウは戸惑い焦った。なぜなら、将来何になるかなどと、今まで一度も考えたことがなく、自分は夢と言えるものを持っていなかったことに気づいたからだった。
 トキュウは話題が変ることだけを必死に願っていた。
 大人の男はふたたび話し始めた。
「そうか皆さんは大きな夢を持っているんだね。いいことだ。ところで私が皆さんにこうして話しているのは、ほんとうに皆さんの力になってあげたいと考えているからなんです。これから皆さんは、そうさっきのような夢を実現するためには、さまざまな困難や問題に突き当たると思うんだよね。そこでもしよかったら、今後皆さんの相談に乗ってあげようと考えているんですよ」
そのとき誰かがさえぎるように言った。
「ほんとうかよ、口先だけじゃないの!」
「言うだけなら何でもいえるからな!」
大人の男が答えた。
「いや、そんなことは決してありません」
「大人はみんな同じだからなあ」
「調子いいんじゃないの?」
大人の男が答えた。
「約束しますよ」
「本当に、本当に行ってもいいのか?、いつでも良いのか?」
大人の男が答えた。
「ああ、良いですよ」
「それじゃ、おじさんの家教えてよ」
大人の男が答えた。
「良いですよ。家ではないんだけど、連絡先をですね、、、、」
そういって大人の男は、もう一人の若い男と何やら小声で話し始めた。それが終わると若い大人は、名詞のようなカードを眼の前に居る若い女たちから順番に配り始めた。その様子に眼を配りながら先ほどからの大人の男が言った。
「じゃ今日はこれでおしまいにしましょう。もしよかったら明日またここでお会いしましょう、今度はもっとゆっくり話しましょうね」


 二人の大人の男がいなくなると広場に集まっていた若者たちはバラバラになった。トキュウたち五人は再びひとつの生き物のようにまとまって町をうろついた。夜明けが徐々に近づくに従って繁華街には人影が少なくなっていったが、五人の奔放さは少しも衰えることはなかった。やがて朝が来ると五人は二つに分かれた。トキュウはショウといっしょにショウがねぐらにしている空き家に行って眠った。



 その日の夕方に起き出した二人は、夜になると他の三人と合流した。そして前夜のように、じゃれあって走り、ふざけあっては走り、遊んでは跳びまわりながら再び傍若無人に町をさまよった。


 夜更けに五人は偶然のように公園に立ち寄った。
 公園の広場では前夜のような話し合いが行われていた。
 トキュウたちも参加することにした。
 五人は他の若者たちにまぎれるようにして座った。
 いつのまにかトキュウに耳にはピアスがつけられ、髪も金色に染められていて、他の少年たちとは区別がつかないくらいに、昨日までとき別人のようになっていた。


 二人の大人の男の様子も、集まってきていた若者たちの様子も、前の晩とそれほど変わっていなかったので、トキュウはすぐにその場の雰囲気になじんだ。
 年上の大人は自信に満ちた表情で若者たちに話しかけていた。
「、、、、へえ、昨日から家に帰ってないの」
「いつものことだよ」
「でも家に帰ったほうが楽じゃないか?」
「そんなことない、ジャマ」
「何がジャマなの?」
「家族だよ」
「好きじゃないの?」
「そんなことないけどさ、とにかくジャマ」
「お母さんがいろいろとやってくれるんでしょう」
「やってくれるけど、なんかそれがイヤなの、窮屈で」
「あたしは嫌いだよ、うるさいのは」
「面白くないよね、なんか、宇宙人といるみたいなの」
それを聞いて少女たちの中心に笑い声が起こった。そして大人の男は少し笑みを浮かべて言った。
「私たちから見れば皆さんが宇宙人に見えるけどね」
それを聞いて再び笑い声が起こった。大人の男がさらに続けた。
「ところで、みんなはこうやって夜遅くまで町に居るけどテレビなんか見ないの?」
「ときどきみるくらい」
「あたしたちは町のほうが楽しいから」
大人の男が言った。
「家に帰ってゆっくり見てた方が楽しいんじゃない?」
「みんなおんなじたからね」
「ドラマとか歌番組とか、いま流行っているものはあんまり見ないから」
「わあ、古臭い、テレビって遅れているのよ、なんてったって、あたしたちのほうが断然新しいんだから。今流行っているものを見たかったら、町に来て私たちを見ればいいんだよ」
「そうだよ、町には毎日のようにさ新しいことが起こっているんだから、家なんかに帰ってられないわよね、ねえ」
「ねえ」
「そうよ」
と他の少女たちも同調した。
「へえ、そうなの、ちっともしらなかった」
と大人の男はやや驚きの表情で行った。そして再び自信に満ちた表情で話し始めた。
「ええと、では、今日も沢山集まってくれたようなので、ここでちょっと話題を変えましょう。いいですね。皆さんはやはり少しは気になっていたんですね。口では私たちのいうことに反対みたいなことばっかり言ってましたが、心の奥底では、やはりこのままではいけないという気持ちを持っているんですね。正直言って、もう皆さんはここに集まってくれないんじゃないかと思っていました。でも今日こうして来てくれたことに私たちは大変嬉しく思っています。それで、私たちはますます皆さんの力になってあげたいと思っています。もしかしたら皆さんは見た眼以上にしっかりした人たちじゃないかという気がしてきました。どうで小、、、、、ところで皆さんは学校にも行かず定職にもつかないでいるようなのですが、しかしこれは皆さんが根っからの怠け者だからそうしているのだとは、とても思えないのですよ。皆さんがいうように、ほんとうに学校がつまらないから、楽しくないから行かないんだと思うのですよ。仕事だって、ほんとうに、真面目にやったってしょうがないと思わせるような仕事しかないから定職に就かないでいると思うんですよ。もしも学校の先生がだれにも判るように丁寧に時間をかけて教えてくれたら、きっと皆さんは喜んで勉強するようになるだろうし、仕事だってもう少しやりがいのあるような楽しいものだったら、きっと皆さんは定職について真面目に勤めるはずだと思うんですよ。でもそうなっていないのは、この社会のどこかに何か原因があるんでしょうね。それでは皆さんはどこに原因があり、そしてそれはいったいなんだと思いますか? そうですよ、大人ですよ、私たち大人にすべての原因があるんですよ。私たち大人が悪いから、しっかりしてないから、こういうことになるんですよ。このようなことは何も学校や職業のことだけではないんです。犯罪が多いことや、ホームレスが町に溢れていることや、多くの若者たちが将来に夢や希望をもてないでいるのも、みんなわたしたち大人が今まで創ってきた社会が悪いからこういうことになっているんですよ。ではそんな大人の中で誰がいちばん悪いと思いますか? そうですね、政治家ですね。悪い政治家が悪い政治をやっているから、こんな社会になっているんですよ。皆さんは知っていますか? この国に住んでいて、普通に生活している限り、だれでも幸せになれる権利を持っているということを。ところが実際は違います。多くの人は相変わらず不満を感じています。毎日のように辛いことや悲しいことがいたるところで起こっています。これもみんな悪い政治家が悪い政治をやるからなのです。政治家がもっと国民のことを思って、今あるものよりももっと決め細やかで血の通ったシステムや制度を作ってくれれば、たとえばさっき言った例でいますと、学校で時間をかけて丁寧に教えるためには、もっと先生の数を増やすとか、仕事をやりがいのあるものにするためには、いきなり若者たちを激しい競争社会さらして挫折させたりしないで、まずは先輩である大人たちが丁寧に指導していきながら、時間をかけて若者たちを育成するようにするとか、そうすれば若者たちは将来に夢や希望が持てるようになり、犯罪もホームレスもなくなり幸せに感じる人間がどんどん増えてくるでしょうね。ところで皆さんはこんなことを疑問に思ったことはありませんか? なぜこの世の中には貧乏の人や金持ちの人がいるんだろうかって。みんな笑まれたときは同じ人間のはずが、なんか不平等ではないか、どっか不公平ではないかって。このようなことは皆さんの身近にありますよね。だれもがいい学校に行きたいと思うのに、いける人といけない人がいるとか、大人の世界にだってありますね世、会社に一生努められる人もいれば、首になってホームレスにする人もいる。それから、社会全体がどんなに豊かになっても、満足にものを食べきちんとしたところに住めない人たちがいまだに居るんです。なんか変だと思いませんか? このような問題は皆さんが生まれるずっと前からあったんです。ところがいっこうに解決してないんです。なぜだと思いますか? そうです、政治をやる政治家が悪いからなんです」
そのとき、それまではほとんど黙って聞くだけであった少年たちのなかから不満そうな声が掛かった。
「なんだよ、つまんないなあ」
それに触発されるように方々から声が上がった。
「なに言いたいのかサッパリ判らないよ」
「ちっとも面白くないじゃん」
「ああ、頭が痛くなりそうだよ」
「なんか違うんじゃねえの?」
「やっぱり大人は大人だよ」
すると大人の男は余裕の笑みを浮かべながら言った。
「どこが判らないのかな? 皆さんに判るようにできるだけ簡単な言葉で話しているつもりなんだけどな」
「そうじゃないんだよ。理屈っぽいっていうか、まどろっこしいっていうか」
「アッ、そうか、判りました。でも、とりあえず最後まで聞いてくれないかな。まだ途中だったから。あれ、どこまで話したっけ、アッ、そうだ、政治をやる政治家が悪いというところまでだったね。それではその悪い政治家を選ぶのは誰かということになるんですが? そうです、それは私たち普通の大人です。だれでもない、私たち大人が悪い政治家を選ぶから、悪い政治ばっかり行われていて、社会がちっともよくならないのです。いちばん悪いのは私たち大人なんですね。そこで皆さんにはそういう悪い大人にはなって欲しくないんです。なにせ皆さんはこの国の将来を背負っている若者ですからね。皆さんにはぜひ真剣に将来のことを考えて行動するような立派な大人になってもらいたいんです。そのためにですね、、、、」
そのとき再び若者たちのあいだから声が上がった。
「いいじゃないか、政治がよかろうが悪かろうが、俺たちには関係ないよ」
大人の男が毅然と答えた。
「いや、あります。大いに関係あります。皆さんが本当にしっかりしないとこの国は絶対によくならないのです。このことは何も私たちの国に限ったことではないのです。何十億と住んでいるこの地球は今とうなっているか皆さんはわかりますか? どんどん環境が悪くなるばかりじゃないですか。果たしてこれで良いのでしょうか?アッ、では、ここで、彼に話してもらいましょう。この件に関しては私よりも彼のほうが詳しいですから」
そういいながら年上の男が正面から退くともう一人の大人、それまでは目立たないようにわきの方に立っていた若い方の大人がみんなの前に出てきてゆっくりと話し始めた。
「ええ、たぶん、皆さんはテレビや新聞でもうご存知かと思いますが、今私たちの地球は大変な問題を抱えていますね。たとえば、人間が自分たちの生活のためだといって、石油や石炭などの化石燃料をどんどん燃やしたために、空気中に二酸化炭素の量が増えていき、地球に温度がだんだん上がって来ているんです。このまま行くとどうなると思います。そうです、取り返しの付かないことになるんです。南極や北極の氷がどんどん解けて域、水没する国が出てきたり、異常気象が起こって旱魃や水害が激しくなったり、そうなると当然取れる作物も取れなくなるでしょう。しかも気温が上がるわけですから、動物や植物の生態系もどんどん変っていき、今までに発生しなかったような伝染病も発生するようになるでしょう。もう今までのように好き勝手に化石燃料を使うことは許されないのです。そのほかにもまで問題はあります。たとえば世界のあるところでは人口が爆発的な勢いで増えています。このままではいずれ食糧不足に陥って、億単位の餓死者が出てしまうでしょう。戦争だっていまだに世界のいたるところで起こっています。いったいいつになったらこんな悲惨なことがなくなるのでしょうか。これらの問題を解決するのはすべて政治次第なのです。ですから、私たちは、私たち大人だけではなく、将来大人になる皆さんも、自分たちさえよければそれで良いんだというような考えを捨てて、もっと広い視野を持って、世界の人々のことや、地球環境のことを考えて行動するようになることが大切なのです。そうすれば自然と政治もよくなり、さっきいったようなさまざまな問題も解決して、だれもが望むような理想的な社会が実現するでしょう」
そういい終わると若い男はもとに位置に戻った。すると年上の男が再び前に出てきて話し始めた。
「どうですか、判りやすかったでしょう。これで大いに関係あるということが理解できたと思います。でも、これだけではないのですよ。さっきも少し話しましたが、皆さんには、だれもが幸せになれる権利があるんですよ。それを悪政に踏みにじられてもいいのですかね」
先ほどとは別の少年が不満そうに言った。
「なぁ、わかんねえんだよ、あんたたちの話は、何がなんだか、地球とか、環境とかいったって、なんか大きすぎて俺たちにはサッパリわかんねえんだよ。なに、ケンリがどうしたって、ケンリ、ケンリって、あんたらはそう言ってれば、幸せになれるかもしれないけど、俺たちには、なぜそうなるのかサッパリわからねえんだよ」
大人の男が少し首を傾げながら言った。
「ですから、よい政治家を選んで、よい政治を行うことによって、そのためには皆さんが、、、、」
広場はだんだん落ち着きのないものになってきていた。トキュウの耳はその大人の男の声をはっきりと聞き取れなくなっていた。
 誰かがひとり言のように、しかしみんなに聞こえるように言った。
「なんか俺たち幸せじゃないみたいだな」
すると大人の男が全員に訊ねるように言った。
「では皆さんは今幸せなんですか?」
誰かが言った。
「とうぜんさ、決まってるじゃない、なあ、毎日楽しいことをやって楽しんでいるというのに、なんたって自由だもんな、それよりさ、あんたのほうが幸せじゃないんじゃないの、俺にはそう見えるけどね。どうするの、俺たちにかまっている場合じゃないんじゃないの?」
誰かが同調するよすに言った。
「そうだよ、あんたは他の古臭い大人とどう違うんだよ。なんか堅苦しそうで、変り映えのしない格好でさ、どう見たって自由って感じはしないね」
大人の男は少し戸惑いの表情を見せたが、すぐにもとの冷静な表情に戻って話し始めた。
「いいですか、自由というものは、そんなものではないでしょう。楽しいからといってやりたいことをやるのが自由なんですか?、もしそれで他人に迷惑をかけたら、どうするんですが、そんなものは自由ではないでしょう。自由というものには責任が伴うものなのですよ。やりたいことをやって自分さえ楽しければ良いというのはわがままというものです。もう少し考えて行動しましょう。もう子供じゃないんだから」
誰かが吐き捨てるように言った。
「またかよ、いちいち面倒くさいな、いったい考えたってなんになるんだよ。なんかむかついてきた。いったい俺たちのなかに考えて行動してうまく行った奴なんか居るのかよ。いたら見てみたいよ、とにかく俺たちはやるしかないんだよ」
そのとき少女たちのなかから声が掛かった。
「なぜ楽しいことやっちゃいけないの?」
大人の男は少し間を置いて答えた。
「いけないとき言ってないですよ」
「いってるよ、あれやっちゃいけない、これやっちゃいけないって、大人はすぐ言うけど、それとどこが違うの?」
「イヤ、そういうことではなくて、もう少し他の人のことや自分の将来のことをじっくり考えて行動して欲しいと言ってるんですよ。」
「しょうがないじゃない先のこと考えたって。だれだって今がいちばん大切なんじゃないか、今が楽しければそれでいいじゃない」
「そうだよ、楽しくって気持ちがよければ最高じゃん」
大人の男は戸惑いの表情見せながら言った。
「そうかな、そういう刹那主義はよくないですね。自分のことをますますダメにするだけですよ。いや自分のことをだめにするだけではなく、世間にも迷惑を欠けることになりますからね。もう少し自分を大切にしましょうよ。もうそろそろ自分を大切にしてご両親を安心させるようなまともなことをやりましょうよ。その格好はどう見ても自分を大切にしているようには見えませんよ。」
「ああ、やだな、そうやって大人はすぐ見かけで判断するんだからね。どうして私たちが自分のこと大切にしてないって言い切れるのよ」
大人の男は冷静な表情で言った。
「いや、私は決して見かけだけで判断はしてませんよ」
「してるよ。もしかして自分のこといちばん正しいと思ってるんじゃないの? なんかえらそうにしてさ、むかつく」
「ほんとむかつく、あんたは私たちのことを本当はダメな奴らって思ってるんでしょう」
「それから絶対に悪いことやってるって思っているよ」
「いやそんなことはないですよ」
「じゃう私たちがますますダメになるってどういうこと」
「いやそれはですね、このまま行けば皆さんは世間からますます相手にされなくなるだろうと言うことを言ったです。なぜなら皆さんの格好を見て、変っているとか、まともじゃないとかって思っている人はまだまだ沢山いますからね」
「居るいる、このあいだなんか、あたし万引きするように思われたのよ。後ろに疲れてさ、アッたまにきた。大人ってほんとうに見かけで判断するわよ」
それを聞いて大人の男は少し苦笑いを浮かべながら言った。
「私は決してしませんけどね。ところで皆さんはそういう格好いつまで続けるつもりですか?」
「そんなのわかんねえよ」
「やれるまでやるわ」
「あたしは一生やるわ」
「でも、それじゃ、周りから変な人間と思われて、仕事にもつけず結婚もできなかったらどうするの?」
「そんなこと知らないよ」
「どうやって生活していくつもり?」
「そのときはそのときだよ。好きでもないことことをやって長生きしたってしょうがないじゃない」
「そうだよ」
「好きなことをやって生きるのがいちばんじゃない」
「楽しいこともね」
「気持ちいいこともね」
 トキュウは大人の男が何を言っているのか最初からほとんど理解できていなかった。それでほかの者たちのように不満や反感は少しも感じなかった。しかし気持ちの上ではなにがあっても少年たちに同調したかった。
 そのとき誰かが言った。
「なぜ迷惑かけちゃいけないんだよ?」
その声で広場一瞬静かになった。そして大人の男が今までよりも真剣な表情で話し始めた。
「それは良くないことだからです。あなただって迷惑かけられたらいやでしょう。そういうことですよ」
「そのときはやるしかないじゃん」
「ではあなたはなぜ迷惑かけたいですか?」
「楽しいからじゃい。とにかく俺は迷惑かけたいんだよ」
「どうしましょう。他の人たちはどう思いますか? やっぱり同じ考えですか?」
先ほどとは別の若者が言った。
「あんたの言うことよくわかんねえよ。なんか違うんだよな、あんたとおれたちとは。とにかく俺たちは今を楽しく自由に生きたいだけなんだよ。それだけ、それ以外何も考えていないよ、それで良いじゃない、ほんと、ああ、めんどうくさい」
大人の男が言った。
「いや、わたしの言っていることはそんなに難しいことではないと思っています。皆さんはもう少し考えて行動したらどうですかって言っているだけなんです」
「子供じゃないんだからってか、やっぱり違うな、あんたと俺たちは、だいいち、あんたは俺たちに考えろ考えろっていってるけど、それじゃまるで俺たちバカ見たいじゃん」
誰かが言った。
「やめろ、考えるなんて、やめろ」
「もううんざりだよ。政治の話しをしたってしょうがないよ。たしかに悪いかもしれないけど、だからどうだっていうの? 俺たちにどうしろって言うの? ちゃんと働けって言うの? 真面目に学校に行けって言うの? 今が楽しければそれでいいじゃん、先のことなんか知らねえよ」
それを聞いて若者たちはいっせいざわついた。しかし大人の男はそれを無視するかのように冷静な表情で話し始めた。
「では、皆さん、ここで少し話題を変えましょう。皆さんは、もし死んだらどうなると思いますか?」
それを聞いて若者たちは静かになった。大人の男は話し続ける。
「皆さんは人間が死んだらどうなるか考えたことないですか?」
少し間を置いて若者たちは次々と答え始めた。
「しらねえよ、そんなこと、墓場に行くんじゃないか」
「消えてなくなるんだよ」
大人の男は少し笑みを浮かべて言った。
「そうですか、では皆さんは、天国とか地獄とかいう言葉を知っていますか? あっ、知っていますか、当然ですか、そうですね。でも言葉は言っているが、そこが実際どういうこところかはよく知らない、そういうことですね。では答えましょう。天国は生きているときに良いことをした人たちが死んでから行くところで、地獄とはその逆で、生きているときに悪いことをした人たちが死んでから行くところです。それでは皆さん、死んだあと、天国に行きたいですか?、それとも地獄に行きたいですか? もちろん天国ですよね、それでは話しは簡単です。皆さんは悪いことをしなければいいのです。もちろん皆さんが今日までにやってきたことはあまり問題にはなりません。これからどういきるかが問題なのです。私たち人間は、それぞれ生まれも育ちも容姿も性格も能力も趣味もみんな違います。そして人それぞれ色んな事情を抱えながら生きているのです。とくに皆さんは大人たちが作ったこの社会で、若者にとってはあまりにも悪すぎる環境の元で、好奇心をくすぐるようなさまざまに誘惑にさらされながら、半ば仕方なく生きています。しかしそれにもかかわらず大人たちは、この悪すぎる環境を改善しようなどとは少しも考えてきませんでした。なぜならおとなたちは本気で若者のことなど考えたことなどなかったからです。ですから、これまでの皆さんの過ちは多少多めに見てあげなくてはならないでしょう。しかしこれからはそうはいきません。仮に大人たちに大部分の非はあったとしても、皆さんがまだ未成年だという理由で許される訳にはいかないでしょう。悪いことは悪いのです。それは罪です。悪いことをやったら罰せられなければならないのです。もし皆さんがこれから悪いことをやったら、罰せられるだけではなく、天国にもいけないでしょう。ですから、皆さんは今までにやってきたことを心から反省して、これからは他人に迷惑をかけるようなことはしないで、人に役立つようなことをしながら、誠実に生きることなのです。そうすれば皆さんはきっと天国に行けるでしょう。ところで天国ってどんなところだと思いますか?」
 そのとき突然、広場全体にけたたましいエンジン音が鳴り響いた。そしてまもなく、大人の男の背後の林の中から白い煙が立ち昇った。その爆音は大人の男の話し声を完全にかき消した。若者たちはざわつき、なにが起こったのかと立ち上がるものもいて、もう誰も大人の男の話に耳を傾けるものはいなかった。大人の男も自分から話を中断して、若者たちと同じように爆音がする林のほうに眼を向けた。木立の奥からはときおりうなるように響く激しいエンジン音が聞こえてくるだけであった。それはあたかも都市の他のすべての騒音を葬り去るかのようであった。
 やがて木立の間から一人の男が乗ったバイクが現われた。そしてみんなの注目を浴びながら、広場をゆっくりと二周したあと、中央の丸くステージのような高い所に置かれてある花壇の花々を蹴散らしながら、巧みなハンドルさばきで、その中心部に悠然と乗り上げた。そしてしばらくのあいだ爆音を響かせていた。そのあいだほとんどの若者たちは、そのオートバイは長いあいだ木立の中に放置されていたもので、ハンドルは曲がり、主なカバーやマフラーはなく、だれにも見向きもされないくらいさび付いた、あの骸骨のようなオートバイであることに気づいた。
 ほとんどの若者たちはもう動かないものと決め付けていただけに、なにか奇跡が起こったかのように驚き呆然と見ていた。


 それまでトキュウは、大人の男たちの話しや、それに対する若者たちの反応に、ほとんど共感できるものがなかったので、なにかモヤモヤとしたものを感じていたが、疾風のようにそのオートバイが出現して花々を蹴散らして乗り上げたときには、初めて他の若者たちに同調するかのよう思わず声を上げた。そして一瞬のうちに自分の世界が広場の世界と一致したかのように感じてそれまで感じたことのないような興奮を覚えた。
 オートバイに乗った男はサングラスをかけていた。長めの髪の毛は少しも乱れる気配を見せていなかった。黒いズボンとシャツは金属のような光沢を放っていた。表情は夜のせいもあっていっさい読み取れなかったが、少し笑みを浮かべているようにも見えた。
 やがて男はエンジンを止めてオートバイから降りた。そしてオートバイに寄りかかるようにして広場の若者たちと向かい合った。若者たちのだれもが何か言葉を着たい品からも、必死にその男の正体を探り当てようとしていた。しかし初対面では何にも推し量ることはできなかった。年齢も同じ年頃のようにも見えたが、はるか年上にも見えた。そして二人の大人の男はいつのまにか広場から姿が見えなくなっていたことには誰も気づいていなかった。


 トキュウにとってその期待は狂おしいものとなった。


 バイクの男はひととおり若者たちに眼をやった。日焼けしたその表情からは、たしかに誰も年齢を推し量ることはできそうになかった。バイクの男は少し口元を笑みのように緩めて言った。
「みんなどうした、さえない顔をして、なんだちっとも輝いてないじゃないか! 良くまあ、あんな退屈な奴らと付き合えるな! なあ、いままで通りやりたいことやろうよ、楽しくさ、いったい誰に遠慮するんだい、大人か、笑っちゃうよ。だれがなんと言おうと、好きなことをやるのがいちばんじゃないか、なあ、そうだろう、どうしたんだい、元気がないな、、、、」
そのときひとりの若者が言った。
「ほんとうに良いの、 好きなことをやっても?」
バイクの男がすぐさま答えた。
「当然じゃない、人間なんだから。やりたいと思ったらなんでもやっても良いんだよ。みんなどうしたって言うんだよ。なにをそんなに驚いたような顔をしているんだよ」
他の若者が言った。
「でも大人はすぐ怒るじゃない」
バイクの男は両手を広げていった。
「へえ、こりゃあたまげた、じゃ、みんなは大人に怒られるから、やりたいことをやってこなかったって言うのかい、そうじゃないだろう、やってきたろう、大人に怒られたって止めなかったろう、それはみんながほんとうにやりたいことだったからだよ。いいかい、俺たちは人間だ、生まれたときから自由なんだ。何でもできるんだ、それとも大人が怖いのかな?」
誰かが言った。
「怖かないよ。でも大人はいうよ、他人に迷惑をかけるようなことはするなって」
バイクの男が言った。
「どうしたんだい、ちっとも本音を言わないじゃない」、ほんとうはやりたいことをやりたいと思っているくせに、大人なんて、なんといおうと関係ないさ、アッ、そうか、さっきの奴らに頭をやられたな、ああ、良いことがはびこっているってほんとうにやりすらいよ。いいかい俺たちは自由なんだ、何でもできるんだから」 誰かが言った。
「でもやりたいことをやるの自由じゃないって言ってたけど」
バイクの男が言った。
「なんだよ、どうしたんだよ、急におとなしくなっちゃって、あんなに遣り合ってたくせに、大人に見方すんのかよ。ああ、やっぱりな、さっきの奴らに相当頭やられてるな、だめだ大人の話しなんて聞いちゃ、大人なんてたいしたことないんだ、大人なんて信用してないんだろう、みんな眼を覚まそう、今までどおりやろうよ、いいかい俺たちは自由なんだ、なんでもできるんだ」
誰かが言った。
「でも規則があるじゃないか」
バイクの男は今度ははっきりと笑みを浮かべて言った。
「これはたまげた、そこまでいうか、そこまでやられたいたとはな、じゃあ、みんなに聞くけど、その規則はいったい誰が作ったんだい、みんなはその規則を一度でも守るって宣言したことあるかい、勝手に大人たちが作ったんじゃないか、そんな規則に従う必要なんかないよ。いいかい我われは自由なんだ、何でもできるんだ、規則なんてくそくらえだ。なに、芝生に入るな! だと、なに、バイクで公園に入るな! だと、ああ、だからどうしたというんだい、何が恐ろしいことでも起こるっていうのかい、今まさに入っているのに、何にも起こらないじゃないか、規則なんてどうってことないんだよ」
誰かが言った。
「でも悪いことをすると、、、、」
バイクの男が少し苛立ちながら答えた。
「ああ、おしまいだ完全にやられている。今まであんなに大人たちにバカにしてさ、やりたいことをやってきたのに、昨日までのみんなはいったいどこに言ってしまったんだよ。いいかい俺たちは自由なんだよ、何でもできるんだよ。ほんとはみんなウズウズしてるんだろう、なんか面白いことやりたくって、誰がなんといおうと舗道に寝そべってみたいと思ってんだろう。たまには道路の右側をでも思いっきり走って見たいと思ってんだろう、賑やかな交差点でも花火でもしてみたいと思ってんだろう、誰でも学校の窓ガラスを思いっきり割ってみたいて思ってんだろう。このなかにはさあの鉄塔に昇ってみたいと思っている奴だっているだろう。俺はさ、さっきの大人みたいに頭が痛くなるようにことは言わないよ、でもその代わりに言いたい、良いかい、決してよいことはするなよって、なあ、みんな、今までどおりにやりたいことをやろうよ、楽しいよ。いいかい俺たちは自由なんだ、何でもできるんだから、さあ元気を出して、まずは拍手だ。次は声を出そう。ヤア、イェ、ヤア、イェ」  バイクの男はその掛け声を上げるたびに右手のこぶしを頭上高く上げた。トキュウも思わず拍手をして声を上げた。初めは少なかった拍手も掛け声もすぐに若者たち全体に広まっていった。その広がりには開放されたときのような喜びと興奮が伴っていた。トキュウは何か夢見ているような、かつて味わったことのないような世界の広がりを感じていた。
 バイクの男は再びバイクにまたがった。そしてすべての注意を集めるかのようにエンジン音を高らかに響かせた。やがて高められた緊張を解きほぐすかのようにゆっくりとエンジン音を低くすると、思いっきり笑みを浮かべながら言った。
「いいかい、くり返すが、俺はさっきの大人みたいに頭が痛くなるようなことは言わないよ。でも、その代わりに言いたい、良いか決して良いことはするなよ。それからさ、そのうちに面白いこと見せてやる。あのいちばん賑やかや交差点で面白いことが起こるから、見に来いよ、アバヨ」
そういい終わるとそのバイクの男は勢いよくバイクを発進させ、花を蹴散らしながらステージのような花壇から跳ぶように降りた。そして悠然と公園の入り口に通じる階段を昇るとそのまま深夜の町に消えた行った。


 うなるようなエンジン音が遠ざかるにつれて若者たちは、それぞれのグループの仲間に問いかけるように話し始めた。
「いったい誰だ、あいつは?」
「親父なのか若いのかぜんぜん判らなかった」
「しかし、よく動いたな、あのバイク、廃車かと思ってた」
・・・・・・・・・・・
「なんかずいぶんカッコつけてたな」
「うんだな、でも運転うまかったな」
「いったい何しに来たんだ、あいつは俺たちの敵か?、それても味方か?」
「わかんねえな」
・・・・・・・・・・・
「ねえ、ちょっとやばくない」
「そんなことないわよ、あたしはすっごく気になる」
「へえ、びっくり、古いのか新しいのか全然わかんない」
「でもなんか楽しいことが起こりそう」
「ほんと、なんか面白いことこれから起こりそう」
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
 タイヨウがニヤニヤしながら独り言のように言った。
「なんだろうな良いことって?」
トキュウが思わず言った。
「うん、なんだろうな良いことって、わかんねえな」
ゲンキが言った。
「あれじゃない、道路に落ちいてるゴミを拾うとか、空き缶を拾うとか、環境にいいことをやるとか、そういうことじゃないの」
サンドが言った。
「そうだよ、そういうことだよ、俺たち小学生のころやったよ。近所の川に行って、検査して、表を作って、汚染がどうのこうのって、そういうことじゃない」
ショウが言った。
「そうかなあ、でも、そんな子供みたいなこといまさら誰もやんないよ。いいこと、いいことね? おれはさっぱりわからねえ」
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
 そして若者たちの群れは徐々にそれぞれのグループに別れて行った。


 太陽にはすでにビルの陰に傾きかけているが、トキュウとショウは相変わらす穏かな表情で眠っている。


     バイクの男が、その内にこの町のいちばん賑やかな交差点で何か面白いことが起こると予告したのは今からちょうど二週間前であった。


 その日トキュウと仲間四人はひと通り町をさまよったあと、真夜中近く、百メートルほど先にその交差点を臨める舗道に腰をおろして休んでいた。
 背後のビルの上方には電波等の赤い光が点滅していた。人通りも少なく車の流れも弱く、幾分静かであった。そして十二時を過ぎたころ、その交差点のほうで、バリッ、バリッ、バァッ、バァッと爆発的な排気音が響いた。そのときまで半信半疑たった五人は、ついにその時が来たかという思いでお互いに顔を見合わせた。そしていっせいに立ち上がりその交差点のほうに向かって全力で走った。










     
  

*    *    *




に戻る