青い精霊の森から(8部) はだい悠
* * * ゲンの声だった。 「へえ、そうだったの。オレが居ないあいだに色んなことがあったって聞いたけど、みんなお前たちだったのか。すげえなあ、いったい誰がやれって言ったんだ、トキュウ?」 「いや、トキュウじゃない、サイスってやつがいて、そいつが全部命令したんだ」 「サイス? だれでそいつは?」 「急に現われたんだよ。あるときみんなでここにこうして座って居ると、あの林からバイクに乗って出てきたんだよ。それが運転がうまいんだ。天才だな」 ダイが言った。 「ふん、バイクに乗るのか、いったいそいつはどこに居るんだ?」 「ビルの屋上から川に飛び込んで、それっきりさ」 「死んだのか?」 「判らない、百メートルは飛んだからな」 「名前はなんていうんだ? ほんとうの名前だよ」 「知らない」 「年は?顔は? 顔はどんな顔をしてるんだ?」 「年はわからない。いつもサングラスしてたから。大人にも見えたし若くも見えた。いやあ、とにかくうまかったな、あんなぼろバイクでさ、よくあんなことができたよな。ぽんぽん飛ぶんだぜ、パトカーからパトカー、ビルからビルへとな」 「そうなんだ、サイスがどんなに交通違反しようとも、結局警察は捕まえることができなかったもんな、いつもえらそうにしてるくせに、あんなに無能だとは思わなかったよ」 「あれも凄かったぜ、裸の女の子を前に乗せてさ、繁華街を走りまわったんだぜ」 「いうこともよかったぜ、大人とはまったく反対なんだ。俺たちは自由なんだから何でもできるんだって、やりたいことは何でもやれってな、それからいつも最後に言ってたよ、決して良いことをするなってな」 そのときサンドが後ろを見ながら言った。 「あのモチって子さ、裸でバイクに乗ったのは」 いつのまにかミュウたちがやってきて、トキュウたちの後ろのほうに座っていた。 そのモチが言った。 「あたしがなんだって、あっ、タバコ飲んでる、ビールものだ」 「よく買えたわね。あっ、買うわけないか」 ゲンは女の子たちのいうことを無視するかのように話し始めた。 「当たり前じゃないか、買ってまで飲むもんじゃないよ。オレはさ、万引きではだれにも負けないよ。あれはとにかく度胸だから堂々としてれば良いのさ、コソコソするからかえって眼だって捕まったりするのさ。オレの最高は店先からバイクをかっぱらったことさ。客のような顔をして行ってさエンジンを掛けてそのまま乗ってきたんだよ。あとはそれを乗り捨てさ」 少女たちの誰かが言った。 「ねえ、どうして大人の真似なんかするん? そんなに早くあんなだらしない大人になりたいん?」 「いいじゃない、なにをやったって、あたしたちってやりたいことをやる人たちじゃない。だいじょうぶさ、ビールを飲んだぐらいで、つまらない大人になんかならないから」 サンドが少女たちの話を無視するかのように話し始めた。 「とにかくサイスのやることは人間離れしてるんだ。やつが命令することなんか、なんでこういうことするんだって、最初は意味がよく判らないんだけど、実際やってみるとそれが結構楽しいんだよね。よく燃やしたな」 ゲンが言った 「いいことするなか、どんどん悪いことをやれってことだな。さすがだな、それこそほんとうのリーダーってもんだな。でも、オレに言わせりゃ、ちょっと甘いな。やっば、町を取らなくちゃ、もっと仲間をふやして、結束してさ、どっちがが強いか決着をつけてさ、名前を広めるんだよ。そうすれば金だって自然に集まってくるしさ、それからさ。どうせ悪いことをやるんだったら、少年院に行く覚悟でもっそ激しくやらなくっちゃね。自由でなんでもてきるんだっていうのはちょっと腰が引けてるって感じだな、悪をやるときはもっと徹底しないと、オレから見るとリーダーとしても少し物足りないな。なあ、トキュウ、お前だったらそんな半端なことしないよな、なんせ手当たり次第だもんな」 「ああ、まあな」 「それでさ、おもしろい遊びやってみないか、ここで何にもしないでボォッとして立ってつまらないじゃないか。あのさ、この公園の林の向こうは、あんまり人が通らない道路だよね。そこでさ、最初に通った女をやっちゃうてのはどうだい」 「ババアでもか」 「そうだよ」 「子供でもか」 「子供は今時間通らないだろう」 「よし、やってみようじゃないか」 「やろう、やろう」 トキュウと若者たちはいっせいに立ち上がると、広場を横切り林の奥へと入っていった。暗い林を抜けると水銀灯に照らされた目当ての道路が現れた。トキュウたちはそれぞれ木や植え込みの陰に身を潜ませた。しかし、人どころか車さえ通る気配はなかった。 三十分後にようやく一台の車が通った。サンドが沈黙を破った。 「通る訳ないよ、こんな時間に」 「女だけじゃない、だれだって通らないよ」 「だからいいんじゃないか」 「それもそうだな」 「もし通ったら、最初はだれがいい」 「それはやっぱり、トキュウだろうな」 「そうだ、トキュウだ」 何事もなくそれから三十分経過したときだった。ダイが突然声を上げた。 「おっ、静かにしろ、誰か来た。若い女だ。制服だ」 「女子高生みたいだぞ」 「なんでこんな時間に、普通の子だぞ」 「きまりだからなあ、しかたがないなあ」 「さあ、トキュウ、お前からだぞ」 「ひとりでだいじょうぶか?」 「だいじょうぶさ」 「もし暴れて手に負えなかったら、手伝ってやるよ」 「まかせとけ」 ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・ トキュウは気づかれぬように背後にまわり後をつけた。そして足を速めて追いつくと、後ろから首に腕を掛け、そのまま引きづるようにして林の中へと連れ込んだ。少女は最初驚いたように小さく悲鳴を上げたが、なぜかそのあとは抵抗らしい抵抗はしなかった。トキュウはそのことに何の不思議も感じなかった。自分の持っている力が少女を無抵抗にさせていると思っていた。トキュウは周囲に群がる仲間を意識しながら、正当な行為のように最後まで自然に成し遂げた。 そしてトキュウが少女から離れるとき初めて少女の顔を見た。すると一瞬その眼はくぎ付けとなった。薄暗くはあったが少女が誰であるかはっきりと判ったからだ。それは間違いなくあの写真に映っていた少女だった。 そのとき周囲が突然騒がしくなった。道路のほうや林のなかからも複数の人間の声や足音が聞こえて来た。誰かが 「ヤバイ、逃げろ」 と小さく叫ぶと、みんないっせいに駆け出した。若者たちはできるだけ林の奥の暗いほうへと向かって走った。 やがて広い道路に出た。舗道に人影はまったくなく、反対側には夜空に黒いシルエットとなって高層ビルが聳え立っていた。トキュウたちは猛スピードで走りぬける車の間を縫って道路を横切った。あちこちでクラクションが鳴らされたが無事渡り終えるとようやくゆっくりと歩き出した。 そしてすぐにゲンがトキュウに近寄ってきた話しかけた。 「やるじゃないか、さすがだな、ビデオ見てるみたいだったぞ」 「ああ、まあな」 とトキュウはややぶっきらぼうに答えた。ダイも近寄ってきた話しかけた。 「うますぎるな、相当やってるな」 「ぜんぜん、抵抗させないもんな」 「なんかコツがあるみたいだな」 仲間たちが次から次へと話しかけてきたが、トキュウの頭にはほとんど入ってこなかった。地響きを立て風を起こして走る巨大なトラックの群れに眼をやりながらトキュウは、なぜあの写真の少女があそこを歩いていたのかと不思議な気持ちになっていた。 トキュウたちは点滅する電波塔を目印にしながら再び繁華街へと向かった。やがて少しも衰えることのない華やかな光の群れがトキュウたちを包み込んだ。そしてやや人通りの少なくなった通りを舗道いっぱいに広がって歩いた。歩きながらトキュウたちは、誰かがかわるがわる運んでくる飲み物や食べ物で空腹や渇きを癒した。見そして、みんなで有り金出し合ってゲームセンターで遊んだあと、この町でもっとも賑やかな通りに入ろうとしたとき、前方に気になる若者たちの一群を発見した。しかし止まることなく進んでその距離が五六メートルに迫ったとき、その若者たちはみんな青いTシャツを身につけていて、人数も二十名ほどだとわかった。そしてそのなかには、数時間前にトキュウたちが暴力的に追い払ったものたちもいることが判った。しかしもう手遅れだった。両方の若者たちにとって、一瞬のうちに高まった緊張と興奮は、不安と恐怖のなかで一瞬のうちに開放するしかなかった。若者たちは周囲の人ごみを忘れたかのように激しく衝突した。しかし、トキュウたちは九人、数には勝てなかった。じりじりと後退し、だんだんバラバラになり、やがて一人一人ちりぢりに逃げるしかなかった。 衝突はあまりにも突然だったため、最初トキュウはみんなと同じように激しく興奮して立ちむかったが、そのうちになぜか不思議なほど冷静に状況を把握しながら行動することができるようになった。そのためほとんどダメージを受けることなく逃げることができた。 トキュウはまず繁華街を取り巻く通りを歩きながらバラバラになった仲間を探し始めた。やがて一人二人と見つけることができた。しかしタイヨウとゲンキとコウイチはどうしても見つけることができなかった。 トキュウたちは電波塔の下に腰をおろした。しばらくはだれも何も話さなかった。繁華街のほうから聞こえてくる救急車のサイレンの音がやがて聞こえなくなったころ、サンドが沈黙を破った。 「タイヨウが刺されたかもしれない。あいつ弱そうなくせに、めちゃ暴れるんだから、逃げれば良いのにさ、やつらもマジだからな、タイヨウに脅しが効かなかったんだろうな」 「ゲンキ、五六人にかこまれていたもんな、あれじゃ助けようがないもんな」 「コウイチもやられたみたいだ」 「なんだ、やられたのはみんな弱そうなやつばかりじゃないか、だらしねえな」 「ちがうよ、やつらが弱そうなやつばかりを狙って攻撃してきたんだよ。だれだって強そうな奴とやりたくないよ」 「数だよ、向こうの数が多すぎるよ」 「オレさ、ケイタ見たよ。昔からのダチが居たみたいなんだ。でもオレはイヤだな、あういう連中、強いかもしれないが、大先輩みたいなのがいて、みんなを集めて説教があったり、礼儀がうるさかったり、決まりみたいなのがあったり、それに自分では使えない金が掛かるみたいなんだ。コウイチもこっのほが気楽で良いって言ってた。」 「それが自由ってことだよ。俺たちに規則なんて必要ないのさ」 「やつらいつの間に人数を増やしたんだろう。オレは全員の顔を知っているけど、強そうなやつなんか一人もいないじゃないか、なんで急に勢いづいたんだろう、カッコつけやがって」 とショウが少し悔しそうに言うと、ゲンがすかさず言った。 「俺たちも仲間を増やせば良いじゃないか、このままやられっ放しでいいわけないだろう、眼には眼、歯には歯だよ」 「やつらがナイフをちらつかせるなら、こっちだってやるしかないだろう、持ってるものは使わないとな、やられたらやり返すのさ、だれか持ってないやつはいるか、オレが今度もって来てやるから」 「でもさ、俺たちはやる気あるけど、トキュウはどうなんだ。さっきから何も言わないけど」 「もちろんやるさ、やられたらやり返すさ、オレ一人だってやるさ。でもな、向こうの人数が多すぎるよ」 「少ないときにやるんだよ、やつらが集まってないときに」 「やみうちだな、それもおもしろいな」 サンドがやや苛立ちながら言った。 「関係ないよ、どんなに人数が多くたって、それならこっちは車で突っ込めばいいんだよ、けちらしてやるよ」 「サンド、お前免許持ってるのか?」 「関係ねえよ、免許なんて」 「車はどうするんだ?」 「そこら辺に転がってるじゃないか」 ダイが言った。 「そうだよ、人数なんて関係ないよ。さっきはいきなりだったからあんなになっちゃったけど、問題は度胸だよ、こっちがどれだけマジかってことを見せればいいんだよ。マジでやるぞってな、やつら同じ色のシャツなんか着てまとまっているように見えるけど、わかんねえぞ、根性のない奴らに限ってあういうことをしたがるんだ。案外いざとなったら、びくびくかもな」 ショウが言った。 「そうさ、なにも恐れることはないさ、へいきだよ、だってこっちにはみんなを勇気付けるあれがあるじゃないか」 ショウは余裕の笑みを浮かべながら話しつづけた。 「あれだよ、トキュウが切れるときに発する叫び声のことだよ。あれを効くとオレは頭も体も全部熱くなって、もうどうなってもいいやという気分になるからな、それはもう怖いものないって感じだもんな」 「オレもさ、あれを聞くと全身に力がわいてくるって感じだもんな」 「ようし、やってやろうじゃないか、やつらが百人になろうが、千人になろうが、関係ねえぞ」 ダイが言った。 「それからさ、どうせやるなら、みんなが見てる繁華街で堂々とやろうじゃないか。あのスクランブル交差点がいいな、あそこだと車も通るし人もどんどん集まってくるから、目立つぞ、とにかく大騒ぎになるだろうな」 ゲンが言った。 「オレさ、ワルいのちょっと知ってるから、うまく行けば俺たちの仲間になってくれるかもしれない」 トキュウが冷静に言った。 「大丈夫さ、きっとうまく行くさ、もう、さっきみたいなへまはやらないよ。絶対にやられたことはやり返すさ、眼には眼、歯には歯だよ」 「そうだ、そうだ」 と周囲からだれとはなく声が上がった。それを聞いてもう誰も自分たちの決意を疑うものはいなかった。みんな自信と勇気に満たされていた。 トキュウたちは今夜十時再びこの場所に集まることを決めた。そしてそれぞれの目的のためにバラバラに別れた。 トキュウとショウは以前寝泊りしていた無人のビルに向かった。やがてそのビルに到着すると、ショウは外に放置されていた錆付いた椅子を部屋に持ち込み、それを踏み台にして換気口のふたをナイフでこじ開けると、中から両手代の銀色の袋を取り出した。そして床に腰を下ろすと袋を開けながら言った。 「こんなところに隠しているとは思わなかったろう。よかった、なんともなくて、オレの宝物だからな、とうとう役に立つときが来たな、これをみんなに配ってと。人から奪ったものもあるけど、ほとんど店からてただいたものなんだ」 トキュウはそれを聴きながらダンボールの上に横たわって眼を閉じた。そのうちショウも黙って横たわった。 やがてトキュウは寝苦しさを感じながら目覚めた。その原因は外からの騒音だった。激しく地面を打ちたたく振動音が絶え間なく続いていた。暑さも余計に気になりもう眠ることができなくなっていた。トキュウは激しくイラつき怒りを覚えた。そして起き上がるとその音のする方へとビルの中を歩いていった。すると二階の通路の窓から道路工事をしているのが眼に入ってきた。泥とアスファルトにまみれた五六人の大人が強い夏の陽射しを受けながらもくもくと作業をしていた。みんな顔を赤レンガのように高潮させ眼もどことなくうつろであった。トキュウは窓を開け 「うるさいんだよ、眠れないじゃないか」 と怒鳴った。すると一人の作業員がトキュウに弱々しい視線を向けて 「どうも吸いません」 といって頭を下げた。するとその隣に居た別の作業員が手を休め舗道の木を見上げながら言った。 「これはなんという木だ」 「サルスベリだ」 「ああ、このクソ暑いのにサルスベリとは」 トキュウは窓を閉めると部屋に戻った。するとショウが話しかけてきた。 「何かあったのか?」 「いや、道路工事があまりにもうるさいんで怒鳴りつけてやった。そしたら、そしたらだよ、変なんだ。いい年をしたオヤジがあれに謝るんだよ」 「怖そうに見えたんだよ」 「そうかな、汚ねえ格好してさ、今にもぶっ倒れそうな顔してさ、笑っちゃうよな、オレに誤るんだから。ああ、なんであうやってまで働かなきゃいけないんだろうな、オレはイヤだね、こんな暑いにも仕事をするなんて」 それっきり二人は何も話さなくなった。 夕方二人は静かな気配のなかでふたたび目覚めた。もう外は薄暗くなっていた。二人は周囲を気にしながら外に出て公園に向かった。公園に着くと二人はいつものように水道で顔を洗った。街灯の光を受けてひときわ光り輝く水しぶきを撒き散らしながら、トキュウは予想以上に水が冷たくなっているのに気づいた。そして思わず口走った。 「なんで、こんなに急に冷たくなったんだい」 「もう夏も終わったってことだよ」 「こんなに突然かよ。それでこれからどうなるんだよ」 「秋が来て、寒くなって、冬が来るんだよ」 「いいよ、このままで、秋なんて来なくたって」 「しょうがないさ、季節だから」 二人はどうしようもなく空腹を感じたのでミュウのマンションに行った。部屋にはミュウがひとりで居た。二人を見てミュウが怒ったように言った。 「どこにいってたの捨てられた子犬たちが待ってるよ。そこのカーテンの後ろよ」 ショウがカーテンを開けると顔を腫らして力なくベットに横たわっているゲンキとコウイチがいた。ミュウがさらに言った。 「ねえ、どうして助けなかったの?」 トキュウが答えた。 「いきなりだったから、それに人数も多かったから、逃げるだけで精いっぱいだったんだよ」 「じゃ、どうしてほっといたの、ビルの隙間に隠れていたのよ」 「探したさ、でも見つからなかったんだよ」 そのとき玄関のドアが開いてモチとレイとマイが入ってきた。そしてその後ろには顔と腕を包帯で巻いたタイヨウがついてきていた。モチが言った。 「町をうろついていたのよ。トキュウにあいたいって言うけど、判んないじゃない、どこにいるか、で、ひとまず連れてきたの。ああ、よかった」 仲間の顔を見てタイヨウはほっとしたように笑みを浮かべて言った。 「病院を抜け出してきたよ。うるさいんだよ、家族はどこに居るんだって、関係ねえさ、だから逃げてきたよ」 ミュウが言った。 「こんなに仲間がやられて、これからいったいどうするんだろうね」 トキュウが答えた。 「とりあえず腹が減ってるんだけど」 「ああ、判った、さあ、みんなで冷蔵庫にあるもの全部持ってきて」 まもなくテーブルの上は飲み物や食べ物でいっぱいになった。トキュウたちはさっそく食べにかかった。 モチが言った。 「あたしデザイナーになるの止めようかな。今日さ働きながらデザイナーになれるっていう会社に入った友達とケータイで話したの、そしたらその娘が言うには、デザイナーの勉強なんかぜんぜんできないんだって、朝から晩までこき使われて、毎日が同じことの繰り返しなんだって、それでイヤになって止めたいっていてるから、あたしも、止めようかなって」 「でも、モチは学校に行くんだろう」 「そうだけどさ、お金が掛かるでしょう。遊んでばかりいるからあんまりたまっていないのよね。それよりほんとのこというと、あたし、なんか急に子供が欲しくなったのよね」 「子供?」 「赤ちゃんよ、最近電車なんかで見かけると、わっ、可愛いって思うときがあるのよ。このままさらっちゃおうかなって思うときがあるのよ、ねえ、そんなときない?」 「ちょっとね」 マイが突然ように立ち上がりながら言った。 「あたし帰る。約束があるの、今日なの、お金を返してくれるって約束した日は」 「あら、マイ、まだあんなこと信じてたの。バカみたい、返ってくる訳ないじゃん、あんたはだまされたのよ」 「まあ、いいじゃない、マイが信じているなら。でも、あんまり期待しないほうがいいよ」 マイが出て行くとミュウがトキュウたちに勢いよく話しかけた。 「ねえ、このままやられっ放しで良いの、なんにもしないの?」 トキュウが食べながら答えた。 「そんなことないさ、今夜やり返すさ、倍にしてな、みんなで決めたんだ。逃げ隠れしないでどうどうとやろってな。それも人前で目立つようにできるだけ派手になって、それであのスクランブル交差点がちょうどいいや、ということになったんだ。あそこで騒ぎを起こせば、文句なしに人が集まってくる、そうすればやつらだって、なんだと思ってやってくるだろう、そこだよ」 ミュウが言った。 「そうこなくっちゃね、あそこならきっと野次馬がうじゃうじゃ集まってくるね、久しぶりに大騒ぎができるじゃん。それで、どうやって騒ぎを起こすの?」 「うん、まだ決めてないんだ」 ミュウが不適な笑みをうかべて言った。 「あたし、まだ、あのときの発炎筒を持ってるの。それに花火をつけて、爆竹も良いね、それからなんかに火をつけて燃やそうよ。音と光と煙、完璧だね。ますます人が集まってきて大騒ぎだね。さあて、なにを燃やそうかしら、これがいい、ふるすぎてやくたたずのでんわき、時代遅れのCDプレーヤー、それに目覚まし時計、なんでこんなもの買っちゃたんだろう。真面目に起きようなんて思ってたのかしら。笑っちゃうね。それからこんなものはもういらない、色んな契約書があるけど。ええと、これもいらない、初めは可愛いと思ってたけど、ときどき無性に腹が立ってぶち壊したくなるときがあるの、このロボット犬、まだまだあるわ、もうぬいぐるみなんていらないね、これも燃やそう」 モチが言った。 「ねえ、ミュウ、これはどう、ワープロって言うんだっけ」 「あんたが持つていくなら、いいわよ、燃やしても」 レイが言った」 「ねえ、電子レンジはどうする」 「だれがそんな重いものもって行くのよ、あんたが。そんなの持っていったら目立っちゃって変に思われるよ。捨ててもでいいんだけど、あんまり使わないから。デモね、ぬいぐるみやプレーヤーならもって歩いていても変じゃないけど、でも電子レンジはねえ、おもしろいけどね。それでさ、やつらに勝つ自信はあるのかしら」 とミュウがトキュウの方を見ながら言った。トキュウが答えた。 「色いろ作戦があるからね。それに助っ人が来るみたいなんだ」 「やるのは何時ごろ?」 「そうだな、十一時ごろかな」 「判った、それまでに騒ぎを起こせば良いのね。ああ、わくわくする、また町中が大騒ぎになるのね。おもしろくないオヤジどもがまたバタバタするのね。ざまあみろだよね。でも今夜は何かもっととんでもないことが起こりそうな気がする。あたしたちは確実に前に進んでいるね」 「十一時、ねえ、そのまえにカラオケに行けるね」 「あたしは踊りたい」 やがて少女たちははしゃぎながら部屋を出て行った。 それまでもくもく食べていたゲンキが満足そうな笑みを浮かべながら言った。 「今日、絶対にサイスが来るような気がするよ。とんでもないことってそのことだよ」 「へえ、来て、どうするんだろう 「みんなをあっと言わすんだよ、大騒ぎになってさ」 ショウがさえぎるように言った。 「来なくたって良いさ、やることはもう決まったんだから、怖気づいたんなら別だけど」 「そんなことないさ、やられたからにはやり返すだけさ」 「タイヨウはちょっと無理だろうな」 そのときショウが銀色の袋からナイフを取り出しながら言った。 「見てみろ、いいだろう、いざとなったらこれで戦うんだ。もう舐めなれることはないよ」 ゲンキとコウイチが眼を輝かせながらナイフを手にとって見た。トキュウが言った。 「今夜十時にあの電波塔の下に集まるんだ。そしてゆっくりとあのスクランブル交差点にって、やつらが現れるのを待つんだ。それからだな俺たちの本当の力を見せるのは。それまでは目立たないようにバラバラになっていたほうがいいかもしれない」 トキュウの言葉にみんな納得したようだった。 そしてトキュウたちはタイヨウひとりをミュウのマンションに残してそれぞれ別々に町に入っていった。 トキュウは一人で夜の街を歩いていた。そしてあるスーパーマーケットのまえを通りかかったとき、かつて自分とトラブルを起こしたあの店員がまだいるかどうか、なぜかとても気になった。トキュウにとって、その店員とのトラブルは決してイヤな思い出ではなかった。むしろその店員に親近感を覚えるような、懐かしさを感じるような思い出であった。 トキュウはなかに入った。そしてひととおり店内を歩いたがその店員の姿を見つけることはできなかった。やがて閉店を告げる音楽が流れてきた。トキュウはなんとなく居心地の悪さを感じながら急いで外に出た。 すると大音響になかで突然眼の前にポツンと立ち尽くす身長後六十センチの女の子の姿が飛び込んできた。大音響はその小さな女の子の泣き声だった。女の子は泣くことだけに全精力を注いでいるためか、そこから動こうとする気配はまったくなかった。その鳴き声は、街路樹の葉を揺らし、窓ガラスを響かせ、町のすべての騒音をかき消しながらビルとビルのあいだにこだまする雷鳴のようにとどろき渡った。 その小さな女の子の十メートル前方には母親らしい女性がときおり後ろを振り返りながらゆっくりと歩いていた。それを見てトキュウは、その女の子は自分の欲しかったものが買ってもらえなかったので泣いているんだと思った。そしてなぜか自分も泣きたい気持ちになった。それは、それが何かはハッキリしないが、遠い昔の出来事に懐かしさを覚えたからだった。 トキュウはさらに一人で夜の街を歩き続けた。 そしてふとビルの間から電波塔を眼にしたとき、自分には目的があることに気づいた。 トキュウは電波塔の方向に歩みを進めた。そしてしばらくすると心臓が急にどきどきするのを感じた。やがて、電波塔について仲間の姿を眼にしたとき、それは自然と感じなくなっていた。 約束の十時までに全員の顔がそろった。 ショウはさっそくまだナイフを持ってないものに自分のナイフを選ばせた。 サンドがトキュウに近づいてきていった。 「ダメだった、適当な車が見つからなかった」 するとゲンも近づいてきて言った。 「話はしたんだけど、みんな乗り気じゃなくって」 トキュウが言った。 「これで十分さ、俺たちだけでやれるさ」 トキュウたちは町の中心街へとつながるスクランブル交差点へと向かった。その交差点が眼の前に迫ったときトキュウたちは、ミュウたちがひと騒動起こすときまで一人一人分かれて潜伏することを決め、バラバラになった。 トキュウは交差点から五十メートルほど離れた植え込みの陰に腰を下ろした。そしてときおり交差点のほうに鋭い視線を投げかけがら、かつてないくらいじっくりと通り過ぎる人々を観察した。しばらくするとまたあの心臓のドキドキを感じた。トキュウは大きく深呼吸すると 「こんなときに、どういうことだこれは」 と呟きながら、げんこつで自分の胸を激しくたたいた。しかしいくら時間が経ってもどきどきはおさまりそうになかった。 トキュウがうなだれて得体の知れない不安を感じ始めていたとき、交差点のほうから車が次々と急停車する音が聞こえてきた。すばやく顔を上げてみると、交差点はもうもうと立ち込める煙に包まれ、続いて連続する爆竹音のなかを四方八方に花火の火の玉が飛び散り始めていた。 トキュウは立ち上がると人ごみにまぎれながら交差点に向かって歩いた。トキュウがついたとき、交差点には、普段なら通り過ぎていたに違いない人々が群集となって、その周囲に立ち止まっていた。 発炎筒が三本交差点の真ん中あたりで、まだかすかに煙を上げて燃えていた。そしてひとつの信号機の支柱が根本から炎を上げて燃えていた。 騒然とした雰囲気になってはいたが、集まってきていた人々はみな不思議にも満足そうな笑みを浮かべながら、絶えず何か面白いことを期待するかのような好奇の眼差しを周囲に投げかけていた。 トキュウはこれはきっとミュウたちの仕業に違いないと思うと急に力が沸いてくるような気がした。そしてトキュウは群衆の中に昨夜の青いシャツを着たやつらがぽつぽつと現われ始めたのを発見して、すべてが予想通りだと思った。そのうち青いシャツ者たちが一箇所に集まりだすと、トキュウたちも群集のなかに仲間を発見しあいながら、その反対側に集まった。まもなくパトカーで警官が現れると、発炎筒は片付けられ、くすぶり続ける支柱の炎も消され始めた。 やがて、交通が正常に戻り、警察官の姿も見えなくなり、群集もその数をじょじょに減らして行ったとき、トキュウたちと青いシャツの若者たちが、その交差点をはさんで対峙するようにくっきりと現れた。この瞬間から状況は衝突に向かって歩み始めた。 爆発的に高まっていく興奮のなかで、若者たちの仲間以外の者に対する異常なほどの敵対心は、怒りと恐をははらみながら激しい闘争心へと変化していった。 もはや衝突の回避など、だれの頭にも浮かぶはずはなかった。なぜなら、ひとつの生命体として原始的でむきだしのプライドを頼りに生きている若者たちにとって、衝突を避けようなどと考えることは、そのまま自分たちの弱さと敗北を意味することになるからである。 トキュウは冷静に敵の人数を把握していた。自分たちのほうが少なかったが少しも不利な感じはしなかった。なぜなら昨夜とは違い、みんな心の準備ができている上に、みんなポケットにナイフを忍ばせているので、昨夜のように一方的にやられることはないと確信したからである。 あとはきっかけを待つだけだった。信号が車を止めると、人々はいっせいに横断歩道を渡り始めた。それにまぎれるように対峙する若者たちもゆっくりと交差点に歩み出る。そして彼らの距離が数メートルにまで近づくと、いったんそこで立ち止まり、お互いに相手の悪口を言いたい放題に言い、ときには激しくののしり挑発しあう。そして信号が変ると再びもとの舗道まで戻り、次の対決を待つ。このようなことが二度三度とくり返されたが、これといったきっかけもなく、なかなか衝突には至らなかった。そんなときトキュウは思った。もし今度接近したとき自分がいつものあの叫び声を上げれば、確実に衝突に発展するだろうと。 それは、それを発するトキュウだけではなく、それを耳にする仲間たちも、それによって全身に力が沸き起こってくるとともに、どうなってもいいという気持ちにさせる叫びである。 周囲には不穏そうな空気を感じてか、再び野次馬が集まりだした。 トキュウはこれから先に起こり得ることはすべて自分次第のような気がしてきた。激しく衝突し何人かがタイヨウのように傷つき苦しむ光景が眼の前に浮かんできた。 信号が車を止めた。 若者たちはまた接近し始めた。輝ける夜の光に照らされる人の群れと車の群れ、そして眼の前に立ちはだかる敵と、その敵を打ち倒そうとする仲間たち、すべての条件が整っていることを感じながら、興奮が頂点に達しようとしていたとき、トキュウはふと、 《どうなってもいい》 なんてことはない、自分たちは決して 《どうなってもいい》 ようなものではないような気がしてきた。そして、もし、いま自分が感情を爆発させれば、なんか取り返しのつかないことが起こりみんながバラバラになるような気がした。 青信号で走り出した車が若者たちのあいだに入り込んできた。二つのグループは仕方なさそうに別れた。 舗道に戻ったトキュウが仲間に言った。 「なあ、みんな、今日は止めよう」 「ええ」 「なぜだよ、いまさら」 「やつらの数が多いからかよ」 「いやそういうことじゃない」 「じゃ、なぜだよ」 「もし、今ここで止めたら、やつらに、ビビッて逃げたと思われるよ」 「バカにされるよ、女みたいって」 「これじゃ負けと同じだよ」 「戦わないで負けるのかよ、悔しいなあ」 「やつらぜんぜん強くないって」 「あんなやつらのさばらせていいのかよ」 「そうだけど、でもなにも今日じゃなくてもいいじゃないか、チャンスは来るよ、また」 「さっぱりわからないよ、せっかく準備したのに、なぜ今日じゃダメなんだ、これじゃ舐められるだけだよ」 「とにかく今日は止めよう」 そういってトキュウは交差点に背を向けて歩き出した。 トキュウの後を、最初はぶつぶつ言いながらついてきた仲間たちも、その内に一人二人と離れていき、最後はショウと途中から追いついてきたミュウだけとなっていた。トキュウはこれで良いのだと思いながら、何も喋ることなく歩き続けた。そして公園につくと三人は広場を前にして階段のなかほどにトキュウを挟んで並んで座った。 ![]() * * * ![]() |